第三章 つまずいて、その先に
第一話 姫は夏休みの計画を立てる
学校の個人用のタブレットに送られてきた、期末考査の結果。
私は、閉じていた目をおそるおそるうっすらと開けて、結果を確かめた。
「……うん、うん。……色々と大変だったし……勉強する時間が減っちゃってたけど、これなら、うん……」
平均点より上を維持している点数を確かめ、私は何度もうなずき、息を吐いた。
最終的にまずまず良好な結果だ。ばあちゃんにも怒られずに済みそうだった。
私はふーっ、と大きく息を吐いて自分の席の椅子にもたれかかる。
もう既にホームルームも終わっていて、私は鞄を肩に掛けて立ち上がる。
「数学は特に心配だったけど……エイジさんと
私がそう、独り言ちた時だった。
──「誰にお礼を言うって?」
「わあっ!?」
背後からいきなり声を掛けられて、私はびくっ、と背筋を強張らせて振り返る。
すると、そこに友人の白亜が
「……勉強、誰かに見てもらったの?」
「あっ、うっ、えーっと、えーと……」
白亜にどこまで話してよかったか、頭の中で必死に思い出していて──
「こっ、この前、話した専門学校の、知り合い……?が、親切な人で、色々と相談に乗ってくれて、ね……」
「……ねぇ、
いつもは、そこまで踏み込んでこない、どちらかと言えば淡々とした態度の白亜。
だけど、今日の彼女は私の机に寄りかかり、顔をしかめた。
「その知り合いってどういう人なの?」
「えっ、あっ……」
「その人が男の人か女の人かも聞いてない。黒依を疑っているわけじゃないけど」
私は思わず口ごもってしまう。
正直に言えないのが、ひどく心苦しい。
「それは……でも、その……」
「……私が心配するのも、お
白亜が、夏服の袖から伸びる日に焼けた腕を組んでうつむく。
それから少し呆然としている私に向かって「ごめん」と告げた。
「黒依のこと、困らせたいわけじゃなかった。ただ、さ……」
「はく……あ……?」
「……たださ。私、黒依にちゃんと、まだ……」
白亜は何か少し、彼女らしくなく言い淀んでいた。
私は目をしばたいて、彼女の言葉を待ったけど──
「……
「あ……うん」
白亜が立ち上がって、肩に鞄を掛け直した。
そのまま教室の外に向かう彼女に、私も慌てて荷物を鞄に詰めて追いかけた。
〇
「……ああ~、テストも夏の暑さも、世界はこんなにもあたしに試練を与える~」
駅前のフードコートのテーブルに着くと、天音がぐでっと椅子にもたれかかる。
全身に体毛がある獣人種の彼女は、道中、ひどく暑そうで、舌を出してはぁはぁしていた。
私と風香で冷房の風の当たる席まで運んで、両側からあおいであげていた。
「……〈どわ家〉も冷やしうどんとかやってるけど、さすがに今日は〈アルカナ22アイス〉にでもしよっか。テストも終わったことだし」
「……それがいいね。天音もさすがに食欲ないみたい……」
魔素を含んだ冷却ファンの風を天音に当てていた風香が、白亜に同意する。
それを聞いて、私は天音の額に水に濡らしたハンカチを当てつつうなずいた。
「天音がこんな調子だし、誰かまとめて買いに行く?」
「じゃあ、私が買いに行く。まとめて払っとくから後で割り勘。フレーバーは?」
白亜が申し出るのに「私は『運命の環のチョコミント』」と風香が告げる。
「あっ、じゃあ……私は『悪魔のベリベリーショコラ』」
「じゃ、私は『星のポップインスター』にでもするか。天音は?」
白亜がフレーバーを問うと、ぐでーっとした天音が手を挙げる。
「……『女教皇のハイストロベリー』と、『皇帝のキャラメルリボン』……」
「分かった。……今すぐ買ってくるから、それまで生きてるんだぞ」
椅子の上でぐでんとなっている天音を見下ろし、負傷兵を見下ろす衛生兵のような顔つきで、白亜が財布をとスマホを手に離れていった。
〇
「くろちーは成績どんなものかな~、って思ってたけど……」
アイスを食べて人心地ついたらしい天音が、もう一つのフレーバーに取り掛かりながら、私を振り向いて息を吐いた。
「くろちーもふーたんと同じ、持てる者の側だったか……」
「あんた、今、さも当然のように私を自分と同じ側にカウントしただろ」
天音の隣に座った白亜が、横目に彼女を睨んだ。
すると天音の方が、スプーンで残った方のフレーバーをすくいながら、じとっと白亜を横目に見やる。
「はくっちは自分が持てる側だとでもいうのかね?赤点ぎりぎり回避でしょ?」
「うっさい!てかなんで、あんたが知ってんだよ!?」
「持たざる者同士仲良くしようぜ~」と、すっかり普段の調子を取り戻した天音が白亜にへらへらと絡む。
私と風香はそんな二人のやりとりを、自分たちのアイスを手に眺めていた。
「……持たざる者たちも無事に補習は回避したようですよ、黒依さん」
「そうだね。四人とも予定が合わせられそうで、良かったね」
私が相槌を打つと、風香がすっとミントの香りのするアイスを口に運ぶ。
「……まあ、玉ノ井は渋い顔してたけど、赤点回避なら私と天音は万々歳だ」
「だねぇ。あたしはふーたんに数学教えてもらって、助かったよ~」
白亜と天音のやりとりに、私も自分の、チョコにベリーソースの絡んだアイスを口に含んで、舌の上でその冷たさと舌触りを堪能する。
「……テストも終わったし、前もちょっと話したけど、夏休みの予定はどうしよっか?四人で予定を合わせて遠く行くとか、ある?」
「あ、あたし、海!海行きたい~」
白亜が私たちを見渡すのに、天音がすかさず挙手して発言した。
「海に行くの?だったら、水着を買う予定も立てなきゃ」
それから、白亜はふと、私の方に目を留めた。
さっきの事もあって、私は少しどきりとしたけど──
「黒依は、海に行って遊んだことは?」
「海……海かぁ……」
私は故郷の〈魔族領〉──ばあちゃんの治める領地の記憶を思い起こす。
「……岬のとこにばあちゃんのお城……じゃなくて、家があるから、周りは海だったんだけど……」
「え~、なにそれ、すっごい景色良さそう~」
天音がはもふもふとした体毛を揺らしてはしゃぎ、横で風香が「ロマンチックなシチュエーション……」とつぶやいている。
私は、二人の夢を壊して悪いとは思ったけど──
「……水面は鉛色で、一年中霧がかかってて、岩場に波が打ち寄せてて、崖の下にちっさい砂浜があるけど天気が悪くなるとすぐに水没しちゃうしで……とても、遊べるような場所じゃなかったよ……」
ばあちゃんの城の周りの荒涼とした景色を、私は思い浮かべる。
どんよりとした私以外の三人が口を噤んで、顔を見合わせていた。
「じゃあ、海で遊んだこと、ないんだね?」
「……そだね」
私がうなずくと、白亜が気を取り直すように自分のアイスをすくった。
それを、ぐいっと私の口の中に突っ込んでくる。
「じゃあ、まずは皆で水着、買いに行こう。水着だって持ってないでしょ?」
「はっ、ふん……」
口の中に突っ込まれた白亜のフレーバーは、しっとりとしたアイスの中に、口の中で弾けるようなキャンディの食感があった。
「電車に乗るけど、大きな海水浴場があるし、そこに四人で遊びに行こう」
「海の家も出てるからね~。焼きトウモロコシとか、焼きそばとか」
「……潮風がべたつくのは嫌だけど、まあ、年に一度くらいは、ね……」
その後は、白亜たちと四人で、夏休みの予定を立てていた。
(夏休み、か……)
私は、ちらりと(AZテック)との事が頭によぎったけど──
(まあ、友達と遊ぶ時間位は、ある……よね?)
これまでも、学校のことはちゃんと優先して、両立できてたし。
私も、今は〈AZテック〉と戦うクロエ・アスタルテとしての自分は忘れて、〈梓川第一学園〉の生徒の明日川黒依として、新しい季節に胸を躍らせた。
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