第5話 「さやかさんの子ども」への応援コメント
患者さんの死に慣れると言うのは、、、。
看護師として多くの患者さんの最期を見送りましたが、慣れると言う感覚はありませんでした。
あの、医師は時々来ればいいだけですけどね、最期の方の苦しい時を一緒にいるのは看護師なんですよ。
亡くなった時、私達は何ができたのだろうかと泣きながらやけ酒飲んでました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「慣れる」という言葉をゆかりに言わせていいか、書きながら何度も迷いました。病院に長く勤務した経験から、患者さんの最期の苦しい時間をそばで支えているのはいつも看護師だと知っていたから。
医師は処置に来て、去っていく。でも、その前後の長い時間をずっと一緒にいるのは看護師です。
「何ができたのだろう」と自分を責めながら泣いて、それでも翌日また現場に戻る。その強さと哀しみを、書きながら何度も思っていました。
やけ酒を飲んだ夜のことを話してくださって、本当にありがとうございます。
第7話 「田中さんが、いなくなった」への応援コメント
患者さんが亡くなった時に医療者はあくまで冷静には当たり前だと思います。
患者さんのエンゼルケアをしながらもナースコールはなります。
そこでは笑顔で。何も起こってないかのように。
無理矢理でもです。
それが私達に求められるからしんどいわけです。
作者からの返信
ありがとうございます。
エンゼルケアをしながらナースコールが鳴る——その場面を具体的に教えていただいて、刺さりました。
亡くなった方のそばにいながら、次の部屋では何事もなかったように笑顔でいなければならない。その切り替えを「当たり前」として求められることの重さを、ゆかりを書きながらずっと考えていました。
浩一が「感じたら続けられない」と言う場面も、そういう場所で生きている人の話として書きたかったから。強さではなく、壊れないための選択として。あなたのコメントが、この物語を正しい場所に引き戻してくれます。読み続けてくださって、ありがとうございます。