distance.への応援コメント
タイトルがとても素敵で、そして内容もずしりと心に響いて、夢中で読みました。
『薄氷の燕』、特につむぎさんが諳んじた3つめの文章が非常に好きです。
世の中には本当に様々な人たちがいて、謂れのない悪意を向けられることもある。
そしてそれは彼らにとってはなんでもない愚痴だったり八つ当たりで、すぐに忘れ去られてしまうかも知れない楔が、何の罪もないひとの心に刺さり続ける。
そんな不条理がまかり通る世界で、でも私たちは生きていかなければならない。
そのために自分を強く支えてくれる言葉が必要なんだと改めて思いました。
西奈さん、ありがとうございました。
作者からの返信
未来屋様
ご無沙汰しております。間に「雨を鳴らす」という作品をリハビリに書きましたが、実質7か月ぶりに執筆した作品でした。
何を狙ったわけではないのですが、とにかく一つ一つ、気づかれない痛みを積み上げて溶かしていこうという、そんな気持ちだったと記憶しています。
たぶん、「薄氷の燕」を読みたかったのは、私自身だったのかもしれません。私の作品のコンセプト「あなただったかもしれない物語」は同時に、「私だったかもしれない物語」でもあると、そんな基本的なことに今ようやく気が付きました。
言葉の棘を溶かすのは言葉だけではない。けれどその一翼を担ってきた。
喜怒哀楽、その他の言いようのない感情。それが、自分ではない他者を深く心のままに体験できる文学であったのではないかと思います。
言葉だけでは生きられないけれど、明日の一粒を叶える言葉に出会えたら。雪を踏む、薄氷に臨むような世界で、ほんの少しの手心を感じていただければ、幸甚です。
素敵なレビューコメントまでいただき、ありがとうございます。
私も正直なところ、カクヨムユーザーさんにさらに読んでいただけたらいいなと思っている作品です。
distance.への応援コメント
諳んじるまで自分の書いた文章を愛してくれる人に出会えるなんて、一生に一度もないぐらいの素晴らしい奇跡だと思いました。
ホワイトクリスマスを彩る素材も、溶ければ泥のようなぬかるみである冒頭に、表の顔と裏の顔があるひとの本質が重なって見えるようでした。ふたりともそのぬかるみの方に足をとられてしまったけれども、つむぎさんにとっての本のように、心のよりどころになるものはきっと手を出して待ってくれているようにも感じます。
「私」がマスクを外して原稿用紙に向かい合う姿が見えるような気がしました。
西奈さんの作品は感想を書きたくてもうまく言葉にならないので歯がゆいのですが、少しでも伝われば幸いです。とても胸を掴まれる物語でした。
作者からの返信
柊様
ご感想お寄せいただき、ありがとうございます。
そうですね、これはたぶん、一つの小さな奇跡の物語だと思います。
>ふたりともそのぬかるみの方に足をとられてしまったけれども、つむぎさんにとっての本のように、心のよりどころになるものはきっと手を出して待ってくれているようにも感じます。
夏場に雪の話を書くというのも妙な気がしましたが、それでも雪で書きたかった。太陽では、書けないもの。私はそちらのほうが、好きみたいです。
>「私」がマスクを外して原稿用紙に向かい合う姿が見えるような気がしました。
私が今回いただいたご感想で、最もはっとしたのは、こちらの一文でした。ああ、そうかもしれない。傷は浅くもないし、そうそう消えてもしまわないけれど、それでも生きていくのには、ほんの小さな勇気から必要で。その機会はきっと、少しの間踏み出す足と、もっと少しの偶然が連れてくる。そんな気がしています。
私も自作の説明を簡潔にしてくださいと言われても、多分できないと思う作品が多々です( ̄▽ ̄;)💦
だからこうして、言葉にして贈ってくださる柊様はじめ、皆様のご厚意改め作品への愛、ありがたく頂戴しております。
雪解けのあとは、芽吹きの季節ですね。
降る雪も溶ける雪も、私は好きなのですが。
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初めまして。
タイトルよりももっと暖かい優しい作品でした。
目つきが悪いとか、私は口下手なんであんまり雑談できないんですが、自分のことのようで(笑)
こういうのってけっこー、いつまでも引きずっちゃうんだよな、って頷きながら読んでました。
びっくりすることに大人になればなるほど、見た目しか見ない人によく出会います。
吐く真似されたり、わざわざ目の前で親指を下に向けたり(笑)
こっちも主人公のようにひとりで出来る仕事ですから、無視して行きますが、何を考えているのやら…
10代や20代なら教養がないんだなあと思うんですが、ね…
誰かの心に残る文章が書けたんだから、この人は誰よりも素敵な人ですね。
感想というより愚痴みたいになってしまいましたが、とても好きな作品に出会えました。
ありがとうございます。
作者からの返信
バーニーマユミ様
初めまして。ご感想、とても嬉しく拝読いたしました。
かくいう私も実際に言われたり、今も容姿コンプレックスがあるので、その辺は私小説かもです💦
ちなみに過去、悪徳美容整形外科で、一生もののローン組まされそうになりましたw💦
>びっくりすることに大人になればなるほど、見た目しか見ない人によく出会います。
ルッキズムに容易く洗脳された、おめでたい方たちです。
若くない分、余計に悪質・・・・・・。
とはいえ、自分の容姿についての劣等感は、ルッキズムと無関係なのか?と言われると、私の場合は答えに窮するのですが💦
と、私こそ愚痴のようになってしまいましたね。
バーニーマユミ様のお言葉を(ちょっと自由に)借りれば、
>誰かの心に残る文章が書けたんだから、この人は誰よりも素敵な人ですね。
私も長いスランプの末、この物語を書いた甲斐があります。
ありがとうございました。
追記:写真も小説も、一緒ですね。
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内容が深すぎて、私のような浅い心理では、完全に読み取れないのてすが、世界観や心理のズレから、悪気の無い言葉が悪意を持った言葉に変化し、傷つける結果になっている、そんな印象を受けました。
困っている人、苦しんでいる人の気持ちは、同じ虚遇の人にしか見えないものがあります。
確かに、そのすれ違いが今の世の中では起きていて、それを無くす事ができれば、こんな悲しい出来事が起きることは無いのてしょうけど、難しいもんだいだと思います。
結局、自分で答えを出して、進むしかない。それが現実ですよね。
何を書いているのか分からなくなりましたが、良い終わり方をされた、いい作品だったと思います。
作者からの返信
kc様
初めまして! お読みいただき、ありがとうございます!
浅い深いというより、私自身万事を明確に描いたわけでもないので(もちろん、『描けなかった』部分も含めて)、「こう!」という読み方や感じ方・・・・・・月並みですが、正解のようなものは想定せず、kc様のお感じになったこと。それをこうしていただけたこと、とても嬉しく思います!
(ちょっとややこしいですが)私の推し作家さんの作品への推薦文として、ある作家さんが「傷つきたくて傷つく者などいない」(記憶のうえですが、ほぼ原文ママだと思います)ということを書かれていて、推し作家さんの作品と合わせて、感じ入ったことを覚えています。
kc様の言葉をお借りすると、たしかに今の世の中、「すれ違い」ともいえる意図のやりとり、あるいは応酬が、可視、不可視のいずれにおいても猛威を振るっているように思います。
人によってはたえず嵐が襲ってきているような感覚で、窓を叩きつける雨を見つめたり、外で風雨にさらされているのかもしれません。
これもkc様の言葉で表現しますと、「困っている人、苦しんでいる人の気持ちは、同じ虚遇(『境遇』?)の人にしか見えないものがあります。」ということに、繋がっていくものだと思います。
>結局、自分で答えを出して、進むしかない。それが現実ですよね。
運よく誰かとの出会いやチャンスが訪れることもありますが、私もそう思います。特に、一発逆転というのは、あるとは思いますが、期待はしていません。
ゆかりもつむぎも、今後また何度も揺らぐでしょう。
それをどうにかするのはおそらく自分自身でしかない、ということもまた事実ですが、傷つき体験だけでなく、「雪を踏」んだこの日の記憶を抱えたゆかり、そしてつむぎは、そうでない彼女たちとはほんの少し違った未来を歩むのかもしれません。
考えさせられるコメント、ありがとうございます。
distance.への応援コメント
西奈様、ご無沙汰しております。
インタラクティブバランスとでもいうのでしょうか。
望む、望まないに関わらずどんな仕事にも双方向の関係が成立していて、顔は見えずともそのベクトルの先に誰かがいて、ともに支え合っている。しかしそのバランスは微妙でちょっとしたことで簡単に崩れてしまうし、あるいは瓦解したと思っていたらいつのまにか元の状態を取り戻していたり。
つむぎさんと出会った主人公は本来なら見えないはずのその関係を目視したことで、自分自身を見つめ直すきっかけになったように思います。
素敵な作品を読ませていただきありがとうございました。
作者からの返信
なち様
こちらこそ、ご無沙汰しております!
再びのやりとり、もはや懐かしさすら感じています(そのくらいの時間が経ってしまいました💦)
『インタラクティブバランス』という言葉を初めて知り、調べてみたのですが、個々に単語をバラしたところ、後半のなち様のご感想も踏まえ、得心いたしました。
関係の多くは一見因果にも見えますが、一方向でも単一の因子でもない、双方向的、かつ不明瞭(あるいは、仰るようなある種の不安定さ)な関係のうえで、推移している、それ自体動的、というより、生命(的)なもののようにも思えてきました。
私としては、散々迷った末に何度目かの原点回帰したような作品になったという感じです。
長いカウンセリングを受けたクライアントさんが、人生が180度変わりましたと感想を述べたという有名なお話がありますが、それに近いかも。
>つむぎさんと出会った主人公は本来なら見えないはずのその関係を目視したことで、自分自身を見つめ直すきっかけになったように思います。
お気づきでしょうが、ゆかりがつけたタイトル「まぼろしのシルエット。」は、つむぎへの願いであり、メッセージであり、私からの何かへの願いです。
成就するかは、天のみぞ知るですが。
願うくらいは、許されますよね。というか、許されます笑
distance.への応援コメント
何というか、適当な言葉が見当たらないくらい、心打たれました。
私たち小説書きにとって、こんな出来事があったらどう思うのだろうと。
私のようにお気楽に駄文を書いてる者と違って、主人公のように身を削り、自分を見つめて真剣に小説を書いている人間にとっては特に。
考えさせられる作品でした。これも出会いだと思います。
作者からの返信
星様
初めまして。こちらも、こうして星様と直接お話しできる機会をいただけたこと、感謝申し上げます。
じつは実質半年ほど書けない日々が続いた末の、私にとっての原点回帰のような作品です。とはいえ、「ゆかり」ほどに自分を煎じ詰めていたわけでもないのですが。
私は、この世の本質は暴力と理不尽だと思っています。フロイトは思弁としながらも『死の本能(死の欲動)』、有機体は無に帰す本能があると論じましたが、感覚としてはそれに近いです。
とはいえ、であるならなぜ、人は生きながらえたのか。
言い方は悪いですが、力の弱い人たちであっても。
アウシュビッツを生き延びた精神科医・フランクルは、生き残りの鍵を人間特有のひとつの能力に見出しました。
私はそれに対してやや懐疑的なのですが、物語を生み、はぐくみ、感じ、繋いでいく力は、多くの人のこころに触れ、ともに生き残ってきたのではないでしょうか。
などと壮大なことを考えながら書いたわけではないのですが、星様のご感想と、レビューコメント(これがまたうれしかったです!)から、そんなことを思いました。
重ね重ね、ありがとうございます。
編集済
distance.への応援コメント
どこか、読者である私自身を投影しているかのように感じながら、読み進めました。
以前の私なら、「それ私が書いたんです!」と喜んで言ってしまうかもしれない。
今なら、「私も好きですよ、その作品」くらいで我慢するだろうか。
彼女の選択は、沈黙。
いつか私も、その境地に立てるだろうか。
ここで自分を主張しないことは、何よりも難しい。私は基本アホで脳天気だから、いいことがあるとすぐに口から出てしまう。そして、周囲から顰蹙を買う、ずっとその繰り返しだった。
彼女の場合は、我慢したのではなく「言えなかった」のだと思うけど、それでもその抑制は美しいと思う。自分の喜びはあくまでエゴ。そして、白杖の君の想いはその人だけのもの。たとえ作者本人であっても、そこだけは侵せない。
『あんなブスが受賞するより、副賞の人が可愛くね?』
『ばえないよね。出版社、売り方間違ってんじゃない?』
今だと、本当に言われそうですよね💦
ベストセラー作品であっても、大半の人は「知的なものを読んでます」のポーズを見せるために小脇に抱えているだけで内容なんか半分も理解していない。実際は作者の容姿と知名度に阿った流行りでしかないのかもしれない。
でも、これは作品や作者が悪いのではなく、そんな読者しか育てられなかった世相に問題があるのであって……などと、趣旨がズレますのでこれ以上は控えましょうか💦
でも、本来の「文章」は表で声を上げられない人のためのフィールドでもあったような気がするんですよね。容姿がいいなら容姿で戦える舞台で留まっていてほしいのですが、なんで小説家にまで容姿を求めるのかなぁ、などとぼやきたくもなります🤭
これしかできない、私には書くことしか。
そういう人の作品に、これからも触れらるといいと思っております。
素敵な作品でした✨️
作者からの返信
天川様
ほかの作品を書いてはいますが、約半年ぶりに、「書き上げた・・・・・・」と自信を持てた作品、ここまで読み通していただけて、感謝の言葉しかありません。
以下、端的ではありますが。
>彼女の場合は、我慢したのではなく「言えなかった」のだと思うけど、それでもその抑制は美しいと思う。自分の喜びはあくまでエゴ。そして、白杖の君の想いはその人だけのもの。たとえ作者本人であっても、そこだけは侵せない。
私はむしろ、天川様のその視点の美しさ?まなざしにこころ振るわせました。
この物語を書いてそこそこ時間が経ってから、作家の高瀬隼子さんの「いい子のあくび」という作品を読んだのですが、ここにも「沈黙」が描かれていて、こんな世界に私たちは生きてるんだ、生きていかなくてはいけないんだと、心の重心を揺さぶられる思いでした。
>白杖の君の想いはその人だけのもの。たとえ作者本人であっても、そこだけは侵せない。
言われてみて気づいたのですが、これは本当にその通りだと思います。だからこそそこに届くのが、いつか届けと願いが籠った、白杖の君の眼には映らないかもしれない、「まぼろしのシルエット」であることを結びとしています。
容姿に対する誹謗中傷については、作家の山崎ナオコーラさんが実際に不特定多数からぶつけられたというご経験を記されており、記憶の中のそれを参照しています。
私自身、容姿のことで同級生から中傷され、学校を去った経験もあり、どうしても一度決着したかった。
こんな文脈でお名前を出しても失礼かとは思いますが、綿やりささんと金原ひとみさんが芥川賞を受賞されたとき、しきりに美人作家、美人作家と持ち上げられていました。
ご本人のお気持ちはともかく、私は(諸々嫉妬もあるのは認めますが)、その持ち上げ方に、薄気味悪さを感じざるを得ませんでした。
(お二人の作品はいくつか拝読し、それぞれに好きな数冊があります。ずっとうちの本棚にいることでしょう)
>でも、本来の「文章」は表で声を上げられない人のためのフィールドでもあったような気がするんですよね。容姿がいいなら容姿で戦える舞台で留まっていてほしいのですが、なんで小説家にまで容姿を求めるのかなぁ、などとぼやきたくもなります
作家もまた、そうして強くなりたいという気持ちを持っているのかもしれません。それは自分のこころの平穏のためであれど、同時に誰かに向けてのものであること。
私はそこに、「文章」、あるいは小説という媒体の未来を求め続けています。おそらく、天川様と同じように。
こそっと白状しますが、天川様はカクヨム生活において、私の恩人となった方の一人です。
特にあの『純文コロシアム』、楽しかったです笑
天川様の「書くことしか」というその行為に、何度助けられました。
成長させていただき、ありがとうございます。