音楽に纏わるお話……いいですね。聞くと同時に思い出も蘇るとはなんとも素敵です。
作者からの返信
ねすと様、コメントありがとうございます!!
ロック音楽とちょっとした思い出をつづってみました。
ねすと様はどんな曲が好きなのでしょうか。今度教えてください^^
いつもありがとうございます。読んでいただき励みになります。
私もまた、ねすと様の作品を読みに行かせてください!
初めて聴いた曲なのに、なんだか懐かしかったです。子どもの頃、母が聴いていた歌に、こういう雰囲気のものが多かった気がします。
テレサ・テンさんの『時の流れに身をまかせ』も、子どもの頃に母がよく流していて、家で何度も耳にした気がします。
作者からの返信
栗パンさん、ありがとうございます!
何となく、懐かしいですよね。初めから心の中にいるような。
テレサ・テンさんの『時の流れに身をまかせ』、名曲ですね。
こういう優しい歌は、時代を超えて聞いて行けるんだ、とつくづくおもいました
美しい 音楽
懐かしいです。
心癒やして✧
作者からの返信
みぃ様、音楽を聴いてくださり、ありがとうございます*^^*
記憶の宝箱の中にはいっていた一曲です。
私も朝に聴いて、ほっこりとした気持ちになりました。
「プードルちゃん」……この表現、可愛すぎますね……思わず曲を聴いて、動画も見に行ってしまいました。
そして、見たあとに思いました。
うん、トム子さん、間違っていませんでした。笑
ふわふわで、きらきらしていて、たしかにちょっと「プードルちゃん」でした~
朝から楽しいお話をありがとうございます!
作者からの返信
栗パンさん、全員プードルちゃんのバンドを聴いてくださり、しかもプードルっぷりまで確かめてくださってありがとうございます!!
時代ですよね・・・こんな髪型のミュージシャンが男女ともにゴロゴロいる世界でした。
トムとの会話を愉しんでいただけて、本当に良かったです!
ミラさん、こんにちは。
私は、女性同士で楽しく旅行したいと期待したこと自体は、ミラさんの間違いではなかったと思います。ただ、その時に出会った人たちが、その期待に合う相手ではなかっただけなのかもしれません。
私も昔、よくあちこち旅行していたのですが、今思い返しても特に楽しかった旅行は、女性と一緒に行った時のものでした。ひとつは杏の原型との旅行で、もうひとつは高校時代の隣の席の子の妹さんとの旅行です。へへ。
そして、ミラさんも、その出来事の中でQさんという大切にしたい方に出会えたのですよね。それは本当に素敵なことだと思いました。
そして、ここから私のコメントが少し変な方向へ行くのですが……
私の好きなONE OK ROCKとLinkin Parkは、以前に一緒に歌ったことがあるんです。
その時のライブでは、日本語、英語、中国語など、いろいろな言葉を話す人たちが、同じ場所で一緒に歌っていたそうです。それを教えてくれたのは、実際に現地へ行った中国の女の子でした。その話を聞いた時、私はとても印象深くて、すごく感動しました。
当時の動画はもう手元にないのですが、YouTubeで近いものを見つけました。
https://www.youtube.com/watch?v=fPoEYftnxYo
音楽って、そうやって誰かの痛みを少し外へ逃がしてくれたり、知らない人同士を同じ場所でつないでくれたりするんですね。それもまた、とても美しいことだなと思いました。
ミラさんとQさんのご友情が、これからも長く続きますように。
作者からの返信
栗パンさん、おはようございます。心温まるコメント、本当にありがとうございます!
まず・・・Youtube、見ました。マイクシノダのラップ、すごく好きなんです!とても嬉しかったです。ONE OK ROCKカッコいいですね。これから彼らの曲をどんどん聴いて行こうと思いました。
Linkin Parkは、私の中でちょっとした青春みたいなもので、いつも隣に置いておきたい音楽なんです。内向的で、暗い叫びのような歌もあるんですが、創作者ってそういう場面に遭遇することが多いと思う。だからリンキンは心の中で、私の大学時代を象徴する音楽になっています。チェスターが天国へ行ったときは大泣きしましたw
女性同士の旅は良いです。お互いを対等に尊重し合える。先日も職場の女性と食事へ行ったとき、話がつきなくて本当に楽しかったです。
男女の旅は、一緒にいる人によると思いますけど、男女それぞれの役割を押し付け合うことが多いかもしれない。残念ながらこれまでの男女関係ではみんなそうでした。
あと、ライブハウスで出会ったあのアングラな雰囲気の女性・Rさんは本当にすごいインパクトでした。こんな風にしても人は生きていけるんだ、と驚きました。生い立ちを想像してしまう。今2026もそのままのスタイルで生きているんだろうか、と不思議になります。RさんもSも、客観視するとすごくキャラがたっていて、私はいつかどこかで、このキャラの人物を必ず書いてやろう、と思ってきました。
まさか、そのままネタごとを、ここで告白するとは思わなかったですが。
栗パンさんと同じく、私も苦しかったことを創作に変換させたいタイプの人間です。
Qさんはいまでも友達です。LINEで繋がってますけど年賀状を送りあいます。子供の成長写真をつけてくれるからです。彼女は韓国人の旦那さんと二人の御子さんを得て、幸せそうに暮らしています。
素敵な話ですね。
当時の私は
多分演奏する側に立っていたと思います。
小さな箱と呼ばれる小さなステージで・・・。
サンタナはよく聞きましたが
泣きのギターが好きで聴いていたので
感覚がちょっと違うかもしれませんが
久しぶりにあの音に会いたくなる物語です。
では
ちょっとネット・ウエーブに乗りに行っちゃおうかな。
ありがとうございます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
織風先生がミュージシャンだったのは、こちらのサンタナのアルバムが出たての頃ですか?
沢山のことをなさっていて、あまりの多才ぶりに驚きです。
泣きのギターは、切ない感じのメロディーですよね。
私の中でついついでてくるのが、ゲイリー・ムーアです。
そのうち、彼の音楽を教えてくれた方のことも書いてゆこうと思います。
いつもありがとうございます。
ミラさん、おはようございます。
リンクの「=10s」の部分は消しても大丈夫だと思います。
そのままだと、クリックした時に10秒目から再生されてしまうので〜
それから、実はこの曲そのものよりも、そのお話にとても感動しました。
私は中学生の頃、東方神起を追いかけていて、当時、偶然のご縁で韓国のファンクラブのお姉さんと知り合いました。
その方のおかげで、ユンホさんの直筆サインをいただいたことがあります。
あの頃の私は、本当にたくさん手紙を書きました。
自分が勉強していること、感動したこと、感謝していることを、どうしても伝えたかったのだと思います。
ユンホさんは、デビュー後に大変な事件に遭ったにもかかわらず、笑って相手を許した方で。そのことは、たぶん私の青春期の価値観に、少なからず影響を与えたのだと思います。
今でも、ユンホさんは本当に美しい心を持った人だと思っています。
ただ、今の私は、昔より少しだけ角が生えたかもしれません。
ずっといじめられる側でいるのは、もう嫌だと思うようになりました。
もちろん、優しくありたくないわけではありません。
でも、優しさと、何をされても黙って耐えることは、きっと違うのだと思います。
でも、当時の私は、ユンホさんの姿に本当に心を動かされて、「私もこんなふうに努力できる人になりたい」と思っていました。
今は時代も変わりましたね。
今のファンの方たちは、オンラインのビデオ通話会に参加して、笑顔で話せたり、通訳までついていたりする。私は、そういうものには一度も参加したことがありません。
私の手紙が本当に届いたのか。もしかしたら、もう覚えてもいないのか。それは分かりません。でも、私にとっては、それが青春の中でいちばん美しい思い出のひとつでした。
作者からの返信
栗パンさん、心温まるコメント、本当にありがとうございます。
誰かのファンでいることって、本当に素敵なことだな、と思います。ユンホさんのことチェックしました。ひどい事件だったのですね。本当に命に係わることだったと思います。彼のファンであった栗パンさんをはじめ、ファンの気持ちが痛いほど伝わる。彼が無事に危機を乗り越えられて本当に良かったですし、その出来事を「自分がなにも考えずに~」とおっしゃる。心の広い方ですね。
栗パンさんはユンホさんと同じく努力できる方に、すでになっていると思います。
今の時代の、ファンミーティング、そんなにすごいのですね!通訳付きのビデオ通話・・・
手紙を書かれたこと、本当に素敵なことだと思います。
韓国のスターはファンをとても大切にする方ばかりだと聞いています。栗パンさんの手紙は、ユンホさんは絶対に読んでいると思います。
追伸:=10sの件、ありがとうございました!そのURLのコードが分かっていなかったw今度途中から見せたいときは、このコードを追加させてみようと思います!
編集済
Chapter.05 禍、転じていませんが? Linkin Park:Don’t stayへの応援コメント
追伸:
これは、誰かが誰かを教えるというより、一緒に考え、一緒に学び、一緒に少しずつ前へ進んでいくことなのだと思っています~
もしかすると、私を指導してくださった先生方が、もともと少し厳しめの方々だったのかもしれません。あるいは、私の指導教員がいつも主任の先生や院長先生だったこともあって、お忙しい分、限られた時間の中でかなり厳しく接してくださっていたのかもしれません。
いずれにしても、やはり心と体の健康が何より大切だと思います。
どうか健康で、穏やかで、楽しい日々を過ごせますように。
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私は専門家というほどではなく、あくまで学んだことがある、という程度です。
ただ、中国文学を学んだ者にとって、この考え方が比較的よく知られているのは、もっと古いところまで遡れば、今朝も少し共有した『老子』の言葉に通じるからだと思います。
「禍兮福之所倚,福兮禍之所伏」
禍《わざわい》は福《さいわい》の倚《よ》る所《ところ》、福《さいわい》は禍《わざわい》の伏《ふ》す所《ところ》。
これは、私の理解では、物事をあまり早く決めつけないための言葉でもあると思っています。
まだすべてが終わっていないうちから、「これは福だ」「これは禍だ」と簡単に判断しない。
禍の中にも福の芽があり、福の中にも禍の種が潜んでいる。
だからこそ、少し距離を置いて、淡々と受け止めるような、無為に近い姿勢も含まれているのではないかと思います。
そして、典故としての「禍転じて福となす」には、もともと、災いを自分の力で別のものへ変えていくという強さと、その努力への敬意、そしてこれからへの祝福の意味もあるのではないか。
私はずっと、そういうふうに教わってきました。
もちろん、これは私個人の学び方や受け取り方です。
その場にいた方がどう感じたかを否定したいわけではありません。
ただ、私は正直なところ、教授という立場の方に、公開の場でどこまで丁寧なフォローを求めるべきなのか、その感覚が少し違っていたのかもしれません。
この世界に、そこまで親切に一つひとつ説明してくださる先生が、いつもいるわけではないと思っています。
学生であると同時に、私たちはもう大人でもあります。
もし本当に深く聞きたいことがあるなら、授業や公開の場ではなく、一対一で先生のところへ伺って、改めて教えを請うものなのかもしれません。
私がこれまで出会った大学の先生方も、だいたいそういう距離感でした。
もちろん、私的に相談しに行けば、また別です。
その時にはじめて、本当の意味で「教えていただく」時間になるのだと思います。
以前、別の助教の方にも、似たようなことを言われたことがあります。
大人は、自分で調べて、自分で学ばなければならない。
その時は少し寂しく感じましたが、今では、その言葉はとても正しかったのだと思っています。
私にとって、学ぶということは、一生続いていくものです。
私たちがこれからも、初心を忘れず、凛とした気持ちで学び、前へ進んでいけますように。
作者からの返信
栗パンさん、再度の貴重なコメント、本当にありがとうございます。
おお・・・また更にたくさん学びをいただきました。
確かにおっしゃる通りです。他者にそこまで期待するのは、かなり甘えすぎなのかもしれません。教授も学生も大人なわけですし。
ただ、かえすがえすも思うのは、自分たちの無知から、教授の言葉に怒りを感じてしまい、卒業してからだいぶ経ったあとでも今だに覚えていた、という悪い記憶の蓄積が残念でなりません。
ですがいまここで考えを翻すことができ、新たな視座を得られたのは、私にとっては真実ありがたいことに間違いありません。
そして私も、学んだ故事のとおりに、物事を早急に良い悪いで判断せず、俯瞰した目線で学ぶこと、心掛けたいと思います。
素晴らしい学びの機会を提供してくださり、心から感謝しています!
これからもどうぞ、たくさんのことを教えて下さい。ありがとうございます!!!