トンネルの向こう

@J2130

第1話 トンネル① 変わらない…

「昔からなのですがね…」

 わずかに揺れる長距離列車内…後輩が窓際の席からはなしかけてきた。


 僕は会議の資料に手を加えていたので目はそのまま紙を見たまま声だけでこたえた。

「なに…」

 地方での会議はその後の懇親会の楽しみと会議自体の憂鬱さとで往路の車内の気分はなんか複雑でとらえがたい。


 今はちょっと気になった会議の要点を資料にメモしていたところだった。


「子供のころからなのですが…」

「……」


 僕は彼のほうを見た。

 窓際の彼を見ることは必然、彼の向こうにある窓ガラスの先の景色を見ることになる。 

 外はさっきまで広がっていた午前の田園風景ではなかった。


 いつのまに入ったのであろう、長いトンネルによる黒い暗闇が窓を覆っていた。


「トンネルってなんだろうって思うのです…」

「穴だろう」

 僕はすぐに応えた。


 穴だ…


 疲れているのかな、彼は…

 僕はすぐにメモに視線を戻した。


 そうしながら彼をいつ休ませるか、いつなら業務に支障がないかを考えはじめた。


 休暇は立派な権利なのだしね、体を壊すより休んだほうがいい…

 いざとなれば会社なんて冷たいことはわかっている。


「トンネルを出たとたん景色が変わるのって…すごく違和感があるんです」

「そうかな…」


 そんな小説があった。

 国境の長いトンネルを…

 まあね、トンネルって山をくりぬくんだから、山の手前と向こうで季節や風景が違うのはよくあることだ。


「トンネルって困るのですよね…」

「……」


「いきなりなんで風景に奇襲されたみたいで…」

「旅の醍醐味、それがいいって言う人もいるけれどね…」


 彼は何も見えない暗闇を見つめ続けている。


「心の準備ができないんです…」

 声が沈んでいる。

 でもそれほどの物なのか…トンネルって…


「それだけじゃないんです」

 僕はペンと資料をバッグに押し込んだ。

 ちょっと話しに付き合わないといけない状況のようだ。


「嫌なんですよ、主体性のなさが…」

 あいかわらず彼は向こうを向いている。

 どんな表情で話しているんだろう。


「主体性…?」

「進むか戻るしかない…それです」

「まあな、確かに選択肢は二つしかないけれど…」

「そうですか? 違います。

 電車の場合は、進むしかありません!」

「そりゃあそうだね。自分だけ戻りたいって言っても無理だね…」


 無理だ…すぐに気分転換させよう。疲れているんだな…


「嫌なんです、気味が悪いんです…。勝手に走って、勝手にトンネル入って!」

「落ち着けよ、大丈夫さ、電車は確実に目的地に近づいているよ」


 長いトンネルだ…

 山国だから仕方ない。

 それにこれだけのトンネルを掘る技術だってたいしたものだ。

 トンネルは我が国の特徴のひとつかもしれないな…


「君は閉所恐怖症なのかな…」

 いろんな人がいるのだから、それは仕方のないことだ。


 いきなり声が返ってきた。

「そうでもないです、エレベーターとか平気だし、ついでに言えば暗所恐怖症でもありません、寝るときは暗くしないと寝れないくらいです」


 やっぱり疲れているのかな…

 はやめに休暇をとらせよう。



「もうすぐ出るぞ、気味の悪いトンネル。よかったな」

 彼は窓から目をそむけ、床を震えながら見つめた。

 彼の表情が見えた、蒼い。


「出る瞬間が一番いやなんです、怖いんですよ」

 目をつぶっている。


「トンネルに入る前とすべて変わっていたらどうしようって思うんです」

「別に変わんないよ、窓の外を見てみろよ」



 先ほどと同じ田園風景が広がっている。


 空には竜が飛んでいるし

 妖精が花の周りをその薄い羽根をはばたきたわむれている。

 大木同士が枝をからませ、幹の中央にある愛嬌のある口で何かを話し合っている。喧嘩ではないようだ。


「ほら、何も変わってないじゃないか…よかったな…」


 トンネルを抜けたって、世界はそれだけじゃ変わらない。

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