第12話 フラッシュバルブの海 ―野蛮なる取材合戦―への応援コメント
機械式ストロボ2回ほど体験したことがあります。1度目は幼少期ですね、町のお祭りの時だったと思います。2回目は小学校6年生でしたね、学校の備品を倉庫から出してきてその骨とう品みたいなカメラを唯一使い方がわかっている先生が操作していました。印象的だったのはどっちのときもストロボをたく直前にめちゃめちゃ撮る人の緊張感が上がるんですね。子供だったからその時はわからなかったんですが、あれ使い捨てだったんですね。そりゃ緊張もしますよね。光った瞬間のシュゴッみたいな独特な音が好きでした。
作者からの返信
いつもコメントをありがとうございます。
フラッシュバルブ実体験をお持ちだなんて、高名さん、本当に羨ましい限りですね。あの「シュゴッ」という湿り気を帯びた独特の燃焼音と、一瞬世界が真っ白になるほどの強烈な閃光、そして直後に鼻をくすぐる少し焦げ臭い匂いは、体験した人でなければ分からない「昭和の特権」かもしれませんね。何しろ一回光らせたら終わりの完全な使い捨て。今のようにスマホで「とりあえず何枚か連写して、後で選ぼう」なんて贅沢は逆立ちしてもできません。撮影する先生の肩がガチガチに緊張していたのも納得です。「あ、ごめん目瞑っちゃった!」なんて言われた日には、カメラマンの心臓は文字通りバルブと一緒に燃え尽きていたはずです(笑)。
そんな一発勝負の極限状態で、お互いにフラッシュを浴びせ合っていた当時の新聞記者たちの「野蛮なまでの熱気」が、少しでも物語から伝わっていましたら幸いです。
第11話 電波の関ヶ原 ―視聴率という名の神様―への応援コメント
いわゆる低俗番組と呼ばれていたものですよね、子供の頃、この番組は見てはいけませんと親戚のおばさんが苦々しく諭し、そして、それを覚えておいてとりあえずチェックするなんだかなーというような時期がありました。ところが最近のBPOに縛られまくった番組を見るとこれなら毒があるだけ昔の番組のほうがましだったなと思ってしまいます。
作者からの返信
いつもコメントをありがとうございます。
「見てはいけません」と諭されると、むしろ宝の地図を渡されたかのようにワクワクしてチェックしてしまう……子供の頃のあの心理、本当に身に覚えがありすぎて思わず笑ってしまいました(笑)。おば様も、まさかご自身の熱心な注意が、最高のスリルを生み出す「フリ」になっていたとは夢にも思わなかったでしょうね。
現在のBPOに優しく守られた綺麗な画面に比べると、当時のテレビが放っていた「毒」は確かに強烈でしたが、だからこそ五感に突き刺さるようなエネルギーに満ちていました。「身体に悪いジャンクフードほど美味しい」ではないですが、あのいかがわしいスパイスこそが、一億人を釘付けにする最大の魅力だったのかもしれませんね。
第10話 放送禁止の怪人 ―マイクの前の共犯者―への応援コメント
少しニュアンスは違うかもしれませんが大島渚監督の真珠婚式パーティーで野坂昭如先生が大島渚監督を思いっきり殴った事件を思い出しました。いい大人がカメラ回ってるのに思いっきり(体がずれてましたもんね)顔面をぶんなぐった映像、そして反撃にマイクで2度も殴り返した映像、当時の昭和の子供だった私から見ても(これ地上波のテレビで放映していいの?)と思うほどの強烈さでした。昔の作家先生は本当に破天荒な人が多かった。
作者からの返信
いつもコメントをありがとうございます!
おっしゃる通り、大島渚監督と野坂昭如先生の「真珠婚式殴り合い事件」は、テレビ史に燦然と輝く(?)伝説のワンシーンですね!高名さんのコメントを拝読して思わず膝を打ちました。カメラの前で大の大人が本気で殴り合い、しかも反撃の武器が「手元のマイク」というあたり、当時の作家先生たちの破天荒なエネルギー(と凄まじい地肩の強さ)を物語っていますよね。現代のテレビであんな映像が流れたら、BPOがひっくり返り、SNSは瞬く間に大炎上して一発退場になってしまうに違いありません(笑)。
あの「大真面目に予定調和をぶち壊しにくる」野生の緊張感こそが、当時のテレビが放っていた怪しい魅力であり、まさに第10話の怪人を通して描きたかった空気感そのものでした。
第16話 密室の目撃者 ―あさま山荘、雪のなかの戦慄―への応援コメント
初めて、隅田天美と申します。
浅間山荘は地元、群馬県に住んでいます。(さすがに産まれる前の事件ですか…)
父親も生中継を観た人で何故が印象的だったのは「あの後、カップヌードルが爆発的に売れた。でも、俺は今でもカップスターが好きだ」と言うコメント…
父親、70歳過ぎていますが、浅間山荘事件は語りますね…
ヘリコプターがたくさん飛んでいて、パトカーもたくさん来たとか…
なお、浅間山荘自体は様々な人たちに所有者が移り変わり、現在は中華系不動産バイヤーが『別荘』として所有。
ただし、手入れか全くされてないので、かなり廃墟化しているとか。(近隣住民は高齢化や事件のせいで他方に移住しているようです)
作者からの返信
地元ならではの貴重なお話をありがとうございます!
お父様の「今でもカップスター派」というこだわり、最高に粋でクスッとしてしまいました。歴史的生中継の裏で、そんな即席麺の覇権争いがリアルタイムで起きていたのですね。山荘が現在廃墟化しているというリアルな後日譚も、時代の変遷を感じて深く考えさせられます。
お父様が今も熱く語り継ぐ当時の緊迫感を、少しでも作中で再現できていましたら幸いです。
第18話 黄金の箱が閉まる日 ―昭和・完結―への応援コメント
すごく面白かったです。昭和の最後まで駆け抜けるとは思いませんでした。一つの大きな時代でしたね。
情報量と、登場人物の熱さに圧倒されました。執筆お疲れ様でした。
作者からの返信
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!昭和二十八年の黎明期から激動の終わりまで、無事に放送事故なく(笑)駆け抜けることができたのは、毎話熱心に「受信」してくださった読者様のおかげです。登場人物たちの熱量に負けじと、私もキーボードが火を噴く勢いで駆け抜けました。これにて本番組は一度「砂嵐(放送終了)」となりますが、また次のチャンネルでお会いできる日を楽しみにしております!
また、身に余る光栄なお言葉が詰まった素晴らしいおすすめレビューをありがとうございます。同じく昭和を愛し執筆される方に解像度を褒めていただき、資料の山で溺れた甲斐がありました。これからも熱い電波を飛ばし続けます!
第3話 都電と銀幕のプライドへの応援コメント
この時代を知ってらっしゃるとは思えないので、資料から作られてるのでしょうか。それは凄い❗️
「ALWAYS」や「トットチャンネル」の世界ですね。楽しいです。
作者からの返信
コメントをありがとうございます。
「ALWAYS」や「トットチャンネル」のような、活気あふれる昭和の世界観を感じていただけて光栄です。「実はタイムマシンで取材してきました!」と言いたいところですが(笑)、山のような古い資料に埋もれ、妄想を爆発させながら執筆しております。読者様に当時の都電の揺れや銀幕の熱気を受信していただけたなら、資料調べの苦労も吹き飛びます。どうぞお楽しみください。
第9話 銀座の夜とスポンサー ―ネオンの下の裏約束―への応援コメント
昔のテレビはCMをだしている企業にも本当に忖度しない内容が多かったと思います。良いものランキング10があると悪いものランキング10も実名で出していました。だからランキング番組も面白かった。最近朝にランキング番組をやっていますが、どうにもあれが引っかかるんですよね。悪いものは出すけど名前を出さない。名前を出さないのにこき下ろす。すごく不誠実な感じがするんですよね。忖度なしなら商品として優れてないものの実名を出せよと思ってしまう。あの当時はテレビのスポンサーも選び放題だったろうし多少喧嘩しても視聴率が上がるほうがいいという姿勢を貫けたんでしょうね。
作者からの返信
いつもコメントをありがとうございます。
おっしゃる通り、かつてのテレビはスポンサーの顔色を伺うどころか、実名で突撃するような破天荒さがありましたね。現代の「名前は伏せますが……」という大人の事情が透ける演出に、モヤモヤされるお気持ちもとてもよく分かります(笑)。第9話の銀座の夜のように、当時は高級クラブで札束と熱意が飛び交うギリギリの攻防を演じつつも、「数字が取れれば喧嘩上等」という野生のパワーが通用した時代でした。今のテレビマンが当時の現場を見たら、自由奔放すぎて卒倒してしまうかもしれませんね。
おすすめレビューコメントもいただき有難うございました!
第8話 歌声はノイズに乗って ―一発録りの奇跡―への応援コメント
ちょっと前に最初のトーキー映画って何だろうと思い「ジャズシンガー」っていう映画を見ました。あまり有名ではない映画なのですが、それはなぜかというと内容がユダヤ教の司祭長の息子が讃美歌の歌い手なのですが、家を飛び出して顔を黒く塗り舞台でジャズを歌うというまあ、ユダヤ人問題とか黒人問題とかにひっかかりまくる作品で(いや、内容は素晴らしいんですけどね)それでもそれは音声別撮りだったんですね。そのあとの映画で(タイトル調べてもでてきませんでした)音声同録作品があるのですが、とにかくマイクが主で演者は従の関係。テーブルの中央にマイクを置き、喋るときには近づかなければいけないという不便さ。カメラもマイクを中心に撮らざる負えず、すごく大変なのが視聴者でもわかるようでした。今回の話はそういったトーキー映画黎明期を思い起こさせました。相変わらず面白いです。
作者からの返信
いつもコメントをありがとうございます。
『ジャズ・シンガー』から初期トーキーの歴史にまで思いを馳せていただき感激です。
まさに仰る通りで、当時の同時録音はマイク様々でした。カメラの駆動音を遮断するためにカメラマンごと巨大な防音箱(アイスボックス)に閉じ込めたり、役者もマイクが隠された植木鉢に向かって直立不動で愛を囁いたり……。映画の黄金期も、裏側はコントのような不自由さとの戦いだったようです。そんな黎明期の泥臭い試行錯誤が、本作の姿と重なったなら作者冥利に尽きます。現代の小さなピンマイクを見たら、当時の技術者は魔法だと腰を抜かすでしょうね(笑)。この後もよろしくお願いします。
第7話 テレシネ・ラプソディへの応援コメント
昔の機械って今の視点で見ると「こんなこともできなかったの?」と思うことが結構ありますよね。カセットテープの早回しができない機種が合って鉛筆を穴に突っ込んで回して早回ししたり、パソコンもハードディスクが当時、ものすごい贅沢品でゲーム内容の入っているフロッピーディスクのそのままセーブデータを書き込んでいたり(それによってデータが破損したり)でもその当時はそれが不便だったとしてもそれを楽しむ雰囲気が合って、それはその当時の人たちしかわからない楽しい思い出だったんですよね。今回の話もすごく共感できます。テレビを運営する側からしたら24時間のうちに全てを生放送で放映するなんてものすごいデメリットですよね。演者をそこに必ずいさせないといけないし、再放送はできないし、労働時間とかもとんでもないことになりますよね。でも番組作る側からしたら生放送の魅力は録画だと出せないですからね。
作者からの返信
いつもコメントをありがとうございます。
鉛筆でのカセット巻き戻しやフロッピーのデータ破損、本当に懐かしいですね!当時は不便を工夫でねじ伏せる楽しさがありました。
作中のテレシネ装置も、映写機とテレビカメラを文字通り向かい合わせて鏡で覗かせるという、今見れば驚くほど力技な構造の製品でした。映画の秒間24コマをテレビの30コマへ変換するため、機械が健気に「3-2プルダウン」という複雑なコマ変換を行っていた当時の最先端マシンです。
すべてが生放送の時代、スタッフの労働環境は現代なら完全にアウトですが、その不自由さがあったからこそ、画面から放たれる熱量は特別だったと思います。
第6話 泥流の証言 ―台風13号の中継―への応援コメント
懐かしいですね、ミリバール。今やみんなヘクトパスカルですもんね。
でも、ミリバールくらいなら、日常生活であんまり使わないからまだいいんですけど……。
実は整備関係は、今もなかなかに面倒なことになってますよ。
未だに昔ながらの kgf・m(キログラムフォースメートル)表記と、国際標準の N・m(ニュートンメートル)表記が現場で混在していたり、標準規格が kW(キロワット)表記になっても、一般的にいまいちピンとこないから、結局使い慣れた ps(馬力)表記を併記したり。
もう、ややこしいったらないですよ。
作者からの返信
いつもコメントいただきありがとうございます。
「ミリバール」という響きに目を留めていただき嬉しいです。おっしゃる通り、現在の整備現場での「ニュートンメートル」や「馬力」の混在ぶりは、想像するだけで頭のネジが緩みそうなほどややこしそうですね(笑)。
昭和二十八年の台風十三号の当時は、まさにその「ミリバール」の数値が、日本中を震撼させる恐怖の基準でした。気象衛星もない時代、壊れかけの観測機で命がけで数値を読み取り、電波で伝えていた現場の緊迫感が、単位一つから伝わっていれば幸いです。
現場の単位の戦いには及びませんが、作品の熱量を当時のミリバール以上に高めて展開していますので、続きもどうぞよろしくお願いします。
第5話 路地裏の受像機(レシーバー)への応援コメント
新しいメディアが家に届くときって感動しますよね。
私にとってはファミコンがそれにあたりました。
初めて家にファミコンが届いたとき、そして「RFスイッチ」という、白いアンテナ線を介した接続機器をきちんと組み付けないとテレビに映らない、かなり高難度な仕組みの洗礼を受けました。
当時はファミコンやりたさに、とにかく必死でRFスイッチの接続方法を学んだのですが、原理はまったく分かりませんでした。
テレビのアンテナ線の信号に、ファミコンからの信号を割り込ませるためのものだと理解したのは、中学生になってからでしたね(笑)。おかげでテレビのアンテナ線くらいだったら接続端子と新品のアンテナ線を買ってきて組み付けるくらいはできるようになってました。当時はコンポジット出力付きテレビ少なかったですもんね。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。
RFスイッチ、懐かしいですね(笑)。今の子に説明しても「ゲームをするためにテレビの裏へ潜り込む?」と信じてもらえなさそうです。あの頃は説明書を片手に格闘しながら、「映れ!映れ!」と祈るところから遊びが始まっていましたよね。
しかも不思議なことに、原理は分からなくても接続だけはできるようになるんですよね。ファミコンで鍛えられた結果、アンテナ線や配線に妙に強くなった子供は全国にいた気がします(笑)。
テレビ、ラジカセ、ビデオデッキ、ファミコン……。新しい機械が家に来る日は、まるで家族全員の一大イベントでした。箱を開ける瞬間の匂いまで覚えている方も多いのではないでしょうか。今はスマホ一台で何でもできる便利な時代ですが、あの頃の「ついに我が家にも来たぞ!」という高揚感は、なかなか特別でしたね。
第4話 幻の15秒(生CM)への応援コメント
今回の話、スポンサーとCMの話がわざわざ時計メーカーってことは日本最初のCMがセイコーでその1回目のCMがフイルムを逆に入れて放送してしまった放送事故だったことに絡んでるのでしょうか?
作者からの返信
いつもコメントをありがとうございます。
まさに仰る通りで、日本初のテレビCM(精工舎)がフィルムの裏返しで無音になってしまったという、歴史的放送事故をアレンジしました。
このハプニングに気づかれるとは、高名さんの「テレビ愛」と慧眼に脱帽です。当時の現場の冷や汗が画面越しに伝わっていましたら幸いです。
今後も仕掛けを用意しておりますので、どうぞチャンネルはそのままで!
第3話 都電と銀幕のプライドへの応援コメント
昭和ってめちゃくちゃでしたよね。でもそれが本当に面白かった。トップアイドルが多忙すぎてスタジオ収録できないんなら移動を追いかけて電車内で歌わせればいいとかもうバカみたいなやり方ですもん。国鉄の許可は?電車内で歌うって大丈夫なの?そもそもトップアイドルなのに電車で移動するの?車じゃないの?とかスタジオで野球拳やって脱いだ服をその場で競売にかけるとか、下品、下世話、いかがわしい。でも当時のテレビって毎日何が見られるのかわからないドキドキがすごかったですよね。目が離せなかったですもん。
作者からの返信
コメントをいただきありがとうございます。
当時のテレビはまさに「許可より先にカメラが走る」という、今では考えられない無法地帯でした(笑)。
おっしゃる通り、「国鉄の許可は?」「トップアイドルの移動が電車?」など、現代の常識というブレーキを踏んだら一歩も進まないようなお話ばかりですよね。もし現代の基準でやろうものなら、関係各所への始末書と謝罪文の作成だけで一晩明けてしまいそうです。
しかし、その「下品で下世話、いかがわしい」と眉をひそめられるようなエネルギーこそが、お茶の間を釘付けにする野生の魅力でした。
大人たちが大真面目にバカをやり、毎日が何が起きるか分からないスリリングな生放送だからこそ、あの時代のテレビにはドキドキが詰まっていたように思います。
これからも、そんな目が離せない「昭和の熱量」が続きます。
ぜひチャンネルはそのままでお楽しみください。
第2話 真空管の溜息への応援コメント
すごい熱量ですよね、今の何でもできる時代のほうが豊かで便利ではあるんですけど、昭和の昔の映像を見ると一様に楽しそうなんですよね。あの雰囲気とエネルギーこそが今味わえないものだよなとついyoutubeを見てしまうんです。そして、街頭テレビの時代って人が普通に集まれる時間帯でも放送してない時間のほうが多かったんですね。勉強になります。それと金のたまご2つ取られましたね。本当に実力のある作品が正当に評価されて本当に良かったと震えました。それと昨今のカドカワの赤字転落からの方針変更の表れと言うのも感じました。マーケティング的な発表として異世界ファンタジー偏重が原因と名指しでコメントしてきたわけですからこれからジャンルの地殻変動や賞レースの内容変更があるのかもしれませんね。どちらにしても本当におめでとうございます。ファンとして嬉しかったです。
作者からの返信
いつも熱い御声援と、業界の動向を踏まえた深いご考察をありがとうございます。「金のたまご」へのお祝いも嬉しい限りです。
異世界ファンタジーの大海原へ、魔法もチートもない泥臭い昭和の電波で突撃した甲斐がありました。放送時間が限られていたからこそ、あの時代の熱量は一瞬に凝縮されていたのかもしれません。
YouTubeという未来の受像機から当時の熱気を受信してくださり光栄です。これからも地殻変動を恐れず、熱い電波を飛ばし続けたいです。
高名さんも引き続き執筆頑張ってください!
第1話 走れ、走馬灯(キネマスコープ)への応援コメント
現場判断の嵐ですね。本人たちは気が気じゃないでしょうが、見てるほうはこんなに面白いものはないですね。それと営業成績最下位の俺がの作品、カクヨムからとりあげられましたね。私もう自分の事のように嬉しくて、本当におめでとうございます。
作者からの返信
いつも温かい応援をありがとうございます。
第1話へのご感想に加え、カクヨムでの掲載についても喜んでくださり、本当に感謝でいっぱいです。
現場の誠たちは冷や汗の連続ですが、執筆中の私も「これは放送事故にならないか?」とハラハラしております(笑)。皆様のご声援こそが、私にとっての何よりの「最高視聴率」です。
これからも心に響く電波が飛び続けますので、どうぞお見守りください!
プロローグ 光の産声への応援コメント
プロローグからもう、面白いです。すごい題材ですね、黒柳徹子さんの世界だ。
作者からの返信
いつも応援ありがとうございます!
徹子さんの名が挙がるとは、まさに黎明期の空気を感じていただけて光栄です。
当時の現場は、今のスマートな放送からは想像もつかない「鉄火場」でした。機材の重さに悲鳴を上げ、生放送のハプニングに心臓を縮める……。そんな泥臭い熱狂こそが昭和の魔法だった気がします。
「電気芝居」と蔑まれた男たちが、テレビという怪物にどう挑むのか。
ぜひ最後まで見届けてやってください!
プロローグ 光の産声への応援コメント
テレビ放送黎明期のストーリーですね。
たぶん、現在の常識で読むと「そんなアホな!(怒)」となるような
シーンも描かれるのでしょうねー。
大丈夫 拙は、それを踏まえて詠む自律心がある(ハズ?)。
と、これから始まるストーリー楽しみにお待ちしておりまする。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
おっしゃる通り、今なら即「炎上」か「放送中止」になりそうな無茶苦茶なエピソードが目白押しです(笑)。「そんなアホな!」こそが、当時の現場の最高の褒め言葉かもしれません。
読者様の「自律心」という名のシートベルトをしっかり締めていただき、昭和28年の泥臭い熱狂の中を一緒に駆け抜けていただければ幸いです!これからの展開も、どうぞお楽しみに!
第13話 空手チョップが街を揺らす ―国民の鼓動が同期する夜―への応援コメント
メディアが少ないゆえの熱狂ですよね、みんなが同じものを見て共通認識を持つというのは楽しいものではあるのですが、今の世の中ではもう戻れない状況かもしれないですね。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。
私のPCが熱中症にかかったらしく起動しなくなり、先程なんとか復旧しました。返信が遅くなり申し訳ありません。
力道山の空手チョップ一発で日本中が揺れたあの熱気、今思えばすごい時代でしたね。高名さんがおっしゃる通り、今は画面の数だけ世界があって「みんなで同じ興奮を分かち合う」のは難しいけれど、だからこそ当時の熱狂が特別な宝物に見えます。
タイムマシンがあったら、あの街頭テレビの人だかりに割り込んで、大汗かきながら「いけー!」って一緒に叫びたいくらいですよ(笑)。