3 『想いをぶちまける魔法薬』って何。

「ちょっとね、さっきの『ぎゃあー』にムカッとしちゃった」


 ごめんね、とシャーロットは苦笑した。

 魔法で構築した白銀の蔦を手指も動かさず操作して、アメリアとジュリアンをゆっくりと地面──芝生へ下ろし、白銀の蔦を一瞬で消し去る。


「俺の自業自得だったんすねー次から気をつけます」


 よっこいしょ、と軽い掛け声で立ち上がったジュリアンは。


「気をつけますんで、そんな睨まんでくださいよ、セオドア様」


 呆れた声で言い、呆れ顔をシャーロットの横、セオドアへと向けた。


「? 睨む?」


 今のやり取りに「睨む」要素があっただろうか。

 どうも、この『思っていることと違う言葉を喋ってしまう』状況を作り出したらしいことへの言い分ではないような。


 そんな思いで、シャーロットはセオドアを見上げたが。


「僕は、苦笑すらまともにシャルから向けられたことがない、とお前も分かっているはずだが?」


 腕を組んでいるセオドアが、本当にジュリアンを睨んでいる。

 のは、置いておいて。

 セオドアがまた妙なことを言ったので、シャーロットは慌てた。


「せ、セオ様。あの、今は、なるべく話したりしないほうが、……あれ?」


 本音でもないことを言わされるセオドアも、聞かされる自分もツラい、と言う前に。


 今、言いたいことをちゃんと言えたな?


 そんな疑問を抱いたシャーロットは、セオドアを見上げ、セオドアへ体を寄せたまま動きを止めてしまう。


「先ほどから思っていたが」


 ジュリアンを睨むのをやめ、組んでいた腕も外し、


「どうやら」


 シャーロットの腰を片腕で引き寄せ、


「僕は『本当に言いたいことは言える』ようだ」


 引き寄せられたことより『セオドアが自分へ』という部分に動揺した彼女へ、穏やかに微笑んだセオドアがそんなことを言う。


「はい?!」


 セオドアの発言にも驚いたが、セオドアが自分へ微笑んだ驚きのほうが勝ったシャーロットが、声を上げると同時に、また顔を真っ赤に染め上げる。


 そんなシャーロットを見つめ、セオドアは微笑みを深めた。

 慈しむように。そして少しだけ、寂しそうに。


「シャルも僕と同じか、それは分からないが」


 言ったあと、アメリアとジュリアンへ厳しい顔を向ける。


 側近の制服や装備品や、一応といった様子で乱れている濃い茶色の短髪の状態を確認し、整えているジュリアンと。


 拘束が解かれた瞬間に、魔法でだろう、侍女としてのドレスやきっちり結い上げた黒髪などの身だしなみを直し、どうしてだか紅茶を淹れ直しているアメリアへと。


 厳しい顔のまま、低く、威圧を込めた声で。


「この状況を一刻も早く改善して説明してもらおうか、二人とも。何をした、僕のシャルに。毒など仕込まないと信頼していたが、シャルの命が危うい状況ならば」


 即座に首を刎ねる。


「セオ様?!?!」


 僕のシャルとか、毒だとか、そっちにも驚いたシャーロットだが。


「大丈夫ですかセオ様?!」


 アメリアやジュリアンに──それにジュリアンはセオドアと旧知の仲だという話なのに──物騒すぎる発言をしたことに、シャーロットは驚いて目を丸くし、


「正気を失ってたりしませんかセオ様?! 正気に戻れセオ様!!」


 彼の上着を掴んで揺さぶりながら叫ぶようにセオドアを呼ぶ。


「毒や体に害があるものなどは使っておりません。正気を失うものでもありませんので、ご安心を」


 紅茶を淹れつつ淡々と応えたアメリアが、補足するように。


「我らがシャーロット様が体に異常をきたしていないと、引き寄せた時点の魔力感知などで確認済みなのではありませんか? セオドア様」

「えっ?」


 間の抜けた声を出してしまったシャーロットの腰に回されていたセオドアの腕が、離れていく。


「……なら、いいが」


 少しだけ安心したような声で言い、それでも腑に落ちないといった表情のセオドアへ、今度はジュリアンが軽い調子で声を掛ける。


「ソフィア様が丹精込めて作った魔法薬なんで。大丈夫っすよ」


「叔母様が?」


 シャーロットは不思議そうに、


「ソフィア殿下が関わっているのか?」


 セオドアは訝るように、問いを投げる。


 シャーロットが「叔母様」と呼び、セオドアも当たり前のように「殿下」と口にした、ソフィア。

 彼女は国王の妹で、魔法薬学に精通している。


 彼女なら、口にしても気づかない魔法薬だって片手間に作り出せるだろう。


 けれど、それ以外が分からない。


 そんな表情の二人が、ジュリアンへ顔を向けた先で。


 きちんと整えるのを諦めた、もしくは面倒になったのか。

 少しぼさついた髪のまま、ジュリアンはまた、軽く言う。


「効能を消す薬もちゃんとありますけど。お二方とも、しばらくそのまんまでもいいんじゃないかって、俺なんかは思いますけどね」

「え??」「何を言ってるんだお前」


 シャーロットはさらに不思議そうな表情になり、セオドアは若干苛ついた雰囲気でジュリアンへ苦言を呈する。


「やーまぁ、その薬、人体に害、ないですし」


 軽く、へらりと笑ったジュリアンへ、苛つきが怒りへと変わったらしいセオドアが、翡翠の目を鋭く眇めて口を開きかけ──


「そんで、その魔法薬、『好きな人に言いたいけど言えない本音を、好きな人に対してだけ素直に言えるようになる魔法薬』ってヤツらしいんで。仮の名前は『想いをぶちまける魔法薬』だって言ってました」


 今にも自分を怒鳴りつけそうな主人と、不思議そうにしている主人の婚約者へ、ジュリアンは軽い口調で説明した。



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