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「──というわけで、我が家は様々な監視機材による監視体制が整ってしまいました。……これってプライバシーの侵害で訴訟ができると思いますけど?」
「訴えてみようぜ、賠償金がっぽりは確実だからな」
「ははは、おやめください」
ロニアの冗談半分の苦々しい説明を、イツキは快活に笑いとばしながら「申し訳ない」とも言葉を沿えた。
申し訳なさを微塵も感じないイツキの言葉にむっとした感情を抱きつつ、今この場で言葉を荒げることは控える。ここは相手の根城だ。
今日は互いにスーツ姿、つまり「仕事」としてイツキの仕事場──市ヶ谷の防衛省へと赴いている。ロニアの部屋から会議室に場所を変え、二対二で対面あって今後の問題へどう対処するか会議を行っている。
暴力団の意味不明な襲撃があった直後だ、対策は万全に期したい。ロニアとしても、再び男たちに土足で部屋に押し入られることだけは避けたかった。
ロニアの隣にはダーク・エルフ──ラクア。ロニアが在するクランの情報解析担当で、ロニアの古なじみおよび腐れ縁の怠惰女。ロニアは彼女を信頼こそすれ、信用はしていない。ともあれ、情報収集能力と戦闘能力は特筆すべきものがある。
褐色の肌を惜しみなく出した服装で会議室に乗り込み、眼鏡を気だるげに押し下げて書類を読んでいるその姿からは色香すら漂う。
防衛省側、イツキの隣には名刺の「4」の番号を渡してきた女性──ヨシミヤ。
彼女は日本人らしい美貌を薄い化粧で際立たせている。身長は低いが、体は引き締まっているように見てとれた。
彼女も防衛省の情報技官だ、知的で柔和な笑顔に薄氷の冷たさをロニアは感じる。
「それでラクアさまは、クランの情報解析官だとか。私も同じ情報解析の担当なので、興味があるのですが」
「おう、あんがとよ。あんたもそうなんだろ?随分頑張ってんだな」
ヨシミヤの言葉に、ラクアがヘラヘラと笑って彼女の言葉に応じる。
ラクアの返事に多少の侮蔑が混ざっていることをロニアは聞き逃さなかった。が、イツキへの意趣返しとしてわざと黙ったまま。
「ちなみにだが、私のそれは人間には真似できないよ」
「そうですか。私にもご教授願いたいのですが、エルフ特有の方策なのですか?」
ロニアの思惑を知ってか知らずか、すでに二人は表面上ながら意気投合しているようで。ヨシミヤが持ち上げてラクアがいい気になる構図が出来ていき、いい気になったルクアは顔を書類からヨシミヤに戻し、得意げに指をくるくると渡した。
「私のそれはいわゆる魔術による補強を受けているんでね。かなり参考にならないと思うが」
「それでもお聞きしたい。ラクアさまの情報解析官としての能力を」
「ふむ。──私の魔術はね、暗記だよ」
「暗記」
面白い展開になってきた。情報を司る存在として当然、警戒心が強いラクア。そんな彼女が初対面の人間に己の魔術を話している。こんな光景めったに見れない。
ロニアが愉悦の視線を向けたのがラクアにもわかったのか、少し表情をゆがめてロニアを睨んだ。交流に水を差されたのが癪なのか、語尾が多少きつい。
「んだよ、ニマニマしやがって」
「いや、なんでも。続けて?」
話の腰を折ってヨシミヤが欲しい情報が手に入らないのは問題だろう。ロニアとイツキの関係は脇に置いて、初対面同士で互いの情報はある程度出しておきたい。
それはラクアも理解しているようで。ロニアへの不平を顔色に出しつつ、ラクアはヨシミヤに再度視線を向けた。
「あたしの脳には魔術の刻印が焼き付けられていてね。いやでも一度見聞きしたものは忘れられないようになっている。そういった情報を総合して、この横にいるにまつきアマに渡してやるのさ」
にまつきアマ──横で微笑むロニアのことだ。嫌味を言われても余裕を崩さないロニアに舌打つラクアだったが、彼女も横柄な笑顔でヨシミヤに誰何を投げかける。
「んで、アンタの実力は?この国の裏稼業では上の方の情報技官なんだろ?すげぇ努力してんだろなぁ?」
「ははは、ラクアさまには負けますよ。……そうですね、少しお見せするならば。ラクアさまは過去の因縁で魚介がお好きでないとか」
おや、正解だ。しかもロニアぐらいしかしらない情報である。
言い当てたヨシミヤの顔をロニアは思わず見た。彼女の柔和な笑顔に底知ぬ負けず嫌いがちらりと見えた気がする。──ヨシミヤの心音を魔術で聞いてみるが、いたって平穏。場数をよく踏んでいると見た。
「あたりだ……、何で知ってる?」
ロニアの驚きと同じぐらい、いやそれ以上にラクアは驚き硬直したまま動けない。一杯食わされた格好のラクアに、ヨシミヤは微笑んだまま小さく言葉を〆た。
「秘密です」
微笑みを深めるだけ、口を閉ざしたヨシミヤをラクアが睨む。だがこの場でハナを明かそうとしたラクアのほうが負けとみてまず間違いない。
どうやらヨシミヤは情報分析だけでなく、ヒューミントの能力も高い様子だ。
それこそ出不精のラクアとは違い、総合的な能力はヨシミヤの方が高そうな印象を持たざるを得ない。なるほど、情報隊第六班はロニアの見立て通り優秀そうだ。
「さて、手の内を互いに明かしたところで。今後のことについてお話したいのですが」
押し黙った二人の会話を引き継いでイツキが声を出す。話題が本筋に触れたことで、見物に意識を割いていたロニアも姿勢を正す。
「ロニア邸が襲われたのはこちらも予想外でした。情報が洩れているという事態はこちらとしても由々しき事態ですが、チェックしたところ、こちら側に不審な点はありません」
さもありなん、非は認めないが事実は認める行政しぐさだ。
そしてイツキが発した端緒の報告は「人間が感知できるところ」で異常がなかったというだけに過ぎない。
ロニアが咳払いをしてイツキを見つめる。こういった場面で負けを認めたら、今後の関係は五分ではいられなくなる。
「つまり、そちらに落ち度はない、と?」
ロニアが強く出たのを、イツキはかぶりを振ってなだめる。そして、彼が発した言葉にロニアは思わず体がこわばった。
「いえ、責任の水掛け論よりも次にいうことが重要でしょう。今回の襲撃事案を調査したところ、暴力団事務所からクランの名簿が見つかった。こういえば事の重大性はお判りいただけるでしょうか?」
声を失う。あり得ないといいたいところだが、とっさに展開した魔術でも、相手の言葉に嘘と思しき波長は感じられない。
「なぁイツキさんよ、嘘だったら今ここで頭ぶち抜かれてもおかしくないこと言ってるってことは自覚してるよな?」
隣で黙したまま聞いていたラクアも思わず声を荒げる。だが防衛省側は怒声に反応することもない。頃合いだろうと、黙っていたヨシミヤがビジネスバックから二枚の資料をロニアとラクアに手渡した。
そこには確かに、クランの名簿が写真として納められている。しかも後ろの背景は確かに「
「なんだぁ、これ……。あたしの部屋の番号と写真までありやがる」
嫌悪感と共にラクアがロニアにその資料を指さした。ロニアも当然、己の部屋の写真が添付されているその資料をみてますます言葉が出てこない。
「これはそちらの資料、ではないでしょうね?」
「いいえ。マル暴が取り調べ先で差し押さえたもので、警察庁公安課がこちらに」
ロニアが資料の裏を返す。そこには確かに「警視庁警備部」の印鑑。つまり警視庁から防衛省が「拝借」したもの。
結論、どう考えてもエルフ側の情報漏洩とみて間違いない。
言葉が出ないロニアと、暴言すら出てこなくなったラクア。二人が言葉に詰まっている間もイツキは言葉を重ねて、ことの重要性を確認していく。
「これらの資料や現場での差し押さえ物品から、この暴力団組織は異世界生物の違法搬入を行っていた可能性が高い。さらに言うと、それにクランのメンバーがかかわっているとみて間違いない」
「事ここに極まれり、ですわね。クランがかかわっていることは間違いない様子」
エルフのクランは数百はある。当然疎遠なクランもあれば親密なクラン、敵対的なクランも存在する。そのどれが「裏切りもの」なのか?ロニアには想像もつかなかった。
だが一つ言えるのは。今ロニアとラクアが在籍しているクランが標的ということ。すぐにクランに危機を伝えた方がよさそうだとロニアは記憶しておく。
ロニアたちが納得したのを見計らって、イツキが議論を膨らませ始める。その矛先はやはり、ロニアへと向いていた。
「それで、ロニアさんが襲撃のさいに『再生するヤクザ』に関して何か思うことがおありだった様子。クランの中でそのような薬物を取り扱ったことがあるとか、ございませんか?」
遠回しの表現。ロニアが歯がゆく思いつつも、仕事相手が己の優位を保とうとする言葉に首肯するしかない。
情報の漏洩元が「ほかのクラン」でないかぎり、疑うべくは近しき身内。今はロニアたちの方が弱い立場だ──ともあれ、今は情報を渡すしかない。
「ええ。ここ最近、クランの殺害対象としてある薬物の取引業者を殺したことがあるんです」
「やはり、新型のドラックですか?」
ヨシミヤがメモを取りつつ言葉を挿むが、その声に応じたのはロニアではなく、ラクアだった。
苦々しく忌々しい言葉が、会議室に響く。
「トロールドラッグ。俺たちはそう呼んでいる」
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