元魔王の札遊戯〜現代SF世界に転生したら前世がカードゲーム化したんだが
黒姫小旅
新作ТCGは魔王の前世
お姉さんとチュートリアル
第1話 ゲーム店のお姉さん
決してこの名を忘れるな。双火の魂を持てし魔道の王、
●
ついこの間までランドセルを背負っていた背中で、新品の通学カバンが踊った。
タッン――タッン――タッン――
と、スニーカーの反響音を置き去りに、人の気がない早朝の階段を五段飛ばしに駆け下りていく。踊り場でもスピードを落とさず、手すりに指を引っかけてインコースを攻めながら方向転換。最後は思いっきりのジャンプで半階分を飛び降り、カエルよろしく四つ足で着地する。
よし、ベストタイム更新。
『危険行動を検知しました』
いきなり穏やかな機械音声が聞こえたかと思うと、目の前に救急マークのホログラムが出現した。
『認証。504号室にお住まいの
「いらない。ぼくなら見ての通り無傷だから、さっさと消えろ」
『ご無事なようで何よりです。なお、当マンションの共有スペースにおいて、他の利用者様のご迷惑になりかねない行為や、施設を損壊するおそれのある行為は利用規約にて禁止されておりますのでご注意ください』
「わかったわかった」
……ちょっと派手な動きをしただけですぐ目くじらを立てるのだから、まったくもってこの世界は息苦しいものだ。
お定まりの警告文を受け流し、裏口から外に出ると朝焼けの匂いがする風に迎えられた。
マンションの陰になってまだ薄暗い住宅街。
出口のすぐ近くに自販機が設置されているので、腕輪型のデバイスをかざしてタコライススティックを購入し、歩きながら包装紙を剥く。
……まあしかし、食い物については味も種類も前の世界よりずっと優れている。
ほどよい固さで棒状にした白米をかじれば、中からミンチ肉と新鮮な野菜が溢れ出す。また配合を変えたのか、スパイスとチーズの鮮烈な香りが舌と鼻腔と胃袋を刺激して、まるまる一本を瞬く間に平らげてしまった。
やっぱりもう一本買おうか。ただでさえ背丈も筋肉も増えにくい体だからな。
などと考えながら空になった包装紙を丸めていると、下の方からガラガラとシャッターの上がる音がする。
「やあ少年、久しぶりだな」
坂道を下りきった角にある『ゲームSHOP ノロノロ』と掲げられた看板の下から出てきた
『ノロノロ』の看板娘にして、地元大学に通う女子大生。
すっくと天を衝くように背筋の伸びた、遠目にも長身とわかる女性だ。ストレートロングの黒髪と快活な光を宿すつぶらな瞳が印象的で、大人びた立ち姿の中にも無邪気なあどけなさを感じさせる。
こちらも手を振り返しながら近づいて朝の挨拶を交わすと、恵理さんはぼくの格好を一瞥して称賛するようにほほ笑んだ
「私服でその通学カバン。ということは、中学受験は無事に通過できたみたいだな」
「はい。今日から登校日です」
「それはおめでとう。時間があるなら、うちに寄っていくといい。きみには去年、合格祝いのプレゼントをもらったからな。お返しにサービスするよ」
敬語で応じるぼくに、恵理さんは小粋なウインクをして店内に誘った。
「せっかく受験が終わったことだし、新しいゲームの一つでも始めてみるといい」
「えっと……うーん、どうしようかな」
ゲーム、か。
実を言うと、そこまで興味はない。
クオリティの高さには敬服するし、遊んだら楽しいのもわかるんだが、所詮は作り物だからなぁ。暇つぶしの娯楽に金と時間を費やすくらいなら、運動して体を鍛えた方が生産的だろう。
だから適当に断ろう思っていたら、恵理さんがレジカウンターの傍に吊るしてあった店員用エプロンを取るのが目に映った。
まだ営業時間ではないので暗い店の中。
首紐に頭を通し、挟まった黒髪を掻き上げて流す。
腰紐をキュッと絞ると、くびれたウエストに反して豊かに肉付いた胸が浮き出る。
「無理にとは言わないが、タイトルを見るだけでも十分に面白いと思うぞ」
「じ、じゃあ、見るだけ」
ぼくはきまり悪く顔を背けながら、店内に踏み入った。
これは断じて言い訳ではないが、まったくゲームに触らないのでは学校で話が合わなくなるからな。円滑な交友関係を広げるためにも、人気作の一つや二つは知っておくべきだろう。うん。
一番手前の『人気ランキング!』とポップのついた陳列棚の前に立つと、自動で商品のホログラムアイコンが出現した。
ぼくの目線に合わせて色とりどりのアイコンが二十個ほど。それぞれキャラクターの顔だったり意味ありげな紋様が描かれていて、注目すると視線を感知したアイコンがゲームの名前を表示される。
――…………む?
「これは…………!?」
「おや、気になるのがあったかい?」
アイコンの列を眺めていたぼくは、最下段にあった一つを目にした瞬間に凍りついた。
いまだかつて、ゲームでこんな反応をしたことはない。
距離を置いて見守っていた恵理さんも興味を惹かれたか、横から覗き込んでくる。シャンプーだか柔軟剤だかフローラルの芳香に混じった女性特有の甘さに、しかしこの時のぼくは緊張することすら忘れて、震える手で指差した。
「恵理さん、その……これ、『ルフルダンド・トーチ』って、どういう意味ですか」
「ルフトか。今年になってリリースされたカードゲームだな。名前の意味というなら、特にないんじゃないか? 検索しても……うん、ゲームのことしかヒットしないし、やはりオリジナルの造語だろう」
……違う。意味なら、ある。
デバイスの検索ウィンドウを開く恵理さんに、ぼくは胸の内で反論した。
ルフルダンドとは、古い言葉で大地のことを指す。
やがて陸地には際限があり、海に囲まれているのだと知られるようになると、他の小さな島々と区別して『大陸』という意味で使われるようになった。
とはいえ、恵理さんが知らないのは当たり前だ。
この地球と呼ばれる世界のどこにも存在しない。
創作物にだって出てこない。
ぼくの前世――異世界の言葉なんだから。
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