人質
「被告人は火刑とする」
その言葉が広場に放たれた瞬間、わぁっと歓声が上がった。嗚咽まじりに天を仰いで泣き崩れる者もいる。ララの隣にいる婦人はその場に膝をつき、口元を押さえながら嗚咽している。
火刑とは、火炙りによる公開処刑だ。
罪人を焼き、その姿を群衆に見せつけることで、恐怖と満足を同時に与える残酷な刑罰。
愛する者を殺された遺族にとっては、ようやく得られた報いなのだろう。
ララは広場の中央に設えられた死刑台へと視線を移した。薪が積み上げられたその場所で、罪人は炎に包まれ、やがて灰となる。それを群衆は喜びの涙を流しながら眺め、喝采する。
その光景を想像し、体が白けたように冷えていく。
ララは昔、〝破滅の魔女〟と呼ばれ、幽閉されていた。
(……いくら家族を殺されたからって、人の死を晒し者にすることを喜ぶ人たちの方が、私には余程魔女めいて見える)
――その時、どこからともなく甲高い悲鳴が上がる。
クロードの背後、裁判所の内側から、髭を蓄えた大柄な男が血走った目で駆け出してきていた。
「なっ……なぜ」
「あの拘束を自力で解いたというのか!?」
護衛騎士たちが剣を抜き、クロードの周囲に立ち塞がる。
けれど次の瞬間、髭の男が振り下ろした拳が剣を直撃し、鉄が容易く折れた。折れた刃が宙を舞い、群衆が再び悲鳴をあげて四散する。
「馬鹿な! 素手で剣を!?」
「こいつ、身体強化系の魔法を使っている!」
「魔法だと!? まさか、リムササルムの血を引いているのか!?」
髭の男の勢いの前に、護衛の騎士たちは次々と吹き飛ばされ、地面に転がっていった。
「あいつよ! あいつが、私の娘を殺したのよ!」
群衆の中の一人の婦人が叫んだのを合図に、周囲の人々が泣き叫びながら四方へ散っていった。
ララだけが、その場に立ち尽くしていた。
髭の男は一直線にクロードへと突き進む。
このままでは、騎士たちでは防ぎきれない。クロードの命が脅かされる。
思考より先に、ララの体が動く。
気付けばララは、群衆とは逆方向、クロードの元へ駆け出していた。
「さ、ささささっ、裁判官さまにっ、さわるなぁぁあああああ!」
叫びながら、ララはいつも身に着けている薄手の革手袋を必死に引き剥がした。冷たい指先が露わになる。
髭の男に手を伸ばす。髭の男は一瞬、眉をひそめてララを見下ろした。
貧弱そうな小娘が、何故か自分に立ちはだかろうとしている。その光景は男にとって奇妙に映ったのだろう。
戸惑いが粗い顔に浮かぶ。けれど、その困惑はすぐに不気味な笑みに変わった。
次の瞬間、男の腕がララの首へと回り、乱暴に動きを押さえつけられる。息が詰まった。
「へへっ……ちょうどいいぜ。この女の命を助けてほしければ、俺の国外逃亡の手配をするんだな!」
男の声は太く、汚れた笑いが混じっていた。
騎士たちが渋い表情をした。ララに対しては、何故出てきたんだ、というような呆れ顔を浮かべている。
――ララはまんまと人質にされてしまったのだ。
(わっ、私っ……裁判官様を助けようとして、余計に事態をややこしくしてしまった!?)
愛しのクロードも冷たい顔をしているのを見て、ララはショックで愕然とした。
「さあ! どうすんだ最高裁判官様よぉ! 民の命が大事なんだろぉ!? 俺の心は痛まないぞ! 年頃の娘なんて、何十人も殺して犯してきたからな! 今ここで、こいつの服を剥いで、犯してやってもいいんだ!」
唾を撒き散らしながら、煽るように大きな声を出す髭の男。真横にいるうえにあまりに声量が大きいので、耳がキーンとした。
クロードは、はぁ……と溜め息を吐く。
「……分かった。貴様の要求を呑もう。移動手段を手配する。国外へでもどこへでも行けばいい。その代わり、その娘は殺さずに解放しろ」
重罪人を逃がすなど、面目を潰す行為であるし、国民からの反感を買うに決まっている。
それなのにクロードは、自分の名誉よりも、ララのような小娘の命の方を優先しようとしてくれている。その事実にララは目を潤ませた。
この人は、やはり光だ。だからこそ力になりたい。
「…………あ、あっあのぉっ!」
勇気を振り絞って声を上げる。
騎士たちが「お前はもう喋るな」といった目線を向けてくるが、構わず続けた。
「こ、この方って、私が殺しても大丈夫なんでしょうか!?」
「……は?」
周囲が一瞬、凍りつく。隣の髭の男の顔に、また困惑が混じった。
ララは言葉の勢いを止めずに畳み掛ける。
「死刑ということは、どのみち遅いか早いかの違いってことで、殺しても許してもらえたりはするのでしょうか!?」
「そんなことはないが……」
「腕一本くらいなら、怪我させても大丈夫ですか!?」
クロードの前方に立ちはだかっている騎士が、戸惑いながらもぽつりと言った。
「それくらいなら、おそらく正当防衛に……」
その言葉を聞くが早いか、ララは「分かりました!」と大きな声で返し、だらんとしていた両腕に力を込め、首に回された太い腕に触れる。
ララの指先が触れた瞬間――男の腕の表面が黒ずんでいく。ララの指先から、粉のようなものがぼろぼろと落ちていった。
男がぎゃっと声を上げ、ララの体を離す。
しかし、もう遅い。
膨らんでいた筋肉がしおれ、皮膚が裂けるように音を立て、黒ずんだ塊が重力に抗えず、ぼとりと地面に落ちた。
足元に転がったそれは、腐り落ちた腕の残骸である。
「お、俺の腕が……ッ!」
片腕を失った髭の男の目は恐怖に見開かれ、唇は血の気を失って青ざめていた。
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