ある夢の終焉 ④

 扉の先にあったのは真っ白な病室で、創造主・モルペウス――モルガン・シーグローブは巨大な白いベッドに横たわっていた。

 その姿は以前あった時とは比べ物にならないほど痩せており、ずっと歳をとったように見えた。

 本来、この『ゴーストタウン』では歳など取らないはずなのに……。


「……フェリシア。来たのか?」


 モルペウスは虚ろな目で自分の娘を見た。


「お父さん、お話に参りました」


 フェキシーは『変幻』を解き、フェリシアの姿に戻った。


「お前が『顕幻』の能力を使いすぎるものだから、こんなに早く限界が来てしまったよ……本来なら、あと十年はこの世界に留まれたはずなのにな……」


 モルガンは何故か嬉しそうに笑った。

 フェキシーはそれを見てどうしようもなく胸が苦しくなった。


「お父様。現実の世界にお戻りください。わたくしと違い、お父様の肉体はまだ生きております」


「……それはできない。分かっているだろう。お前が自分を『顕幻』させたときの分のエネルギーはとっくに使い切っていて、あとは私や『モルフォナ』社員、もしくは君の仲間の無意識によってお前は存在している。この街と同様にな……」


「わたくしはこの世界の維持のために意識を失っている人を解放しに来ました。その結果、わたくしが滅んでもいいと思ってます」


 フェキシーは正面から父親を見つめた。

 モルガンは唇を震わせた。


「オレのような悪魔から、お前のような天使が生まれたのは奇跡だな……」

 フェキシーはそんなことないと内心で思った。

 今も本心を隠して、父親を騙そうとしている。


「お父様、わたくしは十分に幸せでした。どうか、このわたくしと世界に綺麗な最期を与えてください」


「……フェリシア。手を握ってくれ」


 モルガンは答えの代わりに、弱々しく手を差し出した。

 フェキシーは隠していた震える手を、父親のしわがれた手に添えた。


「……強くなったな」


 その声を聞いて、これまで堪えていた感情が込み上げてくる。


「……ごめんなさい。パパ」


 モルガンの体が薄れていき、その意識があるべき肉体へと還っていく。


「いいんだ。こんなつらい思いをさせて……謝るのは俺の方だった」


 モルガンは最後に娘の体を強く抱き締めた。

 その体が消え、幻想世界を覆う膜が急激に薄れていくのを、フェキシーは自分の体の感覚の変化で感じた。

 地面が揺れ、白い病室が砕け、元の隔離病棟の一室へと戻る。

 地鳴りはまだ続いている。


 やがて、世界が音を立てて崩壊を始めた。



            ▼     ▲     ▼



 足元が崩れたかと思うと周囲の景色が急に光輝き始めた。

 建物が宙に浮き、木々や生物達も重力を失ったように空を泳ぎ始める。


「「そ、そんな……」」


 魔術師の体が崩れ、元のオネイロスがその場に現れる。


「ああっ……ゴーストタウンが……俺の夢が……」


 オネイロスは失意のまま、割れた地面の隙間へと落ちていった。

 炎の巨人は役割を終え急激に熱を失う。

 元の姿に戻った俺は、夜空に一人の少女が泳いでいるのを見つけた。


「フェキシー!」


 俺は強く跳躍して、彼女の元へと飛んだ。


「カイカくん!」


 フェキシーは両腕を広げ、俺たちは光り輝く残骸が飛び交う空で抱きしめ合った。


「上手くいったんだな」


「うん、みんなとクラムと、カイカくんのおかげでやり遂げられた……」


 俺たちは笑い合う。

 その両目から溢れる涙が重力のない世界を舞った。


「わたしカッコよかったかな?」


「ああ、きみはこの世界の誰よりも輝いていた。少なくとも俺にとっては……」


「ははは……よかった」


 少しの沈黙のあとで、俺たちは自然と口づけを交わしていた。


「ずっとこうしてたい……」


「俺もだよ」


 両手を絡ませ少しずつ光の粒子となって消えていく世界を見つめる。

 植物の生い茂ったマンションが、空を泳ぐクラゲが、いつか育てた畑の野菜が……全てが夢だったように暗闇に溶けていく。

 そのとき、繋いでいた俺の右手が光の粒子となって世界に溶けた。


「フェキシー……!」


 その姿を永遠に見ていたいのに、涙のせいで視界がぼやけてしまう。


「カイカくん。ここに来る前、わたしが作った花を置いて来たから……」


 嫌だ。行かないでくれ。

 俺はそう言いそうになるのを何とか飲み込んだ。


「分かるでしょ? 綺麗に燃やしてね」


「ああ。永遠に残る一瞬、絶対に忘れない!」


 やがて、俺たちの体も少しずつ光の粒子となって『無意識の海』へと溶けていく。


「じゃあね!」


 微かに残った聴覚がそんな叫びを聞いた。

 最後に彼女はそんな甘い夢を残してくれた。


「ああ、また会おう!」


 ありったけの願いを込めて叫ぶ。

 果てしない宇宙のような光の粒が残る暗い海で、声だけがどこまでも響いた。

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