切れる

ちびねここ

第1話 注意事項

バスから降りてどれくらい歩いただろうか。

やっと目の前に洋館が見えてきた。


「ふう……」と息を吐くと、古びた石造りの門が視界に入る。重々しい鉄の門扉は半ば開かれており、まるで来訪者を試すかのように冷たい影を落としていた。


咲は緊張した面持ちで門をくぐり、石畳を進む。手入れの行き届いた庭を抜け、やがて館の玄関へとたどり着いた。


扉を叩くと、すぐに老女が姿を現した。

「高野咲さんですね。ようこそいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ。」


それが、この洋館に長年仕えているというベテランの家政婦・宮園だった。


穏やかな声に促され、咲は一礼して館の中へと足を踏み入れる。

広がっていたのは、外観からは想像できないほど壮麗な玄関ホールだった。高い天井には梁が走り、ボルドー色の絨毯が床を覆っている。壁には大きな肖像画や古びた柱時計が並び、静けさの中で秒針の音だけが響いていた。


「面接のお部屋はこちらでございます。」


宮園の後を追い、咲は長い廊下を歩いた。廊下にはいくつもの扉が並び、どれも重厚な木製で彫刻が施されている。窓から差し込む午後の光が床を照らし、不思議な温かみを与えていた。


やがて宮園は一つの扉の前に立ち止まる。

「こちらが面接のお部屋です。」


扉が開かれると、目に飛び込んできたのは部屋の内装だった。壁一面には古書が並び、窓際には深紅のカーテンが垂れている。中央には大理石のテーブルと革張りのソファが置かれ、圧倒されるほどの空気をまとっていた。


咲が席につくと、部屋の奥から館の主と思しき人物が姿を現した。

落ち着いた声で面接が始まり、やがて「仕事をするにあたっての注意事項」が告げられる。


「いくつか、守っていただくことがございます。

まず、廊下で声をかけられても、返事をしてはいけません。

夜は決して、自分の部屋から出ないこと。

決められた部屋以外には入らないこと。

そして……館で何があっても、口外しないこと。」


一つひとつの言葉が、まるで呪いのように咲の胸に刻まれていく。


こうして彼女の洋館での日々が始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る