今日も素敵な、いくら日和

夢真

いくら嫌いと、いくら好き

 アタシはいくらが嫌い。


 食べられないわけじゃないと思うけど、ブヨブヨしてそうで、血の塊みたいな感じが嫌だ。あんなのを好き好んで食べる奴なんて、どうかしてる。


 シャケは好きなんだけどね。焼き鮭定食なんかもう最高。ご飯に合う塩気に、お味噌汁。これだけで元気が出る。高校生らしくないのはわかってる。なかなか理解してもらえないし。


 女子同士なんて、彼氏かスイーツか、どこかでバズったよくわかんない話ばっかり。嫌いじゃないけど、あんまり盛り上がれなくて聞いてるだけになっちゃう。でも、そんなアタシにも親友と呼べる子がいる。まだ来てないみたいだけど、早く来ないかな。


 朝の教室。退屈でスマホを眺めていると、「倉町フーズ、躍進!」という記事が目に入った。少し誇らしい気持ちになる。……お、噂をすれば。


「おはようございます、佐久間さくまさん。とても良いいくら日和ですわね」


「おはよ、けいちゃん。シャケ日和の間違いでしょ」


「うふふ、そうとも言いますわね」


「でもさ、ホントいくら好きだよね、圭ちゃん。あんなブヨブヨしてそうな奴」


「あら、そんなことはありませんわよ。プチプチして心地が良い食感ですのに」


「ふぅん。集合体でグロいのに」


「……あまり食物の悪口はいうものではありませんわ。命を頂いているのですから」


「あは、ごめんごめん。さすが、倉町くらまちフーズのお嬢様。言葉が重いや。でもまあ、食べられないからね。いくら」


「卵アレルギー……でしたね。体質というものはどうしようもないのが悔しいですわね……」


「まあね。食事には困らないし、いいけどね」


 ま、アレルギーなんて嘘なんですけどね。このいくら大好きなお嬢様、倉町圭ちゃん。彼女への言い訳で咄嗟に出ちゃったんだ。


 だって、アタシは焼き鮭定食が食べたいのに、無限にいくら丼を勧めてくるんだもん。それさえなければ、何一つ欠点がない親友なんだけどなあ。


 * * *


 放課後の部活が終われば、二人で一緒に夕飯を食べるのが日課になっている。


 行く場所も決まってる。『倉戸屋くらとや』という定食屋さん。名前からお察しだけど、倉町フーズの系列店なんだよね。だから、お嬢様補正で大変お安くおいしい料理をいただけるってワケ。持つべきものは親友だよね。


「お待たせしました。いくら丼に、茶碗蒸しでございます」


「来ましたわね! あぁ、お腹がすいてしょうがないですわ!」


「飽きないよね、それ」


「飽きるわけないじゃありませんか。こんなに美しく、おいしいのですから。うふふ、では、すみませんが先に頂いてしまいますわね」


「うん、どうぞどうぞ」


 アタシが何か言う前に、お箸をもって大はしゃぎなお嬢様。太陽と言っても差し支えない笑顔で、どんぶりに箸を入れていく。酢飯風に炊きあげられたご飯の上に、光に反射するかのような赤い粒々を、まとめて口の中へご招待している。


「うぅ~ん、あぁ、おいしい……」


 ほとんど毎日こんな感じ。美味しさをかみしめて、とろけそうになっている。そんな幸せそうな顔は見てて穏やかな気分になる。いくらが邪魔してくるけど。


「お待たせしました。焼き魚定食でございます。ご注文は以上でお揃いでしょうか」


「お、来た来たぁ! はーい、そろってまーす」


「いつもありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」


 すっかり顔なじみになってしまった店員さんが、アタシのソウルフードを持ってきてくれた。焼き鮭、きゅうりの漬物、大根おろし、アサリの味噌汁、そしておいしい白飯。これほど完璧な食事はないだろうと思ってしまう。


「佐久間さんも、人のこと言えないですわね」


「え? まあいいじゃん。食べちゃいけないわけじゃないんだし」


「そりゃあそうですわね」


「そういえば、倉町フーズ、頑張ってるみたいじゃん」


「そうですわね。お父様が新しいいくらの加工法を試しているとか」


「へぇ、それって?」


「詳しくは教えてくださいませんが、塩漬けの要領らしいですわね」


「塩じゃなくて、違う何かってことかな」


「……恐らく。一体何をしているのやら」


 ――ブーッ、ブーッ、ブーッ。


「ん? 圭ちゃんのスマホかな」


「そうですわね。少々、失礼。はい、もしもし……今、なんと……? お父様が……?」


 食事に水を差してきた突然の電話に、ちょっと不機嫌そうな圭ちゃん。けれどすぐに、唖然とした顔に変わり、だんだん……顔色が悪くなっていった。


「はい……はい……わ、わかりました。すぐに……向かいます」


 電話を切った圭ちゃんは、慌てた様子でそのまま帰ろうとしている。


「な、何があったの?」


「……わかりません。お父様になにかがあったとしか……」


「事故……とか?」


「ひとまず、申し訳ありませんが帰ります。お会計はお願いします。お代は、これで」


 慣れた手つきで財布を取り出し、一枚のお札を差し出してきた。相当慌てていたのか、そのお札に書かれていた数字は、思っていたものより一桁多い。


「それでは、また今度!」


「う、うん。お大事に……」


 暗い表情のまま、全速力で帰って行ってしまった圭ちゃん。孤独になってしまったテーブル席。目の前にあるのは、食べかけのいくら丼に、手を付けられなかった茶碗蒸し。そして、一枚のお札。


「……まぁ、大丈夫でしょ。フライも行っちゃおうかな」


 呼び出しブザーを押して追加の注文をする、我ながらのんきなアタシ。まあ、せっかくの臨時収入だし、いや、返したほうがいいか、やっぱり。でも、お嬢様だしな。金銭感覚が違うだろうから……うん。言われたらでいいや。


 そして、その日は終わりを迎えた。しかし翌日、圭ちゃんが学校に来ることはなかった。それどころか、一週間近く連続で休んでいる。心配を抱えながら過ごしていると、ニュースで倉町フーズ社長の訃報が報じられた。つまり……圭ちゃんのお父様が、亡くなってしまったのだ。


 アタシはしばらく、あの時の追加注文を後悔することになった。

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