2026年4月19日 16:31 編集済
第3話 蓄音機への応援コメント
蓄音機。今では「レトロ趣味」の代名詞ですね。(蓄音機型のスピーカーもあるようで)私の時代はポータブルプレイヤー+(子供向けですと)「ソノシート」でした。テレビも昔は一村に1台ぐらいしかなく、箱に入っていて布が掛けられ、村中の人が見にきたと聞きました。そういえば「街頭テレビ」というのもあったようですね。ありがとうございました。ラストの一節はひばりの「お祭りマンボ」ですね…
作者からの返信
いつもありがとうございます廃村の納屋にはお宝が眠っていると思います街頭テレビの田舎版が村の分限者宅にあったテレビですひばりは天才でしたね
2026年4月15日 21:42
第1話 黒電話への応援コメント
コメント失礼します。電話機や電話交換について、書籍等で存じ上げておりましたが、実際に生活の一部にされていた方の話を聞けて、大変勉強になりました。このような話は、ネットにもなかったりしますので今後もぜひお聞かせください。よろしくお願いします。
いつもありがとうございます交換手が取り次いでいた時期がありました「〇〇局の××番お願いします」とか言ったのでしょう交換手は通話が終わるまで張り付いていたようですプライバシーも何もあったもんじゃないですね三繩駅の近くには交換手の寮があったと聞きます時代が必要とした職業だったのでしょう
2026年4月10日 11:57
第2話 ダルマストーブへの応援コメント
私もダルマストーブの記憶があります。小豆色でした。私の地方では石炭にコークスを入れて火を付けていました。ストーブの上に水を入れた金ダライを置き、湿気が出るようにしていた記憶があります。
いつもありがとうございますなつかしいですよね昨夜、後輩と食事していてコークスの話が出ました徳島でも一時期コークスを使っていたようですすぐに石油スト―に変わったと言ってました次作は蓄音機を予定していますよろしく
2026年4月1日 11:41
南国土佐を後にして都に来てから幾年ぞ…のあれですねその黒電話はダイヤル式ではなくハンドルがついていたものでしょうか。昔は5軒が1回線に加入してそのぶん安かったようですが、他の家が電話中ですと使えなかったりしたようです。懐かしいお話 ありがとうございました。
いつもありがとうございますどんな電話だったか詳しく覚えていません郵便局の交換手はずっと通話を聞いていたとのことでなんだか気味の悪い時代でしたね従姉の村は共同で加入していたとのことです音楽は流さなかったようですうちの村は進んでいたのかも
編集済
第3話 蓄音機への応援コメント
蓄音機。今では「レトロ趣味」の代名詞ですね。(蓄音機型のスピーカーもあるようで)
私の時代はポータブルプレイヤー+(子供向けですと)「ソノシート」でした。
テレビも昔は一村に1台ぐらいしかなく、箱に入っていて布が掛けられ、村中の人が見にきたと聞きました。
そういえば「街頭テレビ」というのもあったようですね。
ありがとうございました。
ラストの一節はひばりの「お祭りマンボ」ですね…
作者からの返信
いつもありがとうございます
廃村の納屋にはお宝が眠っていると思います
街頭テレビの田舎版が村の分限者宅にあったテレビです
ひばりは天才でしたね