【声劇台本】台本本編
※配役検索に役立ててください。
☆:白石
△:岡田
▽:青木
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【Ⅰ】
☆白石(M):深夜2時15分。
いつもなら、この時間帯はリスナーから
メールやFAXが届いている
恋の悩み、仕事の
――そんな
でも……今は、何もありません。3週間前から、何も。
☆白石(M):私の名前は、白石 あかり。
この街の小さなFM局で、深夜番組『ミッドナイト・カフェ』の
パーソナリティをしています……いえ、していました。
今も続けているつもりですが、もう番組と呼べるものかどうか。
☆白石(M):3週間前、世界が
最初は単なる新型うつ病だと報道されていました。
――「感情が薄くなる」「希望を感じられなくなる」
でも、違ったんです。
それは病気なんてものじゃなかった。
☆白石(M):人工知能の研究施設で起きた事故。
そこから
『感情ウィルス』……後にそう名付けられましたが、
もう名付けた人もいません。
☆白石(M):このウィルスは人間の脳の、感情を
最初は軽い
すべての
最終的に残るのは〝絶望〟だけ。
そして、人々は――
☆白石(M):――でも、まだ私はここにいます。
まだ話している。まだ希望を信じている。
誰か、どこかで聞いている人がいるかもしれない。
それだけで、この放送を続ける理由になります。
【Ⅱ】
☆白石:こんばんは、深夜の皆さん! 今夜もお疲れ様です!!
FM 79.5、『ミッドナイト・カフェ』の時間です。
パーソナリティの白石 あかりです!
今夜も……皆さんと一緒に、静かな夜を
過ごしていきたいと思います。
リクエストはいつでもお待ちしています。
メール、FAX、お電話……どんな方法でも構いません。
☆白石:(※少し間を置いて)今夜の最初の一曲は……そうですね。
ビートルスの『イエスタデイ』にしましょうか。
昨日まで確かにあった世界への、小さな
△岡田:――白石。
☆白石:あっ、岡田さん。
お疲れ様です。
△岡田:まだ、続けているのか?
☆白石:もちろんです。
今日もどこかで誰かが聞いているかもしれませんから。
△岡田:誰も聞いていないよ。
3週間も経過しているが、一度も反応がないだろう。
☆白石:それはわかりません。
受信は出来ても、送信する手段がないだけかもしれませんから。
△岡田:……水を差すようで申し訳ないが、伝えなきゃいけないことがある。
発電機の燃料を確認したところ、あと5日分しかない。
☆白石:……5日、ですか。
△岡田:あぁ……それが
☆白石:……それでも続けます。
最後の一秒まで、私は話し続ける。
△岡田:なぜ、そこまで……
☆白石:岡田さん……あなたにも大切なヒトがいましたよね、
奥さんと、娘さん。
△岡田:……そうだな、いたよ。
☆白石:両親を早くに亡くした私にとって、このマイクの向こう
にいるリスナーの皆さんは、そういう存在なんです。
顔も知らない、名前も知らない。
でも確かにそこにいて、私の声を聞いてくれいた人たち。
△岡田:だけど、その人たちだって、もう……
☆白石:皆さん、もういないかもしれない。
でも、もしかしたら、まだどこかにいるかもしれない。
その「もしかしたら」がある限り、私は
△岡田:(※深い溜息を一度吐いた後に)白石……お前は、強いな。
☆白石:強いんじゃありません。
ただ、これしかできないんです。
私には、これしか残されていない。
△岡田(M):苦笑いを浮かべながらも、強い意志が込められた言葉を
最後の時まで家族を愛し続けようとしたアイツを。
あの時の俺は、まだ希望を持っていた。
『感情ウィルス』なんて、きっと治る方法があるって信じていた。
△岡田:俺の家族は……最初の週で
☆白石:岡田さん……
△岡田:
愛しているはずなのに、その気持ちが消えてしまったって。
そして、娘も……「パパを見ても
☆白石:……つらかったですね。
△岡田:あぁ……でも、最期まで、人間らしく
だから俺は、最期まで
反応がなんくても、表情が消えても。
☆白石:それは……
△岡田:結局はダメだった……けどさ、あいつ、
――『愛してくれて、ありがとう』だってさ。
☆白石:…………。
△岡田:結果は悲しい事になったけど、
だから……同じなのかもしれないな、白石がやっていることは。
☆白石(M):岡田さんは、私よりもずっと辛い想いをしてきた。
でも、それでも私の
きっと、彼も分かっているんです。
この放送に意味があることを。
☆白石:――私たちは、最後の
△岡田:
☆白石:「人間がこの世界にいた」という
愛し合ったり、悲しんだり、希望を抱いたり
……そんな美しい生き物がいたんだということの。
△岡田:……
自分自身たちを「美しい」と表現するのも驚きだ。
☆白石:ヒトによっては、
でも、感情があるから
感情があるから……自分以外を愛することが出来るんです。
△岡田:…………。
☆白石:だから、続けるんです。
たとえ、誰も聞いていなくても、この声が
届いて、いつか誰かが見つけてくれるかもしれない。
――人間という生き物は、最後まで
△岡田:白石……お前の言葉を聞いていると、まだ希望が
あるような気がしてくるよ。
☆白石:それが、私の仕事ですから。
△岡田:――んっ?
☆白石:今の音……
△岡田:また何かの建物が
メンテナンスする人間がいなくなって、インフラが次々と。
☆白石:でも、ここは動いている。
岡田さんがいてくれるから。
△岡田:俺にも、仕事があるからな。
――白石あかりの声を、最後まで届けてやりたい。
☆白石:ありがとうございます。
△岡田:それじゃあ、機材のチェックに戻る。
何かあったら呼んでくれ。
☆白石:はい!
△岡田(M):――白石は、俺が思っているよりもずっと一人で戦っている。
でも、その戦いには意味がある。
人間として最後まで
今の俺に出来る事は、その戦いを、彼女を支える事だけだ。
(interval)
☆白石(M):岡田 慎太郎さんは技術者です。
この放送局の設備をひとりで維持してくれている。
家族を失った悲しみを抱えながらも、私の
付き合ってくれている。
☆白石(M):……きっと彼も分かっているんです。
もう誰も聞いていないことを。
それでも、私たちは続けている。
☆白石(M):なぜでしょう?
たぶん、それが人間だからです。
希望のない状況でも、最後まで希望を捨てない。
それが
(interval)
☆白石:――さて、お時間が午前2時45分になりました。
夜も
今夜は……そうですね。少し私の話をさせてください。
この番組を始めて、もう5年になります。
最初の頃は緊張して、思うように話せませんでした。
でも、皆さんからお便りに支えられて、少しずつ
成長をさせていただきました。
☆白石:深夜という時間帯は特別です。
昼間は言えない本音が、夜になると自然に口をついて出る。
孤独感や不安、でも同時に希望や夢も。
そんな皆さんの心の声を、一緒に分かち合える場所で
ありたいと思ってきました。
☆白石:今思い出すのは、常連リスナーの皆さんのことです。
失恋したばかりの大学生のタカシくん。
夜勤明けでいつも聞いてくれていた看護師のミホさん。
受験勉強の
……みんな、私の声に耳を傾けてくれました。
時には、笑い、時には涙をして。
そんな皆さんと過ごした時間が、今の私の宝物です。
☆白石:皆さん、今どこにいるのでしょうか。
またどこかで、私の声が届くことを願っています。
☆白石:今夜、もしひとりでも私の声を聞いてくれる方がいたら
……どうか希望を捨てないでください。
どんなに絶望的に見えても、まだ終わりじゃありません。
私たちは、最後まで人間らしくいることが出来ます。
愛することも、信じることも、誰かを想うことも。
それは誰にも奪えない、私たちだけの宝物です。
☆白石:もう夜明けが近いんですね。
鳥たちが鳴き始めました。
彼らは変わらず、毎朝歌ってくれています。
きっと、希望の歌を。
☆白石:それでは、夜明け前の一曲を送ります。
涙がこぼれないように、上を向いて歩こう。
そんな気持ちを込めて。
☆白石:明日の夜も、私はここにいます。
どうか、安らかな朝をお迎えください。
FM 79.5、ミッドナイト・カフェ。
パーソナリティの白石 あかりでした。
――また明日、お会いしましょう。
【Ⅲ】
☆白石:2日目の夜です。
昨夜の放送の後、少し眠りました。
そして、夢を見ました。
いつものように、スタジオに
起きた時、それが夢だったと気付いて……少し泣きました。
――でも、今夜もまた始めます。誰かがいるかもしれない。
その可能性がゼロになるまで。
☆白石:こんばんは、深夜の皆さん。
FM 79.5、ミッドナイト・カフェの時間です。
今夜も白石あかりがお送りします。
お時間は、午前1時半。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
☆白石:今夜は……そうですね。
少し昔の話をしましょうか。
私がこの仕事を始めたきっかけのお話を。
☆白石:実は私、昔はとても人見知りだったんです。
人前で話すなんて、とんでもない。
でも、ラジオという不思議なメディアに出会って、
マイクの向こうにいる、顔の見えない誰かとなら
話せることに気付いたんです。
☆白石:声だけの関係って、不思議ですよね。
外見も、年齢も、社会的地位も関係ない。
ただ心と心で繋がることが出来る。
それが、ラジオの
☆白石:今夜、お送りする最初の一曲は……えっ?
電話が……電話が鳴ってる……?
☆白石(M):予想もしなかった事が起こる。
三週間も鳴らなかった電話が……
私の心臓が
これは夢?
でも、ベルの音は確実に鳴り続けている。
☆白石:で、電話が鳴っています……ま、まさか……
――もしもし……FM 79.5、ミッドナイト・カフェです。
▽青木:あ、あの……誰か、いらっしゃいますか?
☆白石:…………!
▽青木:やっぱり、いないのでしょ――
☆白石:は、はい! います!
私、白石あかりです!
あなたは……
▽青木:良かった……本当に、人がいるんですね。
私、青木 さくらと言います。16歳です。
☆白石(M):この声は夢じゃない。
本当に、生きている人の声。
温かくて、若くて、希望に満ちた声。
☆白石:さくらちゃん……ありがとう、電話をくれて。
本当に、ありがとう……
△岡田:――白石!
電話の音が聞こえてきたが……まさか……
☆白石:岡田さん! リスナーよ!
生きている人がいる!
△岡田:本当なのか……
☆白石:さくらちゃん、聞こえていますか?
▽青木:はい……あの、あかりさん以外にも人がいるんですか?
☆白石:はい! スタッフの技術の岡田さんがいます。
私たち3人です。
さくらちゃん、あなたはどちらに?
▽青木:とある山中の家にいます。
両親は……もういません。
でも、私はまだ大丈夫です。
ラジオを聞いていて、あかりさんの声が聞こえていて……
△岡田:青木さん、突然失礼します。
俺は、岡田慎太郎と言います、よろしく。
▽青木:岡田さん……よろしくお願いします!
☆白石:さくらちゃん……私たち、もうひとりじゃないのね。
▽青木:はい……とても寂しくてつらかったです。
でも、あかりさんの声を聞いていると、
まだ世界に温かいものが残っているような気がして。
△岡田:――青木さん、そちらの
電力とか、食料とか。
▽青木:電気はソーラーパネルがあるので大丈夫です。
食料も、父が
☆白石:お父様とお母様は……
▽青木:2週間前に……最初にお母さんが、笑わなくなって……
それからお父さんも……最後は……
☆白石:ありがとう、教えてくれて。
辛かったでしょう、ひとりで……
▽青木:でも、お父さんが最後に言ってくれたんです。
――「さくら、お前だけでも生きてくれ」って。
まだ感情があるうちに。
△岡田:…………立派なお父さんだ。
▽青木:はい。だから、私、頑張って生きています。
そして、あかりさんの放送を聞いて……まだ希望があるんだって思えて。
☆白石:さくらちゃん……あなたがいてくれて、私、本当に嬉しい!
▽青木:私こそ……あかりさんたちがいてくれて……
本当に、もうひとりじゃないんですね。
△岡田:あぁ、君はもうひとりじゃない。
▽青木:よかった……
☆白石:――さくらちゃん、もしよろしければ、
今夜はそのまま番組に参加してもらえませんか?
久しぶりのゲストです。
▽青木:本当ですか? でも、私なんて……
☆白石:何を言っているの。
あなたは今、この世界で最も大切なゲストよ。
△岡田:そうだ。
君の声を聞いているだけで、俺たちの心も温かくなる。
▽青木:(※照れた感じで)ありがとうございます。
☆白石:――皆さん、今、大変嬉しいことが起こりました。
久しぶりのゲストを迎えることが出来たのです!
これは、パーソナリティとしての、そして
一人の人間としての喜び。
きっと、私の心に
――それじゃあ、改めて!
特別ゲストをご紹介させていただきます!
青木 さくらちゃん、16歳の高校生です!
▽青木:は、はじめまして……青木 さくらです。
よろしくお願いします。
☆白石:さくらちゃんは、現在、遠くにいますので電話での参加となります。
それでは、早速……さくらちゃんに質問です。
普段はどんなことをして過ごしているの?
▽青木:山の中なので……本を読んだり、お父さんが残してくれた
無線機をいじったり……それで、あかりさんの放送が聞こえたんです。
△岡田:無線機? 詳しく教えてくれないか?
▽青木:お父さんがアマチュア無線をやっていて……
でも今は、誰からも信号が来ません。
あかりさんの放送だけが……
☆白石:そう……あなたのお父様のおかげで、私たちは出会えたのね。
▽青木:そうですね……きっと、お父さんが導いてくれたんだと思います。
☆白石:さくらちゃん、怖くない? ひとりで。
▽青木:……怖いです。でも、それはさっきまでの話です。
あかりさんの声を聞いていると、勇気が出ます。
毎晩、「明日も頑張ろう」って思えるんです。
☆白石(M):この子は、私が思っているよりもずっと強い。
でも同時に、まだ16歳の少女だ。
私たち、大人が、この子を必ず守らないと……!
☆白石:――ありがとう……そう言ってもらえると、私も頑張れます。
△岡田:青木さん、確か16歳と言っていたよね?
高校2年生?
▽青木:はい、あともう少しで3年生になるので、
早めの受験勉強をしていたんですけど……もう学校は……
☆白石:でも、あなたには時間がある。
この状況が落ち着いたら、きっとまた勉強できる日が来る。
▽青木:本当に……そう思いますか?
☆白石:ええ、私は信じています。
私たちが生きている限り、未来はある。希望はある。
△岡田:そうだ。
君のような若い人がいる限り、人類の未来はある。
△岡田(M):――この子には未来がある。
だからこそ俺たちは、この子を守らなければならない。
▽青木:私……頑張ります!
あかりさんたちのように、最後まで諦めません。
☆白石:その言葉を聞けて、私たちはとても嬉しいよ。
――さて、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
お時間は午前2時半です。
▽青木:時間が経つのって、こんなに早かったんですね。
ひとりでいると、とても長く感じていたのに。
△岡田:それは、楽しい時間だからだよ。
☆白石:さくらちゃん、今度はいつお電話をいただけますか?
▽青木:毎晩、お電話してもいいですか?
迷惑じゃなければ……
☆白石:迷惑だなんて! むしろお願いします。
あなたの声が、私たちの希望なんです。
△岡田:俺たちも、君の声を待っている。
▽青木:ありがとうございます!
明日も、必ずお電話します。
☆白石:約束ね。
▽青木:はい、約束です!
☆白石:――それでは、今夜最後の一曲をお送りします。
▽青木:――あの……『翼をください』をお願いできますか?
この状況でも、空を飛ぶように自由でいたいって思うんです。
☆白石:素敵なリクエストだね。
では、赤い鳥の『翼をください』をお送りします。
さくらちゃん、そして夜空のどこかで聞いてくださっている皆さんへ。
▽青木:あかりさん、岡田さん……今夜は本当にありがとうございました。
△岡田:こちらこそ、ありがとう。
君がいてくれて、本当に良かった。
☆白石:明日の夜も、待っています。
▽青木:はい! 必ず!!
☆白石(M):奇跡が起きた、本当の奇跡。
まだ、人間がいる。まだ、希望がある。
岡田さんも、私も、そしてさくらちゃんも……
私たちは一人じゃない。
△岡田:白石、本当に……本当に良かったな……!
☆白石:もう、岡田さん!
放送が終わる前に泣かないでくださいよ~
△岡田:悪い……でも、嬉しかったんだ……
久しぶりに感じたんだ、こんな温かくなる気持ちを。
あの子の声が、俺の心に火を灯した感じがするんだ。
☆白石:そうですね……私も同じ気持ちです。
――FM 79.5、ミッドナイト・カフェ。
今夜は特別な夜でした。新しい仲間と出会えた夜。希望を取り戻した夜。
明日も、私たちはここにいます。
そして、さくらちゃんも、山の向こうで私たちを待ってくれています。
☆白石:まだ終わりじゃない。
まだ、始まったばかりかもしれません。
どうか、安らかな夜をお過ごしください。
FM 79.5、ミッドナイト・カフェ。
パーソナリティの白石 あかりでした。
――また明日、お会いしましょう。
【Ⅳ】
☆白石(M):3日目の夜。
さくらちゃんとの出会いから、毎晩が楽しみになりました。
午前1時半になると、心が
今夜はどんなお話をしてくるのかな。
どんな笑顔で電話をかけてくれるのかな。
……こんな気持ちになったのは、いつぶりでしょう。
〝希望〟って、こういうものなんですね。
☆白石:――こんばんは、深夜の皆さん!
FM 79.5、ミッドナイト・カフェの時間です。
今夜も白石 あかりがお送りします。
お時間は午前1時半。
今夜も、特別なゲストをお迎えする予定です。
山の向こうから、元気な声を届けてくれる、青木 さくらちゃんです!
☆白石:――あっ、もうお電話を頂いているようですね。
さくらちゃん、こんばんは!
▽青木:(※いつもより少し元気がない)こんばんは、あかりさん……
☆白石:さくらちゃん? 今夜は少し元気がないみたいですが、大丈夫?
▽青木:……ええ……大丈夫です。
少し疲れているだけかもしれません。
△岡田:白石、さくらちゃんの様子はどうだ?
☆白石:…………。
△岡田:白石?
☆白石:岡田さん……さくらちゃん、少し元気がないみたいで……
△岡田:えっ……さくらちゃん、岡田だ。
大丈夫かい? 調子はどうだ?
▽青木:岡田さん、こんばんは。
ちょっと……最近、変なんです。
☆白石:変って、どんな風に?
▽青木:昨日まで楽しかったことが……あまり楽しく感じなくて……
お父さんの本を読んでいても、集中できないんです。
△岡田(M):まさか……!
い、いや……考えすぎかもしれない。
でも、この
△岡田:――さくらちゃん、他に変わったことはないか?
▽青木:……あんまり眠れません。
でも、眠くないんです。
それから……
☆白石:……それから?
▽青木:それから……お母さんのことを思い出しても、前ほど悲しくないんです。
それが、おかしいってわかるのに……
☆白石(M):まさか……でも、さくらちゃんがいるのは山の中。
『感情ウィルス』がそんなところまで……
待って、無線機……いや、考えすぎだ。
さくらちゃんは大丈夫……きっと大丈夫なはず……
☆白石:き、きっと疲れているだけだよ!
最近、ひとりで頑張りすぎているんじゃないかな?
▽青木:そうかもしれません……でも、なんだか変で……
△岡田:さくらちゃん、そっちの周りで何か変わったことはないか?
電波の状況とか、動物の様子とか。
△岡田(M):――俺の家族が見せた症状と同じだ。
でも、まだ軽症の段階だ。
もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
いや……何が間に合うというんだ。
治療法はないって学者たちが言ってたじゃないか……
▽青木:そういえば……最近、鳥があまり鳴かなくなりました。
それから、無線機に雑音が多くて……
△岡田:白石……さくらちゃんは――
☆白石:さくらちゃん、今夜はゆっくりお話ししましょう?
好きな音楽のことでも、読んでいる本のことでも。
▽青木:ありがとう……ございます。
あの、最近……父の日記を見つけたんです。
☆白石:お父様の日記?
▽青木:はい……私が生まれた時のことが書いてありました。
「この子に、美しい世界を見せてあげたい」って。
☆白石:
▽青木:でも……何故か、その日記を読んでも……
前ほど温かい気持ちになれないんです。
頭では「
△岡田(M):――想像以上に、症状が進行している。
感情の鈍化が起きている……俺は……
俺は、この子にも同じ運命が待っているのを
見なければいけないのか……!
△岡田:白石……彼女はもう……
☆白石:岡田さん!!
△岡田:さくらちゃん、すまない。
少し席を外させてくれ。
▽青木:……あの、岡田さん、怒っていましたか?
☆白石:ううん! そんなことないよ!
……そう、ちょっと機材の調子を見に行っただけだから。
▽青木:そう、ですか……
☆白石:何でもないから、気にしなくて大丈夫だからね。
☆白石(M):――嘘。
岡田さんは気付いてしまった。
さくらちゃんの身に何が起こっているのか。
でも、私は認めたくない。
認めるわけにはいかない。
▽青木:あかりさん……私、変になっているんでしょうか?
☆白石:変じゃないよ!
ただ、ちょっと疲れているだけ。
山の中でひとりでいるんだもの、当然よ。
▽青木:でも……最近、笑うことが出来ないんです。
面白いと思っても、笑顔が作れない。
☆白石:さくらちゃん……
▽青木:これって……おかしいですよね?
(interval)
※ここから先は、青木のセリフは感情が平坦もしくは機械的な感じで。
☆白石(M):4日目。
今夜のさくらちゃんの声は、昨日よりも……考えたくない。
でも、向き合わなければ。
最後まで、さくらちゃんと一緒にいなければ。
☆白石:――さくらちゃん、こんばんは!
▽青木:こんばんは、 白石 あかりさん。
☆白石:っつ!
……今夜の調子はどうかな?
▽青木:普通です。
特に変わりはありません。
△岡田:白石……
☆白石:岡田さん……
△岡田:俺に話させてくれ。
――さくらちゃん、岡田です。
今夜も話を聞かせてくれないか?
▽青木:岡田 慎太郎さんですね。
はい、話します。
私は、何を話したらいいのでしょうか?
△岡田(M):あぁ……くそ……この子は、もう感情の
質問されれば答えるが、自発的な感情表現がない。
――俺の娘も、最後の数日はこんな風だった。
☆白石:そ、そうだね!
今日一日どんなことをしたか、聞かせてくれる?
▽青木:承知しました。
朝起きて、食事をして、本を読みました。
その後に昼食をとり、また本を読みました。
夕食後、無線機を確認して、今、お話をしています。
☆白石:……どんな本を読んだの?
▽青木:亡くなった父親の蔵書です。
小説でした。
☆白石:おもしろかった?
▽青木:……わかりません。
文字を追っていましたが、面白いかどうかわからなくなりました。
☆白石:(※涙声で)さくらちゃん……
▽青木:あかりさん、私、変ですか?
☆白石:(※必死に)変じゃないよ!
ただ、疲れているのよ。きっと良くなるから!
▽青木:「良くなる」、という意味はどういうことなのでしょうか?
☆白石:えっ……
▽青木:言葉の意味がわからないのです。
なにも……
△岡田:さくらちゃん……君は今でも、俺たちの声が聞こえているのか?
▽青木:はい、無線機を通して、お二人の声が聞こえてきます。
△岡田:くっ……俺たちと話すのは、どんな気持ちだ?
▽青木:「気持ち」……という言葉の意味が、よくわからなくなってきています。
☆白石:(※泣きながら)さくらちゃん……私たちのこと、覚えてる?
▽青木:記憶はあります。
白石 あかりさんと、岡田 慎太郎さん。
ラジオのヒトたち。
☆白石:私たちの事は……好き?
▽青木:「好き」……とはなんでしょうか?
ですが、話すべき相手だという認識はあります。
△岡田(M):正直、これ以上の会話はつらい。
今すぐでも彼女との無線を切りたい。
……だが、ここで逃げる訳にはいかない。
俺たちがこの子の最後の
最後まで付き合わなければ。
☆白石:岡田さん……
△岡田:白石、彼女はもう――
☆白石:まだよ! まだ諦めない!!
△岡田:現実を受け入れろ!!
☆白石:受け入れるものですか!
さくらちゃんはまだここにいる!
私たちと話している!
……生きているじゃない!!
△岡田:くっ……!
▽青木:あかりさん、泣いているんですか?
☆白石:えぇ……泣いているわ。
▽青木:何故ですか?
☆白石:あなたが……あなたが心配だから……
▽青木:「心配」……そういう感情があることは覚えています。
ただ、今の私にはそれがどういったものなのか、わかりません。
だから……あなたの感情を共有できないのです。
△岡田:さくらちゃん……無理をしなくていいんだ。
▽青木:無理は……していません。
ただ、感じることが出来ないのです。
☆白石(M):これが〝絶望〟というものなのでしょうか?
〝希望〟を見つけたと思ったら、それがゆっくりと、
確実に奪われていく。
……でも、まだ諦めたくない。
最後の瞬間まで、さくらちゃんと一緒にいる。
☆白石:――さくらちゃん、明日も電話してくれる?
▽青木:はい、それが「約束」というのを覚えています。
☆白石:約束……覚えていてくれるのね。
▽青木:記憶は残っています。
ただ、約束を守ることの意味が――
☆白石:いいの、記憶があるだけで十分だから。
△岡田:……さくらちゃん、今夜はゆっくり休んでくれ。
▽青木:はい。では、失礼します。
(interval)
△岡田:白石……
☆白石:(※泣きながら)わかってます……わかってます……でも……
△岡田:やっぱり……わかっていても、つらいな……
☆白石:えぇ……とてもつらい。
でも、さくらちゃんはもっとつらいはず。
感じることが出来ないということが、どれほどつらい事か。
△岡田(M):今の彼女が抱く痛みは、俺の家族を失った痛みと同じだろう。
でも今回は、
これは、一種の
△岡田:……でも、俺たちは最後まで付き合う。
それが、俺たちが出来る唯一の事だ。
☆白石:はい……最後まで……
☆白石(M):〝希望〟から〝絶望〟へ。
でも、絶望の中でも人間らしさを保つことは出来る。
さくらちゃんが教えてくれた。
記憶は残る。約束は守られる。
それだけでも、人間の美しさなのかもしれません。
☆白石:――リスナーの皆さん……今夜は、少し悲しい夜です。
でも、それでも私たちは続けます。
最後まで……人間であるために。
☆白石:明日の夜も、私たちはここにいます。
そして、大切な友達も、山の向こうから声を届けてくれます。
……どうか、安らかな夜を。
FM 79.5、ミッドナイト・カフェ。
パーソナリティの白石 あかりでした。
――また明日、お会いしましょう。
【Ⅴ】
☆白石(M):5日目の夜。
ここに来て、もう何日が経過したのだろう?
時間の感覚が曖昧になってきました。
さくらちゃんは昨夜、ほとんど何も感じないと言っていた。
でも、約束は覚えていた。
だから、今夜もきっと彼女からの電話が来るはず。
……これが、私たちにとって最後の約束になるかもしれない。
それでも、最後まで一緒にいます。
△岡田(M):……発電機の調子が悪い。燃料も残り僅かだ。
この建物も、俺たちも、すべてが終わりに近づいている。
でも不思議と、怖くはない。
やるべきことをやり
(interval)
△岡田:白石……発電機があと数時間で止まる。
☆白石:わかりました。
岡田さん……
△岡田:んっ? どうした?
☆白石:自分勝手なお願いであることは承知です。
――最後まで
△岡田:
もうここまで来てしまったんだ。
俺は、降りるつもりはないよ。
☆白石:……ありがとうございます。
△岡田:さあ、放送開始の時間だ。
☆白石:はい……こんばんは、深夜の皆さん。
FM 79.5、ミッドナイト・カフェの時間です。
今夜も白石 あかりがお送りします。
☆白石:――今夜は、特別な夜になりそうです。
私たちの大切な友達、青木 さくらちゃんからのお電話を待っています。
あっ! さっそくウワサをすれば……さくらちゃん、こんばんは!
▽青木:こんばんは。白石 あかりさん。
☆白石:……今夜の調子はどう?
▽青木:調子という概念が理解できません。
身体機能は正常です。
△岡田:さくらちゃん、俺だ。岡田だ。
▽青木:岡田 慎太郎さん。確認しました。
△岡田(M):――もう、人間らしい反応がない。
完全に感情の機能が停止してしまっている。
でも、まだ会話は出来ている。
まだ、存在している。
☆白石:(※震えた声で)さくらちゃん……私たちのころ、覚えている?
▽青木:記録はあります。
白石 あかり、ラジオパーソナリティ。
岡田 慎太郎、技術者。
過去四日間、定期的に通信を行った相手。
☆白石:(※泣きそうになりながら)記録……そう、記録ね。
△岡田:さくらちゃん……君は今、何を感じている?
▽青木:…………「感じる」、という言葉の意味が分からなくなりました。
動詞の一種であることでしか、わかりません。
☆白石:…………。
△岡田:…………。
▽青木:…………。
☆白石(M):これが最後。さくらちゃんとお話しできる最後の夜。
もう……あの温かなさくらちゃんはいない。
でも、まだここにいる。
それだけで――
☆白石:――青木 さくらさん、あなたはとても素敵な女の子でした。
優しくて、強くて、希望に満ちていた。
▽青木:過去形で話すのは、何故ですか?
☆白石:(※涙声で)あなたは今でも素敵よ。
今でも……私たちの大切な友達。
▽青木:〝友達〟という関係性の記録はあります。
☆白石;(※嗚咽しながら)ええ……友達よ、ずっと友達。
△岡田:さくらちゃん……いや、青木さん。
君のお父さんは、君を最後まで愛していた。
お父さんだけじゃない、お母さんもだ。
▽青木:記録によると、そのようです。
△岡田:……そして、俺たちも、君を……大切に思っている。
▽青木:…………「大切」、という感情の記憶は残っています。
理解は出来ませんが。
☆白石:さくらちゃん、最後に……ひとつだけ……
ひとつだけお願いがあります。
▽青木:なんでしょうか?
☆白石:「ありがとう」って言ってもらえませんか?
意味が分からなくても、ただの音として。
▽青木:――「ありがとう」(※少し人間っぽく)
☆白石:(※涙声で)ありがとう、さくらちゃん……本当に、ありがとう。
▽青木:他に必要なことはありますか?
△岡田:(※涙声で)いや……もう十分だ。
君は最後まで、約束を守ってくれた。
▽青木:「約束は守るもの」という記録があります。
☆白石:そうね……約束は守るもの。
あなたは最後まで、人間だった。
▽青木:……では、通信を終了します。
☆白石:待って! さくらちゃん!!
▽青木:はい。
☆白石:――あなたは、ひとりじゃなかった!
最後まで、私たちがいました! 覚えていて!
▽青木:(※ここは人間らしい響きで)……ありがとう、あかりさん。
☆白石(M):気のせいと言われるかもしれない。
一瞬、ほんの一瞬。
無機質で機械的な冷たい声じゃなくて。
血が通った、意志ある温かい声が聞こえた。
☆白石(M);これで、本当におしまい。
さくらちゃんとの、最後のお別れ。
でも、最後に「ありがとう」って言ってくれた。
あの響きは、まだ人間だった。
△岡田:(※静かに泣いている)
☆白石:岡田さん……
△岡田:(※涙声)辛い中……よく頑張ったな……
☆白石:最後まで、一緒にいられることが出来たから……
△岡田:そうだな……最後まで――
☆白石:あっ……電気が……
△岡田:中央の発電機が止まったか……
非常用のバッテリー電源に切り替わるだろう……
☆白石:つまり……
△岡田:あぁ、とうとう終わりだ。
――と言いたいところだが、非常用のバッテリーが残っている。
お前には、まだやるべきことがあるだろ?
放送はまだ続いている。
☆白石:――リスナーの皆さん……もし、まだ誰か聞いてくださっている
方がいらしたら……私たちは、今夜で最後の放送となります。
電力が尽きようとしています。
でも、お伝えしたいことがあります。
△岡田:リスナーの皆さん、突然ですいません。
白石さん……俺からも、話をさせてもらってもいいですか?
☆白石:えぇ、どうぞ。
△岡田:俺、岡田 慎太郎と言います。この放送局で技術者をしていました。
妻と娘を『感情ウィルス』で失いました。
でも、最後の五日間……白石 あかりさんと、青木 さくらさんと
過ごした時間は、俺にとって〝救い〟でした。
――人間は最後まで、愛することが出来る。
希望を持つことが出来る。それを教えてもらいました。
☆白石:……ありがとうございます。
私も、お二人がいてくれて……
△岡田:いや、こちらこそだ。
君と出会えて、良かった。
☆白石(M):……私にも、症状が出始めてきた。
昨日から、「嬉しい」という感覚が薄くなってきた。
岡田さんも……でも、最後まで人間らしくいたい。
☆白石:――最後にお伝えします。
人間は……美しい生き物でした。
愛し合い、支え合い、希望を分かち合う、美しい生き物でした。
『感情ウィルス』は、私たちから〝感情〟を奪いました。
でも、最後の瞬間まで、私たちは人間でした。
△岡田(M):白石の力強い声が聞こえてくる。
あぁ……俺の意識も
☆白石:もし……いつか誰かがこの記録を聞いてくださったら……
どうか覚えていてください。
ここに、人間がいたことを。
愛があったことを。
希望があったことを。
△岡田(M):不思議と平安な気分だ、恐怖はない。
やるべきことを、やり遂げた。
彼女と一緒に、最後まで戦えた。
☆白石:(※最後の力を振り絞って)
FM 79.5、ミッドナイト・カフェ。
白石 あかりと岡田 慎太郎が、最後までお送りしました。
さくらちゃん、ありがとう。
岡田さん、ありがとう。
そして、聞いてくださった皆さん、ありがとうございました!
☆白石(M):人間でいられて、良かった。
愛することができて、良かった。
最後まで希望を持てて、良かった。
☆白石:――それでは……おやすみなさい……私たちが愛した世界。
(END)
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