第5話 実戦

「……何か、物々しいな。」


 目の前に聳え立つ城塞は、某国の議事堂を彷彿とさせるほど巨大で、灰色の外壁は長い年月を耐え抜いた風格を放っていた。風が吹くたび、古びた石の匂いと重苦しい気配が鼻を刺す。


「――マスター。索敵反応、前方に九。うち五は接近中ですわ。」


 カグヤが目を細め、耳飾り型の索敵デバイスにそっと触れる。

 彼女の瞳が淡く輝いた瞬間、周囲の空気まで張り詰めるのが分かった。


(……数がいるとは思ってたが、城門前でこれかよ)


 無邪気な口調のくせに、その索敵能力は精密そのもの。

 そのギャップに、俺の背筋には無意識に冷たいものが走った。


「そんじゃまあ――お手並み拝見といきますか。カグヤ、天目アメノマ。準備してくれ。」


「かしこまりました!」

「……承知。」


 二人の身体に光の粒子が収束し、装備が転写される。


 カグヤの手には黒檀の小太刀と紋様の鉄扇。

 天目の背には身の丈の大太刀、腕には鍛造鉤爪の小手が装着されていた。


 跳ね橋を渡り、砦の広場へ踏み込んだ瞬間――


 ――カタカタカタ……


 乾いた骨がぶつかる不快な音。

 ボロボロに朽ちた革鎧を纏う骸骨兵がゆらりと姿を現し、その背後では、腐臭を撒く食屍鬼グールが同調するように唸り声を上げた。年月で装甲が腐ったわけではない。中身が腐った結果、革だけが風化に耐えきれず破れ落ちているのだ。


「……出迎えがずいぶん手厚いじゃねぇか。」


 俺は息を吐き、視線を二人に送る。

 カグヤの鉄扇がカシャンと開き、天目は無言のまま大太刀を肩に担ぐ。


 冷たい風が吹き抜け、砂埃が踊る。

カグヤの鉄扇が音を立て、天目アメノマは無言で一歩前へ踏み出した。


「標的数、九。――マスター、殲滅開始しますわ。」


 次の瞬間、カグヤの姿が “消えた”。


 風が裂ける音だけが残り、骸骨兵の一体が、何が起きたか理解するより早く――


 スッ。


 骨の首が、静かに床へ落ちる。


いち。」


 カグヤがいつの間にか骸骨の背後へ移動し、扇と小太刀を構えて微笑む。そのまま闇へと溶け、閃光の軌跡だけが次々と走る。


 カシャン――チャキン――ヒュッ。


 骸骨の頭蓋だけを正確に切り裂き、グールの視覚を封じ、舞うように。

 戦場とは思えない華やかさすらあった。


「二、三、四――はい終わりですわ。」


 骸骨兵の体がずれ落ちる音が連鎖し、砂塵の中に沈んでいく。


 一方その正面――


 ズドォォン!


 轟音。

 天目の大太刀が地面ごと叩き割り、グール三体をまとめて両断した。跳ね飛ぶ肉片すら、気迫が圧で吹き飛ばす。


「……邪魔だ。」


 低く、短く、ただそれだけを言う。

 次の瞬間にはグールの片腕を踏み砕き、抵抗すら許さず叩き潰していた。スピードはカグヤほどではない。


だが、あまりに完成されていた。


「さすが……」


 言葉が漏れた。

 まだ序盤の雑魚のはずなのに、俺のAI’sは――いや、“俺の仲間”は、既に規格外だった。


 最後の一体が膝を折る。


「トドメは――頼んだ、天目アマノメ。」


 天目は無言で頷き、大太刀を振り抜いた。

 ズシャッ。

 血煙すら上がらず、雑音も残らない綺麗な一閃。


 静寂が戻る。


「殲滅完了ですわ、マスター♪」


「……ああ。上出来だ。二人とも。」


 砦の巨大な扉が、鈍い音を立てて開きはじめる。

 まるで「次へ進め」と告げるように。


 俺たちは視線を交わし、暗い城塞の内部へと足を踏み入れた。

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