第7話 失われた記憶と意味深な助言
月曜の放課後、教室の窓際でひよりと二人、明日の予定の話をしていた。
しかし、俺の心はざわついていた。タイムリープの代償で消えた「ひよりの好きな食べ物」の記憶が、日常の隅々で俺を苦しめていたのだ。
「ねぇ悠真、明日はお弁当持っていくんだよね?」
ひよりが笑顔で聞いてくる。
その声はいつも通り可愛い――だが俺の頭はパニック状態だった。
(えっと……何を入れれば喜ぶんだっけ……?)
正直に言えば、昨日まで完璧に覚えていたはずなのに、今は全く思い出せない。
卵焼き? 唐揚げ? それとも甘いもの……?
どれも正解の可能性があるが、間違えればせっかく築いた好感度が下がる可能性もある。
そう思った瞬間、背後から爽やかな声が聞こえた。
「先輩、また困ってますね」
振り向けば朝倉蓮が立っていた。制服のネクタイを少し緩め、笑顔はいつもより意味深だ。
俺は思わず眉をひそめる。
「お前には関係ないだろ」
「ふふっ、先輩の“困った表情”、見逃せませんよ。あ、でもヒントは出してあげます」
朝倉は軽く手をひらひらさせて、教えてくれるわけでもなく、ただ俺の困惑を楽しんでいるかのようだった。
――いや、楽しんでる場合じゃない。
⸻
教室を出ると、ひよりは無邪気に弁当箱を開けている。
「悠真、お昼なに持ってきたの?」
……どう答える?
脳裏には空欄になった記憶が重くのしかかる。
ここで間違えると、昨日までの笑顔が台無しになるかもしれない。
俺は必死に思い出そうとした。
でも記憶は空っぽ。頭の中でひよりの好きな食べ物の候補がぐるぐると回るだけだった。
(ここで……ヒントをくれるのは朝倉か? でも信用できるか……?)
そう思った矢先、朝倉が近くでささやく。
「“確か甘いものが好きだった気がしますよ”」
……なるほど、ヒントは出すが正解は教えないスタイルか。
俺はその言葉を頼りに、リスクを承知で決断する。
「えっと、ひより……これ、食べる?」
慎重に差し出したのは、チョコレート入りの小さなお菓子だった。
ひよりの目がぱっと輝く。
「わぁ! 悠真、覚えててくれたんだ!」
喜ぶ彼女の笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥に小さな安心感が広がった。
やっぱり、代償は大きくても、選んだ勇気は間違っていなかった。
⸻
しかし、外に出るとすぐ新たな問題が発生した。
教室の角を曲がった瞬間、すみれがにやりと笑いながら現れたのだ。
「おや、デート弁当? 楽しそうね。悠真、ちゃんとひよりを喜ばせられるかしら?」
背後で朝倉もにやりと笑う。
俺は深呼吸して、今度は笑顔で返す。
「大丈夫。昨日も今日も、俺はちゃんと選んでる」
それでも胸の奥には、不安と期待が混ざった緊張感が残る。
タイムリープの代償で失った記憶は一つだけ。だが、その“一つ”はとても重要だった。
失敗したら、今度こそ取り返しがつかない。
⸻
帰宅後、ノートに今日の出来事をメモする。
「代償が一つ出たけど、無事にひよりを喜ばせられた。
勇気を出すことは、代償以上の価値がある」
しかし、ページの隅には朝倉の影も書き加えておく。
「朝倉蓮――ただの後輩じゃない気がする。
何か知っている、あるいは監視している」
ベッドに横たわりながら、俺は小さく息をついた。
記憶を失った恐怖。代償の重さ。
だが、ひよりの笑顔を守るためなら、どんな困難も受け入れる覚悟がある。
タイムリープの代償は怖い。だが、勇気ある選択の代償なら、俺は喜んで支払う――そう心に誓った夜だった。
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