第6話 残響
翌朝。
咲は重たいまぶたをこすりながら目を覚ました。夜の出来事は夢だったのか、それとも現実だったのか。頭の奥に、まだ「咲……」と呼ぶ声が残響のようにこびりついている。
「……夢じゃない。」
手に残る冷たい扉のノブの感覚が、昨夜の出来事を現実として確かめさせる。
身支度を整え、宮園に呼ばれてダイニングへ向かう。
長いテーブルの一角に家族たちが並び、咲は配膳や補助のために立つ。
誰もがどこかに怪我を負い、欠損を抱えた姿は、やはり不気味だ。
「おはようございます。」
咲が頭を下げると、宮園が小声で囁く。
「……余計なことは口にしませんように。」
咲は目立たぬよう立ち、食器を並べながら短く返事をする。
家族の誰かが言葉をかけてきても、必要最小限以外は答えず、視線を逸らす。
その緊張感が、屋敷全体の重苦しさをさらに濃くしていた。
食事の後、宮園は咲を屋敷の奥へと案内し、再び注意事項を伝える。
「この屋敷には、入ってはならない部屋があります。特に地下室には、絶対に近づかないこと。」
その声には低く抑えた警告が色濃く含まれていた。
「棚や壁の隙間に不用意に手を入れてはいけません。何か落とした場合は、必ず私を呼ぶように。」
咲の指先には、指を隙間に差し込み刃物に触れた傷の痛みがまだ残っている。
「……わかりました。」
咲は返事をするが、心の奥底には昨夜の声への疑念がくすぶっていた。
なぜ呼ばれたのか、誰が、何のために——。
屋敷の静けさの中、咲の耳にはまだ、誰かが自分を呼ぶ声が残っているように感じられた。
その声は薄暗い廊下の奥から、囁くように届く。手を伸ばせば届きそうで、しかし絶対に触れてはいけない——。
咲は背筋を伸ばし、家政婦としての任務に徹することを自分に言い聞かせた。
今日も、屋敷の中の異様な静けさに身を置きながら、立ち入ることのできない場所を意識しつつ、一歩一歩歩みを進めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます