怪獣博士のロケーション・ハンティング ②

 三人となった撮影班で今度は街の北東へと向かった。

 川を挟んだこの一帯には、近代的なガラス張りの高層ビルがいくつも建っていた。

 その中でもひと際目立つ超高層ビルを、俺は息を飲んで見上げた。


「このビルも例によって買い手はほとんどいない。おおよそ企業向けに作ったのだが、同じ値段で都心にオフィスを建てた方が遥かに利便性がいい」


「なんかここら辺は、全然エデンシティって感じがしないですね。ビルの周りには一応目隠しみたいに木は植えられてますけど……」


 超高層ビルはフェンスと針葉樹林で囲まれており、中に入ることはおろか、許可なしでは敷地に足を踏み入れることすらできないようだ。


「私がここに登場させようと思う怪獣はどんなものだと思う?」


 ユウマはカメラの位置を調整しながら俺たちに聞いた。


「やっぱり、ゴリラみたいなのがビルを登るとかですかね……」


「もっと派手に首の沢山ある竜とか」


 俺たちのどこかで聞いたような発想にユウマは無言で首を横に振った。


「正解はこいつだ――暴走怪獣バイオレング」


 ユウマは巨大なセミを模した怪獣のフィギュアを取り出す。

 それはこれまでの怪獣と比べて王道らしい恐竜のような見た目の怪獣だった。ゴツゴツした体に植物が這っていて、その隙間から見える顔は見るからに凶暴だ。


「おおー出た、バイオレング!」


 フェキシーは目を輝かせており、俺はまた取り残された気分になる。


「この子が暴走怪獣バイオレング。かつてはこの一帯を護る守護神だったが孤島で永い眠りについている間に突然変異した凶暴化を引き起こす寄生植物に脳を侵食されて暴走して街に破壊の限りを尽くした。撃退後は一部理性を取り戻し他の怪獣から島を守るようになる予定だ」


「なんか可哀想な設定だな……」


「この巨体にその悲哀、それが芸術ってやつだよ」


 俺は素直に感想を漏らし、フェキシーは後方で腕を組んで頷いている。


「バイオレングは人工河川を通ってこの付近へと顔を出す予定だ。寄生植物には真水が必要で宿主を誘導した結果だな。ヘリのライトに照らされてその影が高層ビルに映る描写は圧巻となるだろう。……というわけであとは川だけ撮って移動しよう」


 ユウマは一通り設定を開示すると、また満足したのか移動を始める。

 俺はアングルの難しい川の撮影を、長身を活かして手伝った。

 が、結局ユウマは満足せずに、自ら手すりを越えて危険な撮影を行った。


「よし、これでいい」


「次が最後の場所ですよね。どこに行くんですか?」


「残るはエデンシティの東部、『モルフォナ製薬』の敷地だ」


 俺はそれを聞いて、疲労によって薄っすらと積もっていた眠気が一気に吹き飛んだ。



            ▼     ▲     ▼



 日はすっかり傾き、道路脇に植えられた木々の向こうが赤く染まり始める。

 やがて先を行くユウマのバイクは右折して、俺が初めて通る道路へと入っていった。

 しばらくして白い塀で囲まれた工場――『モルフォナ製薬』の敷地が見えてきた。

 警備員が見張っている門を左折して素通り、ユウマはしばらくしてからバイクを脇に停車させる。

 そこは敷地の角の部分で、塀は木で覆われていて中の様子が見えなくなっていた。


「よし、ここを撮影するぞ。カイカくん、カメラには映らないようもっとこっちに来てくれ」


 ユウマの視線の先、塀の上には一台の監視カメラが設置してあった。

 俺は冷や汗をかきながら、バイクをさらに移動させた。

 ユウマは反対側の道路に立ち、『モルフォナ』の敷地の撮影を始めた。


「カイカくん、この場所をよく覚えておくんだ。イメージは鮮明な方がいい」


「えっ……はい」


 俺は口にはしなかったが、この場所の撮影がただの映画のロケハンだけでないことに薄々気付き始めていた。


「正直言うと、まだここに出現させる怪獣をどうするかは悩んでいるんだ」


 ユウマは撮影をしながら、そんなことを呟いた。


「……この敷地内にはこの街唯一の病院がある。いくら悪の結社『モルフォナ』の秘密基地とはいえ、そこに入院する人を蹂躙するというのはどうしても気が引ける」


「住宅街で暴れさせておいて、今さらじゃないですか?」


「ふふっ、痛いところを突くじゃないか。でもまあ、大衆映画においては一般市民と病人という属性の違いによる与える印象の差異が案外馬鹿にならないものなんだよ」


 それは俺にも何となく分かった。

 怪獣映画……特に視聴者に子供を意識した作品では、逃げ惑う住民は描いても体が不自由な人間が被害に遭う場面はまず描写されない。


「それと、『ゴーストタウン』の『隔離病棟』にはエデンシティに肉体がない人間の精神も隔離されている。つまり――」


「セレンはそこにいるんですか?」


 俺が食いつくのを、ユウマは両手で待てと言うように制した。


「早まるなよ、作戦決行のタイミングには必ず連絡する。一人で行っても返り討ちに会うだけだ」


「……分かりました」


 俺は沸き上がる衝動を何とか鎮めた。


「さて、そろそろ行こう。『モルフォナ』に気付かれたら面倒だ。フェキシー……聞いているか?」


 フェキシーはユウマに声を掛けられて、ようやく塀の方から視線を外した。

 『モルフォナ製薬』の敷地に向かい始めてから、明らかに口数が少なくなっていた。


「大丈夫か?」


「……うん。どうしても、ここに近付くと嫌なことを思い出してね」


 フェキシーは俺たちに向けて取り繕うように笑った。

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