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その日ひとりの絵師が死んだ。への応援コメント
はじめまして。
先日トップページからこちらを見つけ、何度か読ませていただきました。
不躾とは存じますが、私の経験を書かせて下さい(2話目がでる前に書いているので、内容がズレてたらすみません)。
結論からいうと、長年AIのイラスト生成を利用した結果、自分でも描くようになった人です。
私はAIのイラストを7,8年前から利用しています。今時のではなく、お顔だけがモンタージュされるもので、美少女作るはずが化け物もよく誕生します。
子供のころから落書きも文字みたいな人なので、絵が描けなかったんですね。
でも、イメージを形にしてみたいと思っていたところでそれを見つけ、利用するようになりました。小説へのFAもたくさん贈っています。
これにより何度も言われたこと、自分でも実感したことは、目に見える形にしたことでキャラの解像度が上がり、その物語が書きやすくなったということでした。
もちろん上記のように顔だけですので、素材の一つとして、その他のフリー素材とミックスして1枚の絵を作ります。ええ、「作り」ます。
なので描いてもいないものを、一度も描いたと言ったことはないです。
贈った相手に「描いてくれた」と言われても、「描いてないですよ。作ったものを元にコラージュしたものです」と訂正してますし、うっかりしなければなんのAIを使ったかもはじっこに入れるようにしています。
たとえるなら、コンビニでお弁当買ってきて自宅の弁当箱に移し直し、「私が調理したの」とは言わないのと同じですかね?(それでも詰め方にセンスが出るでしょうし、どの店で買うかなどのこだわりもあるでしょうが)
最近のAIも使ったことはありますが――。
1度試してみると分かると思うんですけど、自分の理想通りにはならないです。結局手を入れる、切り貼りする、訂正するという羽目になると思います。
作ることが好きだったり、イメージを形にしたいと思う人には、あれ、絶対納得いかないと思うんですよね。自分で描いたほうが早い!とおっしゃる方(絵を描かれる方)も何人か見たことがありますし。
素人ゆえに使い始めのころは楽しくてキャッキャとはしゃいでいても、慣れるにつれて、なんか違うって立ち止まるんじゃないかなと。
どれだけ呪文を入れたところで、違う、そうじゃない!ってこだわりや欲は絶対出ると思うんです。
ちなみに私は子どものころから絵を描ける人を尊敬しているのですが、沢山AIを使ったことで、「1から絵を描ける人すごすぎる!」と、尊敬の念がますます強くなりました。
そんな私が自分でも描いてみたいと1から練習を始めたきっかけは、AIイラストをきっかけに色々試行錯誤したことなんです。
自分の絵のみで生成AIをプログラムすることも考えたんですけど(個人でもできるらしいです)、チラッと調べたら必要画像が億単位になるみたいなので、そこまで練習→使える絵を用意するとしたら、私、AI使う前にプロになれちゃうなと思いました(その前に寿命がw)。
私にとってAIで出来ることをが生身でできる人って、今後はむしろ「すごい人」になるという印象です。価値が上るんじゃないかなって。
なお、ざっくりした実例として(なろうの活動報告ですが)、私が作ったものが分かりやすそうなあたりのURLを貼っておきますね。
AI生成で作ったキャラを切り取り、素材に使って作ったFA
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1415775/blogkey/3341073/
私が描いた絵
訂正
わ、すみません!こちらが正しいです(>人<)
見てくださってありがとうございます
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1415775/blogkey/3436432/
これと似たことを書いているエッセイ
https://ncode.syosetu.com/n3812lq/9
つらつらとまとまりのない文で失礼しました。不快に思われたらすみません。
何かしらの参考になれば幸いです。
作者からの返信
相内充希さま
コメントありがとうございます!
何度も読んでいただいて恐縮です。
「AIのイラスト生成を利用した結果、ご自身でも描くようになった」って、それはAI利用の一番理想的な姿ではありませんか……!めちゃくちゃ尊敬します!!
7,8年前といえば生成AIがまだ本格台頭する前ですね。AIの進化とともに創作をしてこられたので、それは相棒といってもいい存在ですね( ◜◝ )
「イメージが目に見える形になることでキャラの解像度が上がり、物語が書きやすくなる」、AIはとてもいい補助効果を生み出すのですね。私は全く生成AIを使わないで今まで生きてきたので、とても勉強になります!
オリジナル絵師はやはりAI画像を「描いた」という言葉にとても傷つくので、きちんと訂正を入れてくださる方がいるのは救いです…!
生成AIへの指示出し(ぷろんぷと?っていうんですかね?)に苦労されるエピソードも多々聞きますし、やはり道具である以上なかなかこちらの思い通りにはいきませんね。
AIで出力しても違う、そうじゃない!ってこだわりや欲が出た結果、自分でも描いてみよう!と奮起されたのはとても素晴らしいことだと思います。
その点でAI画像はいいお手本にもなるし、練習するにももってこいですよね。
「AIで出来ることを生身でできる人」の希少価値が今後上がっていく未来、期待したいですね。そしてAIに仕事を奪われるクリエイターがひとりでも減るように…!
URLも貼っていただきありがとうございます!
(2個目のURLが1個目と同じでしたが、拝見しました!)
とんでもないです、AI利用→自力創作の方のご意見はすごく貴重で、こうしてコメントいただけてありがたいです。
読んでくださってありがとうございます!
その日ひとりの絵師が死んだ。への応援コメント
コメント、失礼いたします。
大変興味深い内容でした。
私が生成AIを、文章作成やイラストの出力などに使用しないのは(使いこなせないという側面もありますが)、「自信喪失」がなにより怖いからです。
文章やアート(イラストなど)の創作行為は、とても孤独で、時間を要し。
自己肯定感すら削られる、精神消耗の激しい世界だと日々感じています。
そこに姿、過程すら見えず、ポンと優れたものを見せつけられたら。
やはり私は、Yさんのように、気力を無くしてしまうと思うのです。
自らの創作に向けた精神を守るために、生成AIから逃げ続ける。
そんなおばさんもいるとお伝えしたく。みなさんの意見、大変参考になりました。
作者からの返信
ナカメグミさま
コメントありがとうございます!
生成AIの台頭による「自信喪失」、とてもよく分かります。
私も時間をかけて、ときには精神をすり減らしてまで創作に挑むことを楽しんでいます。
ですが、やはりポンと優れたものを生成AIに見せつけられたら、自信もやる気も失いますよね。
過程を省くことが生成AIの利点でもありますが……
自衛のためには自ら関わらないというのも一つの手段ですよね。
読んでくださってありがとうございます!
その日ひとりの絵師が死んだ。への応援コメント
突然のコメント失礼します。
拝読させて頂きました。
実は私自身もAIイラストで交流する文化は疑問を持っています。自分も拙いながら絵を描いていたからです。
私の持論ですが、絵や活字に関わらず、完成度は確かに大事です。
AIはそういう完成度を追求した『結果』を水準高く出力するのは得意だと思います。
ですが創作という営みの真価は「理想の完成度に至るまでにどう試行錯誤するか」という『過程』にあるのだと、最終的には思っています。そこにどこか、人間的な味が滲み出るからです。
いいものを作りたいが故に、苦しんだりすることもあるけど、それが楽しいわけで。
Yさんも本当に頑張ったんだと思います。
(しかし、私自身も、活字表現の方は本文手書きと言いつつ『AI補助利用』という、道具としては使うスタンスではあるので、完全否定派ではなく微妙な立場だということは告白しておきます……
ただし、活字でもAIのアドバイスや議論を重ねて本文を手書きで作るという『過程』を、楽しんでおります)
作者からの返信
ぬかびと様
コメントありがとうございます!
おっしゃる通り、AIが完成度を追求した『結果』を水準高く出力するツールであるというのは間違いないですよね。『過程』をすっ飛ばせることこそが、生成AIに求められていることなのだと思います。
そして「創作という営みの真価は理想の完成度に至るまでにどう試行錯誤するかという『過程』にある」、私も同じ思いでいます。それが創作の醍醐味だと。
その点で言うと生成AI(でイラストや小説を生成すること)は、創作とは対極の位置にあるものではないのかな、とも思いますね。肯定派から批判が来そうですが……
あくまでも道具として使うという『AI補助利用』のスタンス、素晴らしいことだと思います!
AIだからこそアドバイスや指摘も素直に聞き入れられることもあると思いますし、そうして試行錯誤されるのは充分創作の過程といえると感じます。
たまに「AIイラストだって思い通りの画像を生成するために指示出しを試行錯誤している」という人もいますが、それとこれとはやはり別物だと思いますね。
AIそして創作に対する考え方を伺うことができてとても嬉しいです。
読んでくださってありがとうございました!
その日ひとりの絵師が死んだ。への応援コメント
はじめまして。
とても重要な問題提起だと感じ、拝読しながら色々と考えさせられました。差し出がましいかもしれませんが、少しだけ自分の考えを書かせてください。
私はイラストの方はまったく描かないのですが、文学や小説については自分なりに強い関心を持って創作をしています。その立場から言うと、私はAIをかなり便利に使ってもいます。
というのも、AIに作品の感想や改善点を聞くことが、創作に伴う孤独を大いに和らげてくれるからです。もちろん、それがどこまで「創作」と呼べるのか、という問いは残ると思います。けれど少なくとも、創作を続けるための環境としては、AIによって支えられている面も確かにあると感じています。
また、イラストにおいてAIを活用している方の中にも、単に出力物を作品として提示するだけでなく、構図や印象、改善点を確認するための批評的な補助として使っている方もいるのではないかと思います。
そう考えると、創作の孤独に耐えきれない人間にとって、AIはときに、創作を続けるための足場のようなものになることがあるのかもしれません。
もちろん、だからといって本文で書かれていたYさんの苦しみや、手で描くことに価値を置く方々の痛みが軽くなるわけではないと思います。むしろ、その痛みを読んだからこそ、AIが誰かを支える一方で、別の誰かの創作意欲を奪ってしまうこともあるのだと、改めて考えさせられました。
長文になってしまい、また作者様の問題提起の趣旨から少し外れてしまったかもしれません。AIの擁護や非難というより、ひとりの創作者として、自分なりに感じたことを書かせていただきました。
作者からの返信
ほらほら様
コメントありがとうございます!
重要な問題提起だと感じてくださって嬉しいです。
しかもAIを創作に役立てている方からのご意見はとても貴重でありがたいです( ◜◝ )
AIに作品の感想や改善点を聞く(カクヨムで言うところの補助利用?)は、みなさんよく使われている印象ですね。
「創作に伴う孤独を大いに和らげてくれる」、これは自分の中にはなかった視点で、とても新鮮です! 私は孤独こそ創作の醍醐味と思うタイプだったので、自分の視野の狭さが恥ずかしい限りです…
生成イラストもイラストそのものを目的としない使い方をしている人もいらっしゃるかもしれませんね。
いずれにしてもそういった方々はAIはあくまでも「創作を続けるために必要な便利道具」として捉えられていて、これはとても大切なマインドだと感じます。
Yさんがショックを受けたのは、その道具であるはずの生成AIをまるで自分の手指と同じように扱っている(自分で描いているのと同じように扱う)雰囲気が界隈にあったから、ではないかと推測します。
オリジナル絵師が生成AI=敵として容認されづらいのは、AIによる無断学習で自身の絵柄を奪われる可能性を秘めていることも影響しています。
生成AIによって新たな楽しみが生まれることは否定しませんが、それによって苦しむ人もまたいるのですよね。考えれば考えるほど難しい問題です。
でもこうして、Yさんの痛みに寄り添ったて考えてくれる方がおひとりでもいてくださって、とても嬉しいです。
私もAIに対する単純な擁護や非難ではなく、より建設的に分析し、事態を考えていきたいと思います。
こちらこそ読んでくださって素敵なレビューコメントまで、本当にありがとうございます!
編集済
その日ひとりの絵師が死んだ。への応援コメント
コメント失礼します。
以前は企画に参加した作品にコメントありがとうございました。
色々と頷ける点が多いので、こちらにて失礼させて頂きます。
コメント欄に書かれてる皆様の意見も大変共感いたしました。
私も流行り始めの頃、仮の挿絵としてAIイラストを生成し、noteに利用しておりました。
しかし色々な理由でやめることを決意しました。
近状ノートに詳しく書いてありますので、お時間あったら読んで頂けたら幸いです。
https://kakuyomu.jp/users/c00lish/news/16818792435348148887
https://kakuyomu.jp/users/c00lish/news/2912051597931047445
生成AIは、作品を勝手に学習、出力してしまうため、小説家、イラストレーター、漫画家、声優、動画作成者など主にクリエイターから仕事をどんどん奪っているのも事実ですし、
生成AI肯定派から石を投げられるのを覚悟ですが、やはりもっと問題視すべきと考えております…。
私は他の理由として、生成したAIイラストの方が私の小説より何度も評価されて悔しかったという、お友だちのYさんと違い、あまり綺麗とはいえない気持ちも同時に含まれていますが…。
やはり何が問題かは「著作権を無視し、無断学習」する事だと思います。
ネットの海から探してきたり、自分や他人が書いた(描いた)作品を読み込ませ著作権を無視し、生成します。
それが一番問題点かなと思います。
最近はピッコマが、自社の作家の作品をAIで勝手に生成しアニメ化した問題がでています。
https://x.com/i/status/2049061308037812422
リプや引用も、批判が多く見られます。
また、玉木議員の発言、行為など。
https://x.com/i/status/2049296660543709285
でも一番罪な人は、一般人でも作品を簡単にAIで生成出来るようにした人ですね…。
なので、肯定派は、
「赤信号皆で渡れば怖くない」みたいな状態になっていてるのかと。
私は「AIそのもの」については、体調不良の時にどうすべきか聞き助かった事がありますし、心療内科や精神科でまともに話を聞いてもらえなかった人達が、つらい事を語る場として役に立ってはいると聞いたので、その点は肯定しています。
それは人間さっとできることではありませんから。
そうやって、人間ができない、やりづらい事をAIが代わりにやる世界なら全然問題ないと思うんです。
ただ、人の仕事を奪ったり著作権を侵害することはさすがにNGかと。
人の価値観、考えはそれぞれですので普段否定や批判はあまりしたくないのですが、
これに関しては世の中もっと重く受け止めてもらいたいという気持ちが強いです。
URL付きに加え、長くなってしまいましたが最後まで読んでくださりありがとうございました。
作者からの返信
氷石涼水(こおりいしすずみ)さま
コメントありがとうございます!
優しい花丸オムライス、ずっと心に残っています。またお会いできて嬉しいです♡
私は生成AIを使ったことがないので、実際に生成AIをイラストで使われたご経験のある方のご意見、とても参考になります…!
近状ノートも拝見しました。
登録された絵師さんのイラストでキャラメイクが出来るイラスト作成メーカーというのがあるんですね!初めて知りました。
絵師にもメリットがあるし、無断利用ではないし、とっても素敵なサービスですね。生成AIも絵師登録制にすればいいのに…
生成AIが作品を勝手に学習・出力し、既存クリエイターから仕事をどんどん奪っている事実は、もっと知られてほしいですよね。
AIイラストの方が自分の著作より評価されて悔しいという気持ち、すごくよく分かります…!!
おっしゃる通り「著作権を無視し、無断学習」することが生成AIの難点ですよね。
一般人でも作品を簡単にAIで生成出来るようにした人は、便利さ優先で開発して、まさかこんな問題になるとは思ってもみなかったのでしょうか……
肯定派の「赤信号皆で渡れば怖くない」状態、まさに私もそう感じています。
私は肯定派に反論されたこともあるのですが、「便利だから使ってるだけ」「使ったこともないくせに否定するな」「(AIに仕事を奪われる人に対して)AIに淘汰されるのが嫌なら転職しろ」など辛辣なものばかりで悲しくなったことがあります。
AIは困った時にいつでも側で助けてくれる便利な存在だと私も思います。
おっしゃるように体調不良やパニックになった時、冷静に回答してくれたり、延々と話をきいてくれたり、感情や私情がないからこそ役立つ面も必ずありますよね。
著作権や権利侵害の問題は、やはりもっと重く受け止められるべきですよね。
私は肯定派に「人間だって模写や真似をして学習するじゃないか」と言われ、何も言えなくなってしまったことがありました。でもそれとAIのやっていることは違うと思うし、個人の考えとしてでも表明していくことが大切だなと、改めて感じます。
とんでもないです、たくさんのコメント本当に嬉しいです。こちらこそありがとうございます( ◜◝ )
その日ひとりの絵師が死んだ。への応援コメント
トップページのおすすめ欄から来ました。
私も絵師ではないのですが、Yさんの気持ちは痛いほど分かります……。あんなに簡単に絵が「出力」できて、しかも自身の個性まで軽んじられたら心が折れても不思議じゃないですよ……。
それに生成AIが出始めた辺りから大半の絵師さんのアカウントが消失or更新停止したのが今でも気がかりです……。みんなどこ行っちまったんだ……
昨今のAI技術は凄まじすぎて、正直イラストは私にはもう区別がつきません。おかげでpixiv等で見かけるイラストがAI製に見えてしまい何度も頭を抱えてます……。
さらに最近だとAIが作成した小説が優秀賞を取った話もありますし、クリエイターとして頑張ってる人には死活問題もいいところだと思います(某歌手兼配信者のイラストレイターみたく他のスキルを身に着けていかないとマズいのかも……)
ただこれはAIそのものと言うよりAIの周りにいる人間の問題であると考えてます。
他の道具にも言える話ですが、道具そのものを規制するのではなく、道具の正しい扱い方をみんなで考えていくことが大事なのではないかなとも思います。
長々と失礼しました。
作者からの返信
児玉さま
コメントありがとうございます!
いとも簡単に絵ができてしまうのが生成AIの売りなので、技術は恨めませんよね……。
絵師アカウントが消失or更新停止しているのは、おそらくAIに無断学習されないようにするためだと思います。自衛という手段によって表現の自由が奪われるのはなんとも切ないですね。
私もAIかそうでないかの区別がつきません。そのうちAIかそうでないかを判定するAI、みたいなのも出てきそうですよね^^;
AIが作成した小説が優秀賞を取る=AIが混じっててもいいじゃん!となるのか、いやいや分けましょうよ、となるのか……(クリエイターとしては後者を希望しますが)
「AIという道具そのものを規制するのではなく正しい扱い方をみんなで考えていく」、とても大切なことですね。その点で生成AI、とくに画像生成については、現時点で問題がたくさんあるように思います。
とんでもない、長文とても嬉しいです!ありがとうございます( ◜◝ )
その日ひとりの絵師が死んだ。への応援コメント
拝読いたしました。
AIは何かと物議を醸していますね。優れた技術にも関わらず、極端に賛否が分かれる。
思うに、受け入れることに抵抗がある時点でAIにはまだ難点があるのだと思います。
自分もたまに使用しておりますが、Googleの延長線上の検索でしか使えておりません。
作者からの返信
二ノ前はじめ様
コメントありがとうございます!
「受け入れることに抵抗がある時点でAIにはまだ難点がある」、まさにおっしゃる通りですね。これだけ両極端な評価をされるのには理由があるのだと私も思います。
私は検索でもあまりAIを利用しないので、自分からももっと歩み寄らねばならないなぁと痛感しています笑
読んでくださってありがとうございます!
編集済
その日ひとりの絵師が死んだ。への応援コメント
釈迦に説法かと思いますが……ホキ美術館に行った時のことです。
写真がありふれた現代で、なぜ写実派ばかりを集めているのか。
――現実そのままを切り取るとしても、人が描けば必ず見方の差が出る。それが面白い――
当地で目にしたこの言葉には、今も感銘を受けています。
私を含め絵が描けない人にとって、気を遣わずに代わりに描いてくれる存在というのは「便利」かと思うんですよね。イメージを膨らませるにも、宣伝に使うのも。
ただ自分で「描かない」ので、「観れない」。ディテールや技法などを区別する視点自体を持っていない。
楽器を弾かないのに、音楽を聴いて打ち込み音源か生演奏か意識する人……どれくらい居るでしょう。
ふだん扱わない分野になればなるほど、同じ傾向があると思います。
なので逆に、画家にとっては小説がそうかもしれません。インスピレーションの源になるのであれば、物書きが書こうが生成してようが……
ただ、必ず差は残る。見る人が見ればわかる。
そんな微妙な違いを慈しむ豪胆さと余裕を、持とうと思って生きています。
作者からの返信
咲野ひさと様
コメントありがとうございます!
『現実そのままを切り取るとしても、人が描けば必ず見方の差が出る』、写実画の醍醐味ですね。
おっしゃる通り、生成AIイラストがこれだけ流行るのは利用者の大多数が「その立場ではないから」というのが結論なのだと思います。
イラストだけでなく、おっしゃるように音楽も小説も、どの分野でも、便利だと思って気軽にAIトライする人、辛酸を嘗めている人がいるのでしょうね。
その中でその少数派にも心を向けて、細かな違いを味わおうとしてくださる方がいるのは当事者としてはありがたいし、優しい世界だなと思います( ◜◝ )
読んでくださってありがとうございます!
その日ひとりの絵師が死んだ。への応援コメント
友人に絵描きがいます。
彼女の絵はとても個性的で、心にぽっと安らぎや温かさをくれるので、大好きです。
でも、もし彼女が同じようなことになったら——わたしはどんな声をかけてあげられるでしょう。
心中お察しします。
わたしが思うこと、ですが。
人には『自分のフィールド』があって、それを荒らすものは害、荒らさないものは有用、と認識するような気がします。
自分のフィールドじゃないから……それくらいのニュアンスなのではないでしょうか。
作者からの返信
夏谷 澄さま
コメントありがとうございます!
絵描きのご友人がいらっしゃるのですね。筆を折られた本人にはどんな声をかけたらいいのか、私も気休めの慰めしかでてきません。
「自分のフィールドじゃないから」、すごくしっくりきました!
誰しも自分の努力やスキルの範疇ではないと判断したものには、便利な技術を受け入れやすくなるのかな、と感じます。
読んでくださってありがとうございます( ◜◝ )
その日ひとりの絵師が死んだ。への応援コメント
初めまして、大変興味深い内容でした。
Yさんのお気持ち、痛いぐらいによく分かります。
私はその昔、音楽をやっていたのですが……何かの作品に心動かされてその衝動のままにアコギと自分の歌詞と歌で「このシーンでこの主人公が歌っていた歌はもしかしたらこんな曲だったんじゃないかなって」「この物語にエンディングテーマを付けるなら、こんな曲が流れていて欲しい」と贈った歌と、Sunoで作ったものと同列にされてしまったら……
そうしたもの(誰かの創作)に心を砕く行為自体を辞めてしまうと思うのです。
ですが正直、現状ユーザー側のAIへの理解レベルでは『人が丹精込めて作ったもの=創作物』『AIで簡易的に生み出したもの=生成物』という区切りすらできていないんだと思います。
小説に関しては自分たちの専門範囲内だから違いも分かるしインスタントなものへの忌避感もあるけれど、イラストに関しては『小説は書けるけど絵は描けないから……そこを補ってくれるなら便利だし使えばいいじゃない』という認識なのだと思います。