#8

大怪獣決戦 ①

 セレモニー当日、『ゴーストタウン』の建造物は暗闇の中に一層輝きを放っていた。

 高級オフィス街に聳える最も高いビルの一室、貸し切りのパーティ会場に多くの人が集まっている。


「皆様、よくぞお集まり頂きました」


 白い燕尾服の男、オネイロスは仮面をつけたVIPたちに向けて丁寧にお辞儀をした。

 会場の様子は歓楽街やリゾート等、『ゴーストタウン』全域に出現した架空のモニターを通じて、顔のない人々にも発信されている。


「本日は『ゴーストタウン』のプレオープンを記念したセレモニーにご参加いただき誠にありがとうございます。わたくし、『ゴーストタウン』のオーナーを務めさせていただいておりますオネイロスと申します。以後、お見知りおきを……」


 俺たちはその様子を見守りながら、配置について開始の合図を待っていた。


「――さーて、お偉いさんも集まったことだしそろそろ始めるぜ」


 MM《マッドマッシュ》の声が通信機器越しに聞こえる。

 俺はバイクのエンジンを掛け、後部座席に乗るフェキシーはその腰に腕を回した。


「10カウントで行くぜ。10――」



            ▼     ▲     ▼



「『大怪獣作戦』はコフィが『顕幻』したガジェットで通信しながら、同時進行で進める」


 前日に行われた作戦会議で、ユウマはスタジオに集まる『廃棄品同盟(レフトオーバーズ)』を見渡した。


「チームAはセレモニー襲撃、チームBは怪獣の出現、チームCはモルペウスへの接触。ただでさえ少ない人数を三分割する以上、最初の奇襲の成否がそのまま作戦の成否に繋がると言ってもいい」


 ユウマは『廃棄品同盟』の個々に見立てた人形を配置していく。

 チームAのセレモニー襲撃はMM、メグ、ユウマの三人だ。


「セレモニー襲撃はリスクが高いから少数精鋭で行く。私は一応、チームAの所属だがチームBの面々同様に怪獣の『顕幻』に専念することになるだろう」


 チームBは主に十二歳以下の年齢の低い子供たちで構成されていた。


「チームBの皆には各地に怪獣を『顕幻』してもらう」


 ユウマは自作怪獣のフィギュアをロケハンで決めた場所に配置していく。

 子供たちは緊張した面持ちで頷いた。

 俺が同年代のときよりもよほど頼もしい顔つきをしている。

 『廃棄品同盟』の年少組には、親を『モルフォナ』の病室に囚われている者、親が秘密を知りすぎたため組織から抜け出せなくなっている者もいた。家族を取り戻すという決意が彼らをただの保護される子供から、戦う一人の人間へと成長させている。


「最後のチームCはフェキシー、カイカ……君たち二人に任せる」


 俺は真っ直ぐこちらを見つめるユウマに応えた。


「――ああ、任せてくれ。フェキシーを必ずモルペウスの元へと送り届ける」



            ▼     ▲     ▼



「7、6、5、――」


 バイザーを通して、各メンバーの現在の状況や街の様子が映し出される。

 祈りを込めるようにして両手を合わせ、怪獣の『顕幻』の準備を進める子供たち。

 MMとメグは事前に『顕幻』したパワードスーツを着て、グライダーに乗り、近くのビルの屋上の淵に足を掛けている。

 この作戦の通信全般を担うコフィは緊張から小さく息を吐いている。

 オネイロスの演説を楽しそうに、あるいは退屈そうに見守る観客たち。

 そして、各々の思いが交錯する中、そのときが訪れた。


「3、2、1、『大怪獣作戦』開始だ!」


――ドンッ。


 その瞬間、セレモニー会場の窓ガラスが、映像越しにも振動が伝わるような大きな音を立てて爆破された。

 俺は地面を蹴り、ブレーキから手を離すと同時にアクセルを全開で回した。

 あっという間にメーターの針は時速八十キロを超え、進行方向に『モルフォナ製薬』の門とそれを守る武装した警備員たちの姿見える。

 警備員の人数は前回の侵入を受けて、明らかに増員している。

 だが、セレモニーの襲撃の報を受けたのか、彼らの一部は明らかに他のことに気をとられている。


「『顕幻』っ!」


 俺は両目を見開いて、直前に見た爆発をイメージした。

 ありったけの怒りを込めると脳の奥がちかちかと点滅する。


――パッ。


 暗い風景に雷のような閃光が瞬いた。

 直後、小さなビルなら吹き飛ばせるほどの爆炎が、大きな熱と音を伴って『顕幻』された。

 凄まじい爆風がこちらにも届く。

 俺は転倒しないよう身を屈めて直進を続ける。


――ギイイイイン。


 エンジンが唸り、倒れる警備員や門の残骸の間をバイクは駆け抜ける。

 俺たちは速度を落とさずに、モルペウスのいるとされる『隔離病棟』へと向かった。

 やがて、フェンスで囲まれた『隔離病棟』の姿が見えてくる。



            ▼     ▲     ▼



 俺たちが『隔離病棟』に向かう間にも、他のチームの戦局は大きく動いていた。


 その様子は随時、映像を通して共有される。

 会場を爆破したMMとメグはグライダーを使い、割れた窓ガラスから爆心地へと乗り込む。

 やがて煙が晴れて会場の様子が映し出される。内部はガラスの付近こそ煤で汚れていたが、中のVIPたちもテーブルや料理も全く傷付いた様子はない。


「どうやら、セレモニーを邪魔しようとする不届き者が現れたようですね」


 オネイロスは変わらない口調のまま、笑顔で観客たちの方を向いた。


「どうかご安心ください。この世界は現実とは異なり、無法者のテロ行為で崩壊するほどやわではありません。見ての通り現実では不可能なほどの強度を誇る見えない壁の設置や、建造物の強度の底上げ、それらをわたくしたち『モルフォナ』だけが制御できる。安全かつ快適な世界を約束いたします」


 オネイロスは仰々しくお辞儀をして、まるでこれもパフォーマンスの一環であるかのように振舞う。


「お見せしましょう。『モルフォナ』の誇る制圧部隊の実力を!」


 そんな宣言とともに指をパチリと鳴らすと、奥に控えていたフルフェイスヘルメットを被った黒スーツの集団が見えない壁を擦り抜けてくる。


「『顕幻』!」


 黒スーツ軍団がそう一斉に叫ぶと、彼らの手元に光沢を放つ小銃が出現する。


「掃討!」


 合図とともに小銃を構えて一斉に引き金を引く。

 しかし、MMとメグにその弾が当たることはなかった。

 パワードスーツで俊敏性を増した二人は文字通り縦横無尽に、室内を駆け巡り、銃弾を難なく躱していく。


「現実の銃をわざわざ『顕幻』させるなんて想像力が無さすぎるぜ」


 MMは金属のリングで覆われた緑色のボールを二つ放り投げた。


――ドンッ。


 ボールは黒スーツの男にぶつかると、その瞬間に爆発した。


「ぐああっ」


 威力は装備越しにダメージを与える程度には強い。

 ボールは爆発しても止まることなく、壁や天井を無軌道に跳ね回り続け、意思を持ったように次々と軍団へと襲い掛かる。


「ぐっ、何だこの武器は?」


 予測不能の動きをする爆弾に、あっという間に隊列が崩れる。


「スーパーボールで遊んだことない?」


 メグは困惑するスーツの男性の後ろに回り込み、思いっきり体を背後から蹴飛ばした。

「う、あああああぁぁぁぁ……」


 ビルから落ちた男の悲鳴が遠ざかっていく。


「舐めるなっ!」


 軍団は咄嗟にメグの方に小銃を向けたが、メグは天井に飛ぶと、小さい桃色の砂を撒き散らした。


「降り注ぐ砂塵にご注意ください」


 桃色の砂は雹のように勢いよく降り注ぎ、男たちの体を貫いていく。

 体を貫く砂の痛みに、男たちは意識を失った。


「『顕幻』のしやすさで実銃を選んだんだろうが、それが逆にこいつらの想像力を縛っちまってるな。いや、管理のしやすさを考えたら、あまり過ぎた力を持たせない方が都合いいのかな?」


 MMの手に巨大なハンマーが『顕幻』する。

 質量的には片手で持てるはずのないそれを、MMは軽々と振り被り、見えない壁に思い切り叩きつけた。


――ガッシャッンン!


 音を立てて壁が砕け散ると、流石にそれまで落ち着いていた観客たちも避難を始めた。

 だが、オネイロスは至って落ち着いている。


「ふふふ、こちらの戦力を侮ってもらっては困ります」


 オネイロスがステッキを二回地面に叩きつけると、突然、二頭の獅子が姿を現した。

 真っ黒に染まった目、剥き出しの牙は現実のライオンよりも禍々しい。


「確かに大人は自らを強くする妄想にブレーキを掛けがちです。ただし、自らを脅かすものに対する恐怖の想像力は負けていませんよ」


 獅子はMMとメグに向かって襲い掛かった。

 二人は高速で動き回る獅子の攻撃を避けながら反撃を試みる。

 その間に、黒スーツの軍団は復活、さらに空間を越えて増援が次々と到着する。



「それは……子どもの想像力を舐め過ぎというものだろう」



――ズシン。


 足元から突き上げるような、ビルを揺るがす振動が響く。

 巨大な影を感じて、オネイロスたちの視線が割れた窓ガラスの先に向けられた。

 そこでは数十メートルを越える巨体の、黒い皮膚を植物で覆われた化け物――暴走怪獣バイオレングが近くにあるビルをなぎ倒していた。


――ギャアアアアアアアアアアアア!


 響き渡る咆哮、その姿をビルの屋上から見つめるユウマの顔は恍惚としていた。


「オネイロスくん、演出家としての格の違いを見せてやろう」


 そして、ビーチ、住宅街、駅前繁華街の三カ所に雷のような閃光が瞬いた。

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