【IFルート】逆催眠エンド:幸福な飼い犬の完成

「大丈夫だよ、カイト。スマホがなくても、ボクが完璧にカイトの人生をプログラミングしてあげるから」


 ひまりの手によって、俺のスマホのパスコードが書き換えられていく。

 指紋認証も、顔認証も、すべてが彼女たちのものに上書きされていく。

 俺の最後の命綱は、完全に彼女たちの手に落ちた。


「……完全に、詰んだ」


 ベッドに押し倒され、四人に囲まれながら絶望を口にした俺に、ひまりがふふっと笑いかけた。


「ううん、カイトはまだ、本当の意味で『楽』になってないよ」

「え……?」


 ひまりの指が、俺のスマホの画面を滑る。

 タップされたのは、毒々しいピンク色のアイコン。俺たちの運命を狂わせた元凶――『インスタント・ゼウス』だった。


「なっ……! お前、それを使ってどうするつもりだ!?」

「決まってるでしょ? カイトがボクたちを救ってくれたみたいに、今度はボクたちが、カイトの『辛い気持ち』を救ってあげるの」


 ひまりが画面を俺の顔の前に突きつける。

 ピンク色のグルグルとした渦と、不気味な瞳のマーク。何度も他人に向けてきたその画面を、今度は俺自身が見つめさせられていた。


「『催眠』」


 ひまりの無機質な声が響いた瞬間。

 俺の身体から、バツンッと電源を切られたように自由が奪われた。指先一つ動かせない。視線すら画面から外せない。圧倒的な神の力が、今度は俺の精神を縛り上げていた。


「カイトが苦しんでるのは、どうでもいい『罪悪感』とか『倫理観』を持ってるからだよね。そんな無駄なデータ、全部消去(デリート)してあげる」


 動けない俺を見下ろしながら、ひまりが甘い声でコマンドを入力し始める。


「じゃあ、いくよ。カイトへの催眠は三つ。一つ目、ボクたち四人から愛されること、管理されることに、何よりも強い『究極の幸福と快感』を覚えること」

「……っ!」

「二つ目は私からね」


 凛花先輩が、俺の頬を愛おしそうに撫でながら言葉を紡ぐ。


「カイトは、私たちがいないと何もできないし、生きていけないって思い込むこと。家から逃げたいとか、私たちを拒絶したいっていう考え自体、二度と頭に浮かばないようにしなさい」

「三つ目は……私が言うね、お兄ちゃん」


 アイラが、俺の耳元に唇を寄せて、とろけるような声で囁いた。

「今まで他人のために頑張ってきた分、これからは自分のことを何もしなくていいの。ぜーんぶ私たちに委ねて、ただの『可愛いお兄ちゃん』になってね。……以上だよ」


 俺の脳髄に、彼女たちの甘く恐ろしい呪いの言葉が、直接刻み込まれていく。

 ダメだ。こんなことをされたら、俺はもう――俺じゃなくなって。


「ふはは……! 素晴らしいぞ! これでついに、マスターは我らと永遠に一つの魂となるのだな!」

 夢見ヶ崎が悦びに打ち震える声を聞きながら。


 パシャッ、と。

 スマホの画面がフラッシュし、俺の意識は、底なしの甘い暗闇へと落ちていった。


 神様気取りで他人の人生を書き換えた報い。

 それは、自分自身の自我すらも書き換えられ、彼女たちの都合の良い『おもちゃ』にされるという、究極のしっぺ返しだった。


 *


 翌朝。

 春の暖かな日差しが差し込む中、俺はゆっくりと目を覚ました。


「あ、カイト、起きた? おはよう」

「おはよう、お兄ちゃん。よく眠れた?」


 両腕には、ひまりとアイラ。

 俺の顔を覗き込む彼女たちの笑顔を見た瞬間――俺の胸の奥から、言葉にできないほどの、とてつもない『幸福感』が爆発した。


(あぁ……なんて幸せなんだろう。俺は、こんなに可愛い女の子たちに愛されてるんだ)


 昨日まで感じていた恐怖も、罪悪感も、息苦しさも。すべてが綺麗さっぱり消え失せていた。


 ただただ、彼女たちに身を委ねて、すべてを管理されることが嬉しくてたまらない。俺は自分では何も決めなくていい。彼女たちが、俺の人生のすべてを正解にしてくれるのだから。


「おはよう、ひまり、アイラ……。朝からお前たちの顔が見られて、俺、最高に幸せだよ」


 俺が心の底からの笑顔でそう言うと、二人は一瞬驚いたように目を丸くし――やがて、感極まったように俺に抱きついてきた。


「あはっ……! 大成功だね。カイト、すっごく可愛い顔してる」

「うんっ……! お兄ちゃん、ずっとそのままでいてね。ご飯も、お着替えも、私が全部やってあげるから!」


 部屋のドアが開き、エプロン姿の凛花先輩と、制服姿の夢見ヶ崎が入ってくる。


「ちょっとアンタたち、朝から抜け駆けしないでよ。ほらカイト、朝ごはんできたわよ。……私が『あーん』して食べさせてあげるからね」

「ふはは! 我が主よ、今日も一日、この我らが貴様を完璧に守護してやろうぞ!」


「うん、お願い……。俺、先輩やみんながいないと、もう何もできないから……ずっと、俺のそばにいてね」


 俺のその言葉に、四人のヒロインたちは最高に満たされた、とろけるような笑顔を浮かべた。


 俺はもう、何も考えなくていい。

 『カイト・カレンダー』は、俺にとって世界で一番素晴らしい、幸せのスケジュール帳だ。

 彼女たちに愛され、管理され、飼育される。

 それこそが俺の生まれてきた意味であり、唯一の存在価値なのだ。


 窓の外の穏やかな空を見上げながら、俺は、彼女たちの腕の中でとびきりの笑顔を浮かべた。


 狂おしくて、甘くて、逃げ場のない愛の監獄。

 そこは、自我を失った俺にとって――正真正銘の、楽園ハッピーエンドだった。





【IFルートあとがき】

 いかがだったでしょうか。

 本編では「葛藤しながらも監禁生活を受け入れる」という人間としての海斗が残りましたが、こちらのIFルートでは「洗脳されて完全なる幸せなペットになる」というバッドエンド(ご褒美?)に行き着きました。


 海斗自身の意志や葛藤が完全に消滅し、ただひたすらに甘やかされるだけの存在になる……。因果応報でありながら、ある意味では四人も海斗も一番「幸せ」な結末なのかもしれません。

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