学校一人気な『聖女』と呼ばれる後輩は、ぼくにだけ向けてくる感情が違うんだが。
海澪(みお)
1話 まるで捨て猫のような後輩
6月も半ばになりかけた週末。
五十嵐
白髪となると心当たりがあるのはひとりしか思い当たらない。
(あそこにいるのって……
白石
肌も白く、生まれも育ちも日本のはずだが、可愛らしい容姿をしている。鼻筋はスッとしていて、小振りでありながらもぷっくりとした唇。垂れ目がちな形でありながらも目尻が少し吊り上がっていて、黙っていると西洋人形かと見紛うほどだ。
ぼくの通う高校は、こっちじゃあまりない中高一貫校。そして麗雫は中等部から成績がクラストップで、いつも敬語で腰が低い。
1年生だけに留まらず、ぼくたち2年生のクラスにまで麗雫の高い評判を耳にする。それにスタイルも良く、中でも男子の人気も高い……らしい。誰にでも優しく接しているのもあってか『聖女』だなんだと言われてるらしい。
確かに礼儀正しく、図書室に入り浸るようなぼくの話でも楽しそうに聞き相槌を打っていた。しかし、ぼくはそんな聖女だなんだと言われている麗雫がただ礼儀正しいだけの子ではないことも少なからず知っている。
そんな麗雫と出会ったのは今日よりは控えめな雨が降っていた1年前。ぼくが高校1年の時の市内の図書館だった。
取れそうにない本棚から、本を取ろうとしてるとこを取って渡したのが始まりだったと記憶している。
この時は、自分とは住む世界が違いそうな麗雫ともう会うこともないだろうと思っていた。
(けど、こうして関係が続くとは思わなかったが……)
いつも笑顔を絶やさない麗雫が今は見る影もなく、項垂れるようにしているため思わず立ち止まってしまった。
いくらなんでもこのまま素通りするのも
「どうしたの? 麗雫」
傘を傾けながら声をかけるとどこか光のない目でのそりと重たげに見上げてくる。
自慢にしていた白髪が雨でじっとりと濡れて、頬や首、額にべっとりと貼り付いて、左目が隠れていた。髪の隙間から覗かれる左目もまた右目と同様に光はない。
その姿はきっと麗雫は認めないのだろうが、濡れそぼった白猫のようだと感じた。
「……先、輩……?」
寒さかどうか分からないが、小刻みに震える唇から発せられた声は雨音に流されそうなほどに小さかった。
だが、呟くような囁くような声は助けを求めてるように感じた。
しかしすぐに取り繕うに顔を振って眉間を寄せながらも眉を下げて笑ってみせた。
「わたしは、……大丈夫、です」
突き放すような拒絶。ぼくを心配させないための虚言なことくらいは理解できた。
今になって気付いたが、薄メイクは落ちて、目の下が赤くなっていた。理由は分からないまでも人知れず泣いていたことはたしかだ。
何があったと聞きたくなった自分に嫌気がさす。そんな野次馬精神のぼくを黙らせるように、奥歯を強く噛み締めて目を閉じる。
十秒ほどして落ち着いただろうから、目を開けて行動に移す。
「傘、持って」
「……へ?」
「これくらいは羽織ってくれ。それとちゃんと着いてくること。良いね?」
「え……? あ、あの……」
傘を手渡して、左掛けのバッグと持っていたエコバッグを地面に置いてジップ付きパーカーを羽織らせる。
いくら湿度がそれなりに高く、気温も高めだからといって、こんな天気ではロンTだと少し寒い。けどそうも言ってられないだろう。
困惑し続ける麗雫の手首を握って立たせ、バッグとエコバッグを持ち直す。傘はどうしようかと思ったが、少し濡れたとしても問題ないだろう。
「シャンプーは……そっちは姉さんのだからこっちのボトル使って。湯船はもうそろそろ溜まるだろうから。着替えは持ってくるよ。洗濯ネットも勝手に使って良い」
あのあと、少し強引に麗雫を姉さんと住んでいるマンションに連れ帰ってお風呂に入れさせようとしているところだった。
「あ、あの……わたしは別に大じょ」
「ばないから連れてきたんだよ」
どうやら麗雫は自分の状態に気づいていないらしい。……いや、出来ないくらいのことがあったんだろう。現に今の顔はとても酷く青白い。たしか麗雫は生まれつき色素が薄くて肌が白いと言っていた。
その肌白さとは全く違うものだ。見ていられないんだぼくが。目を離したらいなくなりそうで。
「そんな顔してると不安になるのは当たり前だろ? だからほら、早く入ってこい。ぼくのためだと思って」
「は、はい。で、ではお言葉に甘えて……」
麗雫を残して部屋に向かう。姉さんの服でも良いだろうけど……さすがに許可取ってないから勝手に使うのもなと思い、自分の服を引っ張り出す。
一着はオーバーサイズの黒パーカー。麗雫からしたら大きすぎるだろうけど無難なものがこれくらいしか取り出せるものがない。他はもうしっかりと仕舞ってしまったからだ。
もう一着は裏起毛じゃないスウェット。中の紐で一応は調整出来るからこれで良いだろう。
ここまで用意してふと、新たな考えが出てきた。
「……あっそうだ。下着ってどうするんだ……?」
女性用の下着だなんて考えたことないし、どうすれば良いのか分からず、思考が止まる。
いや。そういえば近くにドラッグストアあったな。買ってくるしかない……よな?
(でもサイズ分からないんだが?)
買うべきか買わないべきか数分ほど悩みまくった結果、サイズも分からないなら多少奮発してでも売ってあるもの全サイズ買ってくればいいという結論に至り、急いで買いに向かった。
「先輩、お風呂ありがとうございました」
「湯加減は大丈夫だったか?」
「はい。全然良かったです。ですがその……」
お風呂に入れさせて1時間ほど経ったあと、まだ髪を少ししっとりとしたままの麗雫が顔を見せてきた。
なんだか言いにくそうだが、おそらく着替えの下着のことだろう。
「あー……アレはまぁ、うん。……どれがちょうど良いのか分からなかったから、から焼くよりはと思って」
「あんなに用意していただけると思ってませんでした。いくら掛かりました?」
「いいよ別に。ぼくが勝手にやったことだし。それより」
麗雫はぼくよりも真面目なところがあるから下着分の支払いをしようと提案するが断って、彼女のプラチナブロンドの髪に目を向ける。
「髪、乾かしてきなよ。洗面台はそっちの扉にあって、タオルドライ後のヘアミルクとヘアオイルどっちもあるから好きなの使って良いよ。それともアレか? ぼくがやってあげた方良い?」
「い、いえっ! そこまでしていただけるのはさすがに……! か、乾かしてきます」
やっぱり異性にしてもらうのは恥ずかしいだろう。湯上がりで紅潮していた頬がさらに赤くなって小走りで向かっていくのを見送る。
さっきよりもだいぶマシな顔つきになって良かった。
「……さて、と」
早いとこ夕飯作っておかないと姉さんがカップ麺とかで済ませてしまう。ぼくがこうして過ごしているのも
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思わぬ出会いをした。
黒塗りの大きな傘から覗く、街灯に照らされた小さめのリングピアス。墨黒の髪の合間から見える濃紺色のどこかぼぅっとしてるような目。
見つめていると吸い込まれそうになるから、先輩からの「どうしたの?」という声に正直に答えそうになった。
けどわたしはただ独りでいたかった。家に帰ろうと歩いていたら、いつの間にか家からほど近いあの公園にいた。そこでまさか先輩と会うなんて思わなかった。
(……それにお家にまでお邪魔してしまうなんて)
お風呂に入っている時に気付いた。自分の酷いやつれた顔に。目は生気を感じないレベルで酷かった。
それに、湯船に浸かってるときに何度も湯船に顔を入れたままいたらどうなるだろうなんて思ってもいた。試そうと思ったら体が止まったけど。
いつもなら笑顔で接していたのに、とんでもない失態だ。穴があったら入りたいとはこのことかもしれない。
でも先輩は事情を聞かずにいてくれたのがありがたい。きっと今……話したら酷い顔どころじゃなくなりそうだったし、先輩を困らせてしまうかもしれないから。
(…………取り繕えるかな。いつものわたしになれると良いな)
なによりも、ここまでしてくれた先輩に嫌われないように。
うん……?
(嫌われないようにってどうしてそんなことを思うんだろう……?)
いまひとつ要領を得ないまま、ぼぅーっと大きな鏡を前に髪を乾かした。
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