2026年4月15日 08:35
〜 たまさかな薄紅 〜への応援コメント
とてもやわらかくて、静かな余韻のある詩ですね。 《たまさか》という言葉を初めて知りました。“めったにない偶然”とか“ふとしためぐりあわせ”のような意味を持つ、少し古風でやわらかい言葉ですよね。普段あまり使わないからこそ、どこか時間がゆっくり流れるような響きがあります。 そして印象的なのは、大きな出来事ではなく、花びらがふと止まるという“たまさかな瞬間”に心が動くところです。その小さな偶然をちゃんと受け取って、「心が踊りだす」と表現しているのが、とても繊細で素直だと思いました。 「薄紅が いまのわたしを 見上げていて」という視点の反転もすごくいいですね。本来こちらが見るはずの花びらに“見上げられている”感覚が、不思議なつながりや、少し照れくさいような感情・くすぐったいにつながっていて、読んでいる側も、その場にいるかのような感覚やイメージを抱きました。 再び花びらが舞い上がり、今度は「わたしが見上げる側」になる流れ。 視点が巡っていくことで、「自分もまた春の一部になっていくのかもしれない」という広がりが生まれていて、とても自然で美しい終わり方です。 誰かが春を感じるという想像も、余韻が心地いいですね。
作者からの返信
読んでくださって、コメントをいただきありがとうございます。タイトルには最後まで頭を捻らせていたので、《たまさか》を拾っていただけて嬉しかったです。こういう古風な言葉を日常でも使えたらいいなと思いつつ、なかなか難しいですよね。風に運ばれてきた花びらの動きを表現したくて、見上げさせたり、こちらから見上げたりと、少し視点を揺らしてみました。その変化を《春の広がり》として感じ取っていただけたことが、とても嬉しかったです。花びらが目の前に止まったときの気持ちも、嬉しさなのか、わくわくなのか、「言葉にしたいような」「言葉にできないような」…そんな心もようを、そのまま置いてみました。つくしや、風に舞う花びらのように、これからも《たまさかな出会い》を「ふっ」と受け取れたらいいなと思います。やさしく読んでいただき、本当にありがとうございました。
〜 たまさかな薄紅 〜への応援コメント
とてもやわらかくて、静かな余韻のある詩ですね。
《たまさか》という言葉を初めて知りました。“めったにない偶然”とか“ふとしためぐりあわせ”のような意味を持つ、少し古風でやわらかい言葉ですよね。普段あまり使わないからこそ、どこか時間がゆっくり流れるような響きがあります。
そして印象的なのは、大きな出来事ではなく、花びらがふと止まるという“たまさかな瞬間”に心が動くところです。その小さな偶然をちゃんと受け取って、「心が踊りだす」と表現しているのが、とても繊細で素直だと思いました。
「薄紅が いまのわたしを 見上げていて」という視点の反転もすごくいいですね。本来こちらが見るはずの花びらに“見上げられている”感覚が、不思議なつながりや、少し照れくさいような感情・くすぐったいにつながっていて、読んでいる側も、その場にいるかのような感覚やイメージを抱きました。
再び花びらが舞い上がり、今度は「わたしが見上げる側」になる流れ。
視点が巡っていくことで、「自分もまた春の一部になっていくのかもしれない」という広がりが生まれていて、とても自然で美しい終わり方です。
誰かが春を感じるという想像も、余韻が心地いいですね。
作者からの返信
読んでくださって、コメントをいただきありがとうございます。
タイトルには最後まで頭を捻らせていたので、《たまさか》を拾っていただけて嬉しかったです。
こういう古風な言葉を日常でも使えたらいいなと思いつつ、なかなか難しいですよね。
風に運ばれてきた花びらの動きを表現したくて、見上げさせたり、こちらから見上げたりと、少し視点を揺らしてみました。
その変化を《春の広がり》として感じ取っていただけたことが、とても嬉しかったです。
花びらが目の前に止まったときの気持ちも、
嬉しさなのか、わくわくなのか、
「言葉にしたいような」「言葉にできないような」…
そんな心もようを、そのまま置いてみました。
つくしや、風に舞う花びらのように、これからも《たまさかな出会い》を「ふっ」と受け取れたらいいなと思います。
やさしく読んでいただき、本当にありがとうございました。