第6話 本当の鬼
手紙の次のページをめくると、お父さんの一番辛い告白が書かれとった。
『あんたが大学3年の時と同じじゃった』という文字を見てワシの心臓がドキドキした。大学3年の時?何のことじゃろう。
『30歳の時、後輩が「音楽教室を開きたい」と言ったんじゃ』という行を読んでワシは思い出した。お父さんが会社で働いとった頃の話かもしれん。
『あんたなら分かるじゃろう、ワシは笑ったんじゃ』という文字を読んだ時、ワシの胸が痛んだ。お父さんが後輩の夢を笑った?
『「現実を見ろ」と言うたんじゃ』という行を見てワシは息を呑んだ。お父さんがそんなことを言うなんて信じられんかった。でもきっと本当のことじゃろう。
『周りはワシを褒めた。あんたの父らしい、正しい先輩だと』という文字を読んでワシは複雑な気持ちになった。周りの人はお父さんを褒めたが、お父さん自身はどんな気持ちじゃったんじゃろう。
『でもその瞬間、あんたも感じたことがあるじゃろう。何かが死んだんじゃ』という行を読んだ時、ワシの目に涙が滲んできた。
ワシは思い出した。大学3年の時、ワシが「ピアノの先生になりたい」とお父さんに言った日。お父さんは「安定した仕事の方がいい」と即答した。あの時のお父さんの表情は確かに苦しそうじゃった。
でもワシはその時気がつかんかった。お父さんも苦しんどったということに。
『あんたも気づいているはずじゃ。本当の鬼は、ワシの中の"正しさ"じゃった』という文字を読んだ時、ワシは手紙を胸に抱いた。
本当の鬼は外にいるんじゃない。自分の心の中にある「正しくあろうとする気持ち」が鬼じゃったんじゃ。
ワシも同じことを自分にしとる。音楽を愛する気持ちを「現実的じゃない」と言って押し殺して、周りに「大人になった」と褒められることを選んだ。
でもその度に、心の中で何かが死んでいくのを感じとった。
お父さんの前世の桃太郎も同じじゃったんじゃろう。鬼の子供を助けたい気持ちがあったのに、「正義の味方」として期待される通りに行動した。
そしてお父さんは現世でも、後輩の夢を潰すことで「正しい先輩」として認められた。でもその度に、自分の中の何かが死んでいったんじゃ。
『ワシも同じことを自分にしとる』とワシは心の中で呟いた。本当の鬼は自分の中にあった。他人の期待に応えることばかり考えて、本当の自分を殺してしまう、そんな「正しさ」こそが鬼じゃった。
窓の外で風が吹いて、カーテンが揺れた。部屋の中でピアノが静かに立っとって、まるでワシとお父さんの会話を聞いとるようじゃった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます