『ゴーストタウン』潜行開始 ②

 キッチンでMMが高級肉を焼き、集まった子供たちに次々と振舞う。

 誰かが収穫してくれた野菜と一緒に、順番に食事をしていく。

 俺とフェキシーの順番は最後で、全員分の肉を焼き終わったMMと一緒にテーブルを囲んだ。


「じゃあ、説明してもらえますか?」


「そうだな~……」


 マッドマッシュはちらりとフェキシーの方を向いたが、黙々と肉を食べていて反応をしない。


「ま、オレが説明するか。オレが現地ガイドやってるのは金稼ぎもあるんだが、そいつが『モルフォナ』に関わらないよう牽制する目的もあってな」


「そう言えば……執拗に警告してくれてましたね」


「カイカくんはまさにそれ目的っぽかったからな。金持ちでもユーチューバーでもないのにこの国に来るような奴は要注意で、『モルフォナ』という単語にも反応したうえ、カマかけしたとはいえ薬というワードを自ら出した」


 俺はあのとき感じた冷たい空気が、気のせいでなかったことを知る。


「ただ、カイカくんの口ぶりや反応から、『モルフォナ』関係の渡航であってもどうやら被害者の方だっていうのがオレの見立てだった。……『廃棄品同盟(レフトオーバーズ)』と協力関係を結べるかもしれない。そう思ってフェキシーに接触させたんだ」


「……なるほど。通りかかったのは偶然じゃなかったってことですね」


 俺はすべて掌の上だったというのに、安心感が凄かった。

 この一日でフェキシーやその仲間が悪人でないことは、俺の心が確信していたからだ。


「それで、妹さんを探してるんだってね」


 フェキシーがコーラで肉を流し込んでから聞いた。


「はい、実は――」


 俺は自分が置かれている状況について説明を始めた。

 意識不明になった妹。マンションで現れた半透明の獣。部屋にあった空の薬袋。

 気が付くとリビングにいるのは、フェキシーとMM、メグやコフィといった比較的年齢の高いメンバーだけになっていた。


「そうか、おそらく妹さんは『招待券(チケット)』を貰ったんだな」


「……チケット?」


「『モルフォナ製薬』の計画に関わる重要な物……簡単に言えばドラッグだな」


「うっ……」


 覚悟はしていたが、いざ言葉にされると食べたばかりの肉を吐き出したくなった。


「この『招待券』は今、エデンシティ中……いや世界中にばら撒かれている。『招待券』の成分を燃やして吸うと、睡眠を促す効果と一緒に軽い幻覚作用をもたらされる」


「クラムの家にアロマポッドがあったでしょ。あれだよ」


 フェキシーが説明を捕捉する。

 あの甘い匂いが妹の部屋に充満していた匂いと、同じであることに今更気付く。


「そう。大体の場合はアロマに混ぜられ、睡眠促進の方がメインで使われる。だが、眠ると同時に彼らは幻覚を見始め、人によってはその幻覚に囚われるようになる。妹さんの貰った『招待券』はたぶん、それをより強い濃度にして眠りを深くするための物だろう」


「えっ……待ってください」


 俺はそれを聞いて強い違和感を覚えた。


「ドラッグって中毒にして金をとるために売るんでしょう。妹のように意識不明になっては商売にならないんじゃ? それとも、摂取量を間違えたのか……」


「いや、おそらく妹さんも『招待券』を与えた者も眠ることは承知していたはずだ」


 MMは俺の推測をすぐに否定する。


「何のために?」


「……幻想世界の住民にするために」


 フェキシーがそう呟いたが、俺はまったく意味が理解できなかった。


「なるほどね。カイカさんの置かれた状況は分かったよ」


「お兄さんの目的は、僕たちの目的と一致するかもね」


 メグやコフィも納得したように頷いている。

 どうやら話についていけないのは俺だけのようだ。


「これについては、言葉だけで説明するのは難しい。けど、カイカくんもすでにその一端に触れている。たとえば、その半透明の獣とか……」


 俺は背筋が冷えるのを感じた。


「それから、ここに来るまでに変な人影を見なかったか? あれも本来ならこの世界には存在しない異物だ」


 影のようにぼんやりとした顔の見えない通行人たちが脳裏を過る。

 俺は徐々に自分が恐ろしい世界に足を踏み入れていることに気付いた。


「いいか。妹さんを救う方法はある」


 その言葉は恐怖に竦んだ俺の心を動かすには十分だった。


「え……それは、どうやって!」


「そのためには、妹さんの状況を知る必要がある。そのためにもまずはカイカくん自身が一度、『ゴーストタウン』に行く必要がある」


「『ゴーストタウン』?」


「エデンシティと同じ座標にある幻想の世界――『招待券』で眠らされた人々の集合無意識によって作られた街のことだ。『モルフォナ』の管理する世界だが、オレたちはそこに違法入国する方法を知っている」


 マッドマッシュは次々と俺の知らない言葉を話す。

 理解させる気があるのかと、俺は焦りから少しだけ苛立った。


「その手段は一度――」


「――MM。ここからはわたしに任せてよ」


 フェキシーがマッドマッシュの言葉を遮る。


「今日は遅いし、案内役ならわたしがやるから……」


 フェキシーの言葉を受けて、MMもメグもコフィも黙り込む。


「待ってください。俺は正直、話についていけてない」


 俺はようやく隙ができたので、話を進めるフェキシーたちに思わず口を挟んだ。


「それほんと? 本当は良く分からない単語の羅列でも、頭の中ではイメージぐらいできてるんじゃない?」


「そんなこと……」


 ないわけじゃなかった。

 たしかに、俺はもう『ゴーストタウン』がどういう場所なのか想像がついている。

 ハッシュタグを辿って見た幻想的な街の風景。

 あれはエデンシティに似ていたが、そのものではなかった。

 俺はあの画像からファンタジー的な要素を除外して手掛かりにしていた。だが、あの画像がファンタジーではなく、正確に事実を描写しているとしたら……。


「……そうかもしれない」


「ふっ、そうだよね。じゃあ、まずはシャワーとか浴びて、歯も磨いて、今日はゆっくり休む準備をしよう。……気持ちが逸るのは分かるけど、もうクタクタでしょ?」


「……ああ」


 長時間の移動、知らない街を歩いて、農作業までした。

 腹も膨れて、油断すれば意識が落ちないほどに疲れているのは事実だ。


「分かった。そういうことなら、細かい話は明日しよう」


「カイカくんはもう休みな。シャワーも使っていいから」


 MMたちもそれが合図と言うように、立ち上がり、部屋の片づけを始めた。


「いこ。部屋、こっちだよ」


「……ありがとうございます」


 俺は礼を言うと、少しだけふらつく足取りでフェキシーの後に続いた。

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