回想1
僕が彼女と出会ったのは高校3年生の時だ。
僕はその頃、小さな鉄板焼き屋でアルバイトをしていた。平日は学校終わりに、休日は昼から夜。そしてある日、店長が突然新しい子を雇ったって言うから「どんな可愛い子が来るんですか?」と冗談まじりに聞いてみた。そうすると店長が、にやっとして「めちゃくちゃ可愛いぞ、もうすぐ来るはず。」と言ってきたものだから楽しみに待っていた。
ガチャ…
扉が開いた音がして扉の方を見るとそこには艶のある黒く長い髪とは裏腹に、白い透明感がある肌、まさに、"美少女"が立っていた。その子は僕と同じぐらいの身長で歳も一緒ぐらいに見えた。「おぉ菊池さん今日からよろしくね。」店長が軽快に声をかけた。「よろしくお願いします。」少し声が低いのも綺麗な見た目にあっていて惚れ惚れしてしまった。僕も声をかけてみた。「こんにちは、高橋将暉です、今日からよろしくお願いします。」「よろしくお願いします、菊池恵子です。」初めてなので少し緊張している様子はあったけれど普通に喋れていて大人っぽいなと感心してしまった。それからは客の往来が少なく、店長と僕で菊池さんに食器の場所だったり接客のマニュアルだったりを教えてその日は終了した。「2人とも上がっていいよ。」店長が僕たちに言う。「上がらせてもらいます、お疲れ様でした。」「お疲れ様でした。」菊池さんも僕に続けて言う。僕たちは着替えて、タイムカードを押して店を出た。菊池さんの家はここから歩いて15分程かかるらしく僕は自転車を押しながら家まで送ることにした。「初めてのバイトどうだった?」「店長と高橋さんが優しく教えてくれて、とても楽しかったです。」「本当?良かった。」街灯の明かりが菊池さんをぼんやりと照らす。彼女の顔はとても整っていて、鼻筋もきれいで、小顔で、ぷるっとした唇は少女漫画に出てくるお嬢様みたいだ。
菊池さんの家に着くまでいろんなことを話した。例えば、歳は僕と同じ17歳で通信高校に通っていることや、お母さんと2人で暮らしていること、後連絡先なんかも交換した。
菊池さんとの、この15分間はとても楽しくて、胸が高鳴った。この15分間が永遠と続けばいいのにと思った。
菊池さんを家に送った後、僕は自転車をゆっくりと漕ぎながら菊池さんとの会話を頭の中で繰り返し流していた。途中ぼーっとしていて信号もいくつか無視してしまった。
多分惚れたんだろうな、と自分で悟った。
その日は疲れているはずなのに、なかなか寝付けなかった。
次の日の朝、ベッドで永遠となり続けるアラームという名のお母さんからのモーニングコールで目が覚める。電話に出ると、いつも通りの冷淡な言い方で、「朝です。」とだけ言って電話を切ってきた。ため息を吐いて体を起こす。カーテンの隙間から朝の日差しが差していた。ベットから出てカーテンに手を伸ばした。バサッ!カーテンを両手で思いっきり開けると部屋を舞う埃が日光に当てられて鮮明にみえる。気持ちのいい朝だ、とゆったりと日光浴をしていると、さっきとは大違いの声量で階段の下から「もう8:10分よ!早よ起きなさい!」と怒鳴る声が階段に響き渡る。8:10分?いつもなら、もう出ている時間だった。急いでカーテンを閉めて支度をして朝ごはんも食べずに家をでた。しかも、電車通学なので少しでも遅れると次の電車を待たなくてはならない。次の電車は8:26分。これに乗らないと、遅刻が確定してしまう。物凄い勢いで自転車を漕いだ。昨日のバイト帰りの5倍くらいの速度で駅に向かった。
「はぁはぁはぁ…。」
なんとか8:26分の電車に乗れた。もう今日のエネルギーを全て出し尽くしてしまっていた。今日の授業はほとんど睡眠学習になるだろう。
そういえば、朝ドタバタしすぎて、菊池さんと昨日バイト終わりに一緒に帰ったことを今思い出した。思えば昨日は菊池さんのせいで、なかなか寝付けなかったのだ。次はいつシフト被ってるかが気になってスマホを確認しようとした時だった。
「将暉!」
顔を上げると同じクラスの春馬だった。
「おぉ、おはよう。」
「お前も遅刻寸前だったんだろ。」
「バレた。」僕が笑うと春馬もやっぱり、と笑う。僕の横に春馬も腰を下ろす。
「1時間目英語じゃん、あの先生めんどくさいよな、なんかネチネチしてるし、この前ワークと教科書両方忘れた時に、「なんで忘れたんですか?」「担任の先生に報告します!」って、忘れ物に理由なんてないと思うんだけど、忘れ物は忘れ物。」確かに、と僕は頷く。
「あっ!」春馬が突然声を上げた。
「将暉、昨日のニュースみたか?」
ニュース?昨日は夜バイトだったから見れてない。「見てない、なんかあったの?」
「俺たちがいつも学校の帰り道で通る、あのもう使われてない商店街あるだろ?」
「うん。」「そこはここら辺じゃ有名な立ちんぼスポットになってるのはご存知?」
「そうなんだ!」だからやたらと若い女性が立っているのを見かけるのか。
「そう、それで昨日そこでおっさんと若い女性が揉めて暴力事件になったって話。」「そんなことあったんだ。」「まあそのおっさんは捕まったらしくて、女性の方は大した怪我は無かったって。」「怖いね…。」「いやいや、これがおかしい所があるの気づかん?」春馬が目を丸くして言う。「何が?」「だって、大人の男の人が若い女性へ暴力を振るった、それで女性の方は大した怪我はないっておかしいと思わん?」「まあ、確かに。」
「誰か他の人がそのおっさんを取り押さえたとかかな…。」「そうなんじゃない。」
春馬がこの事件の真相を言い当てようと推理していると僕らが降りる駅に着いた。
「着いたよ。」
「行くか…。」
憂鬱そうに春馬が立ち上がった。
学校に着いて朝のホームルームが終わり1時間目が始まって英語の先生の声が、まるで子守唄の様に聞こえた。
キン コン カン コン…
気がつくと1時間目が終わっていて、英語のワークによだれが染み込んでいた。
急いでポケットからティッシュを取り出して拭き取った。そんな調子で4時間目の授業が終わり、昼休憩がやってきた。春馬は僕の隣の席に無言で座って弁当袋を開け始めた。
僕も鞄から弁当袋を取り出し、弁当を出そうとした時、急に菊池さんのことを思い出した。僕は春馬に話すことにした。
「春馬。」
「ん?」
「昨日さ、バイト先にめちゃくちゃ可愛い子が入ってきて、しかも、同い年で。」
「いいじゃん。」
「それで昨日バイト終わりに、その子の家まで送ってあげたんだよ。」
「ふーん。」春馬が、不吉な笑みを浮かべてこちらを見る。「何?」不気味だったので聞いてみる。
「好きになった?」
予想通りの質問だった。
「うん、惚れたね、自分でも分かる。」
「ふっ。」
春馬が鼻で笑う。
「大抵の高校生はこんな時、「早く告白しないと取られるぞ!」とか言って急かしてくるが、俺は違う。」
「どう言うんだよ。」僕は聞いてみた。
「それはな。」
「じっくりと観察しろ。」
「はい?」
「告白なんてのは二の次だ、まずはその子のことをじっくり観察しろ!小学生が虫籠の中のカブトムシを観察するぐらいの勢いでやれよ。」「なんか例えが気持ち悪い。」「いいか、ここで重要なのが聞くんじゃなく、観察をすることだ。」「どういうこと?」「例えば、小学生が虫籠の中のカブトムシに「あなたの好きな食べ物は何ですか?」って聞いてカブトムシは答えてくれると思うか?」「カブトムシは喋れないよ。」「そう!カブトムシは喋れない、正確に言うと喋れない、ではなく喋らないんだ。」「ん?」春馬が何を言いたいのか分からない。
「要するに、相手に付いて知りたいことがあったして「どうなの?」って聞いても、本当のことを答えてくれるとは限らない。」「嘘を吐いたり、誤魔化したりして隠そうとしてくるかも知れない、それはその人にとって、とても重要な秘密で、誰にも知られたくないことだから。」「だからな、観察するしかないんだ、それしか、相手の秘密を知る方法は無い。」「そしてその秘密を知ってもなを、相手のことがまだ好きなら告白をしてみてもいいかもな。」「なるほど。」僕は春馬の言いたいことが分かった気がする。
確かに、一時的にな感情で行動するのは危険に思えてきた。もう少し菊池さんを観察してみようと思った。後、さっきから気になっている所を春馬に聞いてみた。
「ねぇねぇ、その考え方だと、カブトムシが好きな食べ物を聞かれて答えないのは、何か大きな秘密があるってこと?」
「ふっ。」春馬はよく鼻で笑う。
「当たり前だろ、誰にも知られてはいけない大きな大きな秘密があるんだよ、カブトムシには。」
「六卓様生一です!」
学校終わりのバイトはそれなりに疲れるはずなのにあまり疲れないのは授業中ほぼ寝ていたからだろう。
ジョッキクーラーからジョッキを取り出し、ビールを注いだ。「綺麗な7対3だ。」そのまま六卓に持っていく。「お待たせしました、生ビールです。」仕事終わりのサラリーマンニ組だ。おそらく上司であろう方が軽く会釈し、ジョッキに手をかけ後輩と乾杯をした。上司より低くグラスをジョッキに当てる後輩を見て、できた後輩だと高校生ながら関心した。「ごゆっくりどうぞ。」キッチンに戻ったその時扉が開いた。
ガチャ…
そう今日も菊池さんとシフトが被っていた。
「おぉ菊池さんよろしくね。」
「お願いします。」
また店長が軽快に話しかけたので、僕も話しかけた。「お疲れ様です。」
「お、お疲れ様です。」
「またシフト被ったね。」
「はい、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
前から思っていたけどなんで同い年なのに敬語なんだろう?今日帰る時聞いてみよう。
その日は金曜日でなかなかに忙しかった。
店長も終わる頃にはへとへとで、これから締め作業があるが、まだ17歳の僕たちを22:00以降働かすことはできず、仕方なく上がらせてくれた。今日も僕は菊池さんの家まで送ることにした。
「今日忙しかったね。」
「はい、初めてなので疲れました。」
「ねぇ、なんで同い年なのに敬語なの?タメ口でいいよ。」「わ、分かりまし、分かった。」なんだか、ぎこちなくて笑ってしまった。「菊池さん面白いね。」「そんなことないですよ。」「「あ!」」また、敬語を使った。2人の声が重なり、お互いに目を合わせて笑う。「別に無理してタメ口じゃなくてもいいから。」「すみません、私凄く人見知りで。」菊池さんが少し俯いた。「そうなんだ。」「はい、…私中学の時いじめにあって、それから人と話すのが苦手になったんです。」「いじめ、ひどいね。」「クラスのみんなが私のこと、気持ち悪いやつって。」凄く悲しそうな顔で話すのを見て胸がキュッとなった。「そんな奴らのことなんかほっといていいよ!自分のことを好きでいてくれる人だけを大切にしな。」
「…ありがとうございます。」
さっきまで俯いていた顔は前を向いていた。
菊池さんを家まで送り届けた後は昨日と同じ様にゆっくりと自転車を漕ぎながら、会話を頭の中で繰り返し流していた。
「いじめか…」
菊池さんは中学生の時からいじめ、という大きな相手と闘ってきたんだと尊敬する気持ちと同時に可哀想という哀れみの気持ちもあった。でも何よりその大きな秘密を僕に打ち明けてくれたことがとても嬉しかった。
そういえば、今日の昼休み春馬が、「聞いても答えてくれないから観察しろ!」と言っていたが聞いても無いのに秘密を僕に教えてくれた。もう観察する必要がなくなったというわけか。僕は菊池さんがいじめられていた過去を知っても、まだ好きだし、むしろ守ってあげたくなった。これは春馬が言う"告白してもいい条件"が揃ったということだ。でも条件が揃ってもまだ出会ってから2日だ、流石に早すぎる。告白はもう少し後にしよう。
家に帰り、飯と風呂を済ませベッドに直行した。ひんやりとした枕と毛布がとても気持ちよく、体の疲れを吸い取ってくれる感じがした。そして、"告白してもいい条件"が揃って一安心したのかその日はぐっすりと眠った。
それから僕たちはバイト終わりに一緒に帰ることが日課になっていった。そして、僕はそのたびに恵子への想いが強くなっていくのを感じていた。
僕たちが出会って、はや1ヶ月が経とうとしていた。
僕は告白することを決めた。
今日のバイト終わりに絶対に告白してみせる。
「2人とも上がっていいよ。」
いつも通り22:00になり、店長が僕たちを上がらせてくれる。
「「お疲れ様です。」」僕たちは着替えてタイムカードを押し、店をでる。
「今日も疲れたね。」もう今ではすっかり恵子もタメ口だ。
「うん、お客さん来すぎ。」
僕はいつ切り出そうかタイミングを見計らっていた。
「ね、金曜日は人が多すぎる。」
恵子がそう言って、会話が途切れる。
今だ。
「ねぇ、恵子。」
「何?」恵子がこちらを向くが、僕は緊張して目を逸らしてしまう。
「あのさ、…恵子といるとなんか落ち着くし、一緒にいて楽しい、だから僕と、付き合ってください。」
恵子の目を見る。
恵子の顔が泣き出しそうに歪んでいた。
「大丈夫?」僕が声をかけると、恵子は手で目を擦り、「大丈夫。」と小さく呟いた。
恵子はゆっくりと顔を上げ僕の目を見た。
「よろしくお願いします。」
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