第二章 ニセモノ出現

第一話 黒衣の姫は街の平和を守る

 「……わっ、やった!」


 寮の自室で、私は食玩の箱を開いて中身を確かめ、小躍りした。


 「シークレット枠の『コスモスマンレジェンディア』!これで食玩のシリーズコンプ……。おこづかい貯めて買った甲斐があったなぁ……」


 それまでこつこつと集めていた食玩シリーズのミニフィギュア。

 勉強机の棚の上に並べているそれに、新しくそのシークレット枠を加える。


 食玩のおまけ扱いだから決して高価なものではない。

 でも、造形もカラーリングもかなり忠実で、私はほくほくする。


 私がうっとりと眺めている後ろで、シャドが大きなあくびをしている。


 「……うん、並べてみると分かるけど、『レジェンディア』ってかなり斬新なカラーリングしてるよね。それでもちゃんと『コスモスマン』って分かるのは、元デザの力だなぁ……」


 私は腕を組みながらうんうんとうなずく。


 「アニバーサリー映画で登場した、数十年越しの強化形態だもん。ラインナップに入るよね、そりゃあねぇ」


 棚の前で揃った食玩のミニフィギュアを私は心行くまで眺めていたけど──


 ふと、私は思いついて足元の自分の影を見下ろした。


 「強化形態……かぁ……」


 私は姿見の前に移動して、部屋着姿の自分の姿を映す。

 そして、自分の足元の影の中に普段、布のようにして折り畳んでいる自分の魔力を展開して──


 その魔力がぴたりと肌に吸い付き、漆黒の衣装を形作るのを感じる。

 それまでは普段と同じだけど──


 「ここをこーして、あーして……」


 普段の衣装を身に纏った後で、あちこちをイメージを膨らませて手を加えていく。


 そして、姿見の前でびしっ、とポーズを決めてみた。


 「『対AZテック決戦仕様!クロエ・アスタルテ……グレート!』」


 〇


 「……というのを考えたんだけど、どう思う?」

 『いいから真面目にやれ』


 魔力でマスクに引っ付けたヘッドセットに、今日、ここへ来る前に色々試していたことを伝えると、獣人種の少年、なぎの呆れ果てた声が即座に返ってきた。


 「私は真面目にやってるってば」


 その言い草はさすがに心外で、私もすぐに言い返す。


 夜の〈夢見島ゆみじま市〉の市街地。

 その不夜城の光を足の下に見ながら、私は魔力の触手を操り、次々と建物の間を飛び移っていく。


 「このまんまじゃ〈AZテック〉と渡り合えないから、色々と案を出せって言ったのそっちじゃん」

 『……強化形態とか勝手に名前を付けて見た目変えれば強くなんのか?』

 「それは……心持ちの問題というか、これからの話というか……」


 私が口ごもると、ヘッドセットに繋がる端末の向こうで誰かが座り直す。


 『クロエお嬢の訓練はこちらも色々とメニューを考えてます。魔力に関してはどうにもなりませんが、格闘術なら色々とテクニックを教えられますよ』

 「そうなんだ!ありがとう、エイジさん!」


 エイジの取り成すような穏やかな声音に、私もぱあっと笑みを浮かべる。


 『……今、クロエさんが焦る必要ないわ。今はひとまず、〈AZテック〉の目を盗んで、私たちの活動を続けられる、っていう実績を積み上げないとね』

 「それが、〈夢見島市〉のパトロール活動、ってことですか?」


 エイジともう一人の協力者マヤの声に私は尋ねる。

 高層ビルの外階段の踊り場に、かんっ、とブーツの音を立てて着地した。


 そこから地上の通りや路地裏をのぞいて、トラブルが起こっていないか確認する。


 『そういうことだ。……この前の騒動があって、今〈AZテック〉に直接手を出すのはリスキー過ぎる』

 「……それは、確かにそうかも」


 凪の声に、私も不承不承だが同意する。


 この前の〈AZテック〉の被験者たち──〈フェザー〉をはじめとした〈AZ8〉との遭遇と戦闘。あの時は、色々な偶然でなんとか逃げ切れたけど──


 (確かに……今のまま、不用意に〈AZテック〉に手を出すのは危険だよね)


 相手はこちらの存在を認識しているし、今度こそ逃がすつもりはないだろう。


 ひとまず、この辺りの区画は問題なさそうで身を翻して別の建物に飛び移る。


 『今は彼らの目を盗んで、こちらは力を蓄える必要があります。それは何もクロエお嬢本人の力量だけではありません』

 「……というと?」


 再び移動を始めると、ヘッドセットを通じてエイジの声が聞こえる。

 私が問うと、エイジはぐっと腹に力を込めて断言した。


 『〈AZテック〉に対抗する、外部の勢力を我々の側に引き込むのです』

 「外部の勢力?」

 『例えば、大陸の〈帝都〉や〈聖都〉、それに各国の諜報機関などですね』


 私は電波塔の鉄骨に飛びつき、くるりと足を絡めて逆さ吊りになる。

 蝙蝠こうもりみたいに逆さのまま地上の様子を確かめつつ、私はヘッドセットに問いかけた。


 「でも、それって前に〈AZテック〉が根回ししてるって言ってましたよね?」

 『よく覚えておいでです。しかし、それら大陸の国々も一枚岩ではない。どうにか〈AZテック〉の内情を暴こうとする諜報機関も数多い」


 私が上下逆さのまま首をかしげると、今度はマヤの声が聞こえた。


 『私たちがその内情……つまり、あの実験フィールドの情報を集め、かつ〈AZテック〉の実質的な支配下にある〈夢見島市〉において、彼らの隙を突いて継続的に活動ができる、という実績を示せば、どうなると思う?』


 私は合点がいって、鉄塔の上でぱちんと指を鳴らした。


 「なるほど、私たちが〈AZテック〉を上手い事出し抜けることを示せば、そういう裏で〈AZテック〉を疑っている人たちを味方に引き込めるってことですね」


 私が言うと『そういうことだ』と、凪も素直に同意を示した。


 私はぐるん、と鉄骨の上で身をひるがえし鉄骨の上で立ち上がる。


 「……でも、意外と、スパイ活動って地道なんですね……」

 『こう考えるといいですよ、クロエお嬢』


 『俺は詳しく知りませんが……』と、エイジが思案する口調で私に言う。


 『大陸のヒーローコミックを昔、友人から借りて読んだ程度の知識ですが……ヒーローにも色んな活躍の場があるんですよ。銀河崩壊の危機を神様みたいなスーパーパワーで防いだ奴もいるし、ストリートギャングを相手に丁々発止のやりとりをして渡り合う奴もいる』


 『今のクロエさんは、ストリートレベルの活躍を目指す、〈夢見島市〉の、路地裏ヒーローってとこね』


 ヘッドセットの向こうで、エイジとマヤが交互に話す。

 正直、おだてられてるってのは、分かるけど──


 「なるほど、そういうの……全然嫌いじゃない。むしろ好き」


 端末の前で凪が『単純な奴……』と小声でつぶやくのも聞こえたけど。


 「……それにちょうど、トラブルも発生したみたい」


 私は鉄塔の上から、夜も更けて人通りの少なくなった路地を見下ろす。

 そこには目出し帽を被った男たちが、周囲に人の姿がないか確認していて──


 無人ATMの精算所のシャッターをこじ開けようとしていた。


 数人がかりで大型の工具を持ち出して、かなり強引な手口だ。

 それを私の付けたカメラを通して見た凪が嘆息する。


 『……やれやれ、世に悪の種は尽きず、か。かなり荒っぽい連中だ』

 「通報しとく?」

 『それはこっちでやっとく。近くに連中の車もあるみたいだし、クロエは万が一にも逃げられないように『足止め』、頼む』


 私は「オッケー!」と、応じて鉄塔の鉄骨を蹴って跳び降りる。


 夜の闇の中、くるりと身を翻して私は軽やかに路地の上に降り立った。


 精算所のシャッターを破壊しようとしていた、目出し帽の男たち。


 「……こんばんは」


 私がかつかつと硬いブーツの音を立てて声を掛ける。

 こういう活動をやる、って心構えができて、自分でも随分とそれっぽく振る舞えるようになったと思う。


 目出し帽の男たちが、街灯に照らされ長く伸びる私の影に顔を上げる。


 「そんな荒っぽい事してまで、お金が欲しいの?……まあ、私も、沢山グッズ持ってたり、イベントに参加してる人見たら、羨ましいなぁ、って思うけど……」


 私の足元で、影から飛び出してきたシャドが「みぃ」と一声鳴く。


 「だからって、人のお金を強引な手段で奪ってまで欲しいとは、思わないな」


 軽く自分の影の上でステップを踏んで、身構える。

 目出し帽の男たちも工具を手に、私を振り返り凄むように表情を歪めた。


 「誰だてめぇ?ふざけた格好して邪魔しやがって……!」


 大型工具を手に持ってじりじりと近づいてくる男たち。


 私だって、あれから色々と考えた。

 すっと、力みなく動ける、自分にあった構え──『ファイティンマン』の構えを参考にした構えを取って、男たちに対峙する。


 ぎゅっと、音を立てて黒手袋の拳を握り締め、私は言い放つ。


 「悪党に名乗る名前なんてないよ」

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