第1話 楔《くさび》への応援コメント
実際にあった闇の過去。そこに足を踏み入れ、さらには意図的ではないにしろそれに加担しようとしている男の『震え』がまるで打ち付けられるように、手に取るように伝わりました!流石の筆致です!
作者からの返信
コメントありがとうございます。この物語は、映画「落下音」の構成を参考にしてます。今、第三部を創作中。頑張ります。
第2話 境界への応援コメント
みやびの映画日記さん、私の企画に参加してくれてありがとうございます。
滅茶苦茶お上手です。まごうかたなく純文学の書き方です。特に比喩的表現が素晴らしいです。
「家系という名の深い泥濘に足を取られ、声もなく沈んでいく、形を失った哀しみの一部のように見えた。」
こういう一文はなかなか書けないです。類まれなセンスを感じます。
いっぽう、自己紹介文を読みますと、「映画のような臨場感と没入感のあるフィクションを目指しています」とあります。私は小説は小説で完成する芸術だと思っていて、映像文化とは相通じる部分と、相容れない部分があると思うのですが、その最たるものは「心理描写」です。
例えば、コンスタンの「アドルフ」太宰の「人間失格」などは、小説だからこそ十全に威力を発揮するのであって、映像化してしまうと、その魅力が削がれるというか、そもそも表現出来ないだろうと。春樹の「ノルウェイの森」も映画はまるで駄目ですが、それは心理描写を再現出来ないからだろうな、と思うのです。本作のここまでにも、幾つもの心理描写が書かれていますが、それらは映像的には再現不可能であるのが悩ましいところですね。
さらに、本作のここまでで、建具師が座敷牢を組み、誰かが入れられようとしている。映像にするとこれだけですが、小説で読みますと、決定的な装置、空間を作ってしまったという建具師の悲愴な想いが書かれているわけで、もちろん小説としてこれでよいと思うのですが、“もしも”ですが、作者様が映像的な臨場感を表現したいと思っているならば、文章の装飾はむしろ削ぎ落して、
「薄暗い母屋の奥から、数人の男たちに抱えられるようにして、白い着物姿の誰かが運ばれてきた。彼のこれからを思うと、目も合わせられない。男たちは、驚くほど無表情だった。彼らが畳を踏みしめる音が、みし、みしり、と聞こえた」
という文章のほうが映像が頭に浮かびやすいかもしれません。私は今の美文調が大好きなのでこのまま書いてほしいですが、その辺りを敢えて削るメリットもある、という事です。
というのは全て私の私見に過ぎません。作者様には自由に伸び伸びとこの先を書き続けて欲しいです。がんばってください!
作者からの返信
とてもご丁寧なコメント、応援スキ、レビューをありがとうございます。この物語は、映画『落下音』の構成を活かし、舞台を「土蔵」に変えて創作しています。場所を絞ることで、より「映像が見える」物語を目指した……というのは、後付けですが(笑)。読んでいただきありがとうございました。
第2話 境界への応援コメント
「私宅監置」。横溝正史先生の作品や、小野不由美先生の「残穢」で読み、えも言われぬ気持ちになりました。確かに存在した、日本の精神医療の歴史ですよね。当時なら、私もその対象だったかも(笑)。楽しみに読ませていただいてます!。
作者からの返信
メグミさん、コメントありがとうございます。
私宅監置という制度については、本作を執筆するまで詳しく知りませんでした。市川崑監督の映画『獄門島』に登場する座敷牢のシーンも、当時は映画的な演出の一つとして捉えていただけでしたが、土蔵の由来を調べる過程でその歴史的背景に突き当たりました。
映画『落下音』のような緻密な構成を、土蔵という閉塞感のある舞台で表現できないかと試行錯誤し、この短編を書き上げました。noteの創作大賞に応募する大切な一作です。精一杯書き切ります。
第6話 漆黒の聖域への応援コメント
そう転ばせましたか!!
ブレない筆致と構成、さらに秀逸な会話から育まれる神秘性。本来目を逸らしたい闇なのにその深淵を最後まで見届けたくなりました!
作者からの返信
コメントありがとうございます。100年にわたる物語の中で、主人公がどう変容していくのかを描いています。私自身、あまり経験のないSFという新境地への挑戦に不安もありますが、この壮大なスケールを形にできるよう精一杯頑張ります。