第41話

 その知らせは突然だった。

 アメリアが学園を退学した。


「えええ、それは本当?なぜ?何があったの?」


 ビアトリスは、ルーファスに詰め寄った。


「一身上の都合だそうだ」

「一身上って⋯⋯。アメリア様は侯爵家の令嬢なのよ、それを今になって退学だなんて」


 アメリアはちょっとお騒がせなところはあったが、学業は優秀だった筈だ。あと数ヶ月で卒業する今になって、なぜ退学なんてことになったのだろう。


「ルーファス」

「なに?」

「なにを隠しているの」


 ルーファスはビアトリスに向き直ると、眼差しに冷ややかさを滲ませた。こんな顔はイーディアには決して見せない。


「ビアトリスが知ってどうするの?彼女の人生に関わって責任を負えるの?」

「ルーファス⋯⋯」


 ルーファスとは結局、それ以上の話はできなかった。双子であっても、分け入ることのできない領域だと思った。



 アメリアの退学は、学園でも相当の騒ぎとなっていた。


 彼女の周りでは、一番近いところではティムズとウォレスの婚約が破談となっている。どちらも高位貴族の令息で、婚約者も同格の家柄だったから、社交界でも噂になった。


 幸い、相手方である令嬢のエレンもビアトリスも、ともにその後は良縁に恵まれたから、終わりよければなんとやらである。


 だが、探せばもっと破談となった婚約はあったのだろう。なにせアメリアは「十年ぶりに現れた婚約クラッシャー」として名を馳せていたのだから。


 誰かが言ったのは、彼女が責任を負わされたのではないかということだった。

 卒業を目前にして、アメリア自身も行き場をなくして、どこかの修道院に送られてしまったのではないか。

 学園の噂は、最後はそこに帰結した。



「そんなことって、あるのかしら」


 アメリアは、確かに不可解な行動が多かった。だが、それを言うならアメリアばかりではない。彼女といつも一緒にいたのはロゼリアでありエリックだ。

 他には宰相の令息も、弟のルーファスもいた。


「みんな纏めて、どこか可怪しかったのよ。あの集団」


 ルーファスに聞いても言い負かされただけだった。それに、あんな顔をビアトリスに向けるだなんて。


「そんなに気になる?」


 謎解きに頭を悩ませるビアトリスほどは、ハロルドは興味がないようだった。


「君は迷惑を被った側だろう?悩みの種がなくなったと安堵しても誰もなにも言わないよ」

「そうではないわ、ハロルド様。確かに困ったお方ではあったけれど、アメリア様は、ご自分では誰も傷付けていないのよ」


 アメリアは突拍子なくビアトリスに絡むことはあっても、それは決して不愉快なものでも高圧的なものでもなかった。寧ろ⋯⋯


「なんだか憎めないお方だったの。だから、気になるというより⋯⋯」

「心配なんだ」


 そうなのだ。ビアトリスはアメリアがどうなってしまったのか心配だった。どこかで元気にしているのならそれでよい。

 ただ、どこで元気にしているのか、本当に元気なのか、そこを心配しているのだった。


 エリックの編隊は、アメリアが抜けたことで編成を変えていた。


 エリックの隣には変わらず婚約者のロゼリアがおり、後ろにはルーファスと宰相令息のブライアンがいる。

 変わったとは、ブライアンの隣に彼の婚約者であるシャルロッテが並んでいることだろう。


 シャルロッテとは、ビアトリスもアメリア絡みで話したことがある。彼女もまた、ブライアンがアメリアに心を移してしまったと悩んでいたのである。


 だが、実際はそうではなかったらしい。

 ルーファスがエリックに仕えるように、ブライアンもまた、飽くまでもエリックの側近候補として側にいたようで、そこにアメリアへの恋愛感情はなかったらしい。


 だったら紛らわしい行動などしないで、初めからシャルロッテを安心させてやればよいものを。


 シャルロッテが悩んでいたことを知っているビアトリスは、アメリアではなくエリック集団こそが騒ぎの大もとなのだと思うようになっていた。

 残念ながら、そこにはルーファスも含まれる。


 アメリアのそれからの行方は、不思議なほどにどこからも誰からも漏れ聞こえることはなかった。

 まるで彼女は誰かに守られていると、ビアトリスにはそんなふうに思えて、それならいっそそのほうが安心だと思った。


「ビアトリス。あんまり見つめていると、不敬に問われるよ」

「まさか、そんな横暴。ここは学園よ?ちょっと見たくらいでそんなケチを言うなんて王族の風上にも置けないわね」


 エリック集団をガン見していたビアトリスをハロルドは止めたのだが、ビアトリスはそこで、正真正銘不敬発言をまくし立てた。


 ビアトリスはエリックにもロゼリアにも、弟のルーファスにも、仄かな怒りを抱き始めていた。

 あれだけ一緒にいながら、どうしてなにもない顔をしていられるのか。

 彼らに侍っていたウォレスも、ティムズでさえ憐れに思えるほどだった。


 ビアトリスは、あんまりガン見をし過ぎたのだろう。


「ビアトリス、いい加減にしろよ」


 その日、邸に帰ってからルーファスに注意された。


「別に減らないでしょう」

「あれだけ見たら、ちょっとは減るんじゃないかな。それより殿下が困っている」

「は?なにを?」

「お前の顔が可笑しいんじゃないか?」

「はあ?なんですって」


 ルーファスと軽口を言ううちに、なんとなく気軽に尋ねられそうに思えた。


「お元気なのよね」


 ルーファスは、それがアメリアのことだとわかっただろう。「うん」とだけ答えた。


 そうか。アメリアは元気なのか。きっと今頃、この広い世界のどこかで元気にしているのだ。


 そう思いながら、ブルネットの髪を揺らして大きな瞳でこちらを見る、アメリアの姿を思い浮かべた。







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