第4話 夕焼けの帰り道

 日は西に傾き、夕暮れが街を赤く染める。学校終りのチヨが友達と一緒に家に帰る。

 友達の名はキキ。長い黒髪をサイドで三つ編みにし、分厚いレンズの黒ぶち眼鏡をかけた大人しそうな女の子。


「キキちゃん、しゅくだいできそう?」


「どうだろー。今日パパもママもダンジョンに行ってていないから……チヨちゃんは大丈夫?」


「だめだめ。ウチはデンだもん」


 デンだもん、その一言で子供ながらにチヨの苦労がキキにも伝わる。宿題の憂鬱さから二人は顔を見合わせてため息をついた。


「おやおやぁ、浮かない顔の二人組が歩いてきたぞ」「歩いてきたぞ」


 壁に背を預けたティムとカズーの二人組がチヨ達を待ち伏せしていたのか、声をかけてきた。


「げっ!ティム!」


 心底イヤそうな顔をするチヨとキキ。


「どうせ今日の宿題のことで悩んでいるんだろ?」「悩んでるんだろ?」


「な、なによ!文句ある?」


 チヨがティムの言葉に反応して声を若干荒げると、それをキキがなだめる。


「だめよ、チヨちゃん。そうやってハンノーするからバカ達がおもしろがるの。ムシして行きましょ」


 そう言ってチヨの手を引き歩き出した。その後ろをティムたちが付いてくる。


「今日のしゅくだいはがテーマの作文だからなぁ。僕困っちゃうなぁ」

「どうしてだい、ティム?」


 わざとらしく大きな声でチヨたちに聞こえるように喋りだした。


「だって、僕のお父さんはクルナン・ガルダラスなんだぜ?」

「ええーなんだってー!!ティムのお父さんはあのガルダラス商会のカイチョーなのかい!?」


 ガルダラス商会は、アルトムの街でも一・二を争う大店おおだなだ。それを聞いてカズーが大げさに驚いて見せる。


「あははは、そうさ。その通り。しかもお母さんはサニア歌劇団のハナガタ女優だったんだから。もう書くことがありすぎてありすぎて、困っちゃうなぁ」

「やっぱりティムはすごいや!!」


「まあね。そこらにいる飲んだくれダメ親父の娘じゃ書くこと少なそうでうらやましいなー。あはははは」

「うらやましいなー。あはははは」


 花形女優の息子が三文芝居をしてみせる。その滑稽さにチヨは何だか面白さを覚えたが、キキは違っていた。


「あんた達ぃ!!チヨちゃんチをバカにするなー!!」


 そう言ってティムたちに、なんと殴りかかっていったのだ。男子二人対女子一人、結果は火を見るよりも明らか……ではなかった。


 キキがティムの短い髪の毛をがっしり掴み、反対の手でカズーの鼻水垂れた鼻の穴にチョキを突き刺す。


 止めとばかりにその顔にビンタを一発づつお見舞いすると二人は泣き出した。


 見た目は優等生のキキではあるが、実は両親ともS級冒険者のサラブレッド。並みの大人と喧嘩しても負けない力の持ち主なのである。


「キキのモージュー女!お父さんに言い付けてやるからな!」「やるからな!」


「おとこだったら、じぶんの力でかかってきなさいよ!」


 キキは「フン!」と鼻息荒く鳴らすと、ティム達は走り去っていった。


「ありがとう、キキちゃん」


 チヨはティム達を追い払ったことよりも、自分のために怒ってくれたことが嬉しかった。


「いいのよ、チヨちゃん。でも、チヨちゃんならあんなおとこ達イッパツでやっつけれちゃうのにどうしていつもだまってるの?」


「そんなことないよぉ。アタシはか弱い女の子だもん」


 わざと、ふにゃりと体をくねらせて見せるチヨ。


「またまたぁ!ワタシ知ってるんだからね。本気だしたらがっこうのだれよりも強いでしょお?」


「どうかしら、フフフ。でも、強いのってかわいくないじゃない?」


「そうかしら、チヨちゃんなら何やってもかわいいと思うわ」


「やめてよ。なんかキキちゃんデンできもちわる~い。アハハハ」


「チヨちゃんひどーい。でも、私デンのおじちゃん好きよ」


 不思議なことに冒険者の血がに憧れを抱かせるのかキキはデンになついているのだった。


 噂をしていると二人を呼び止める男の声。


「おーう!!チヨお!!学校終わったんか?」


 顔を赤らめたデンが空き地に一人拳大こぶしだいのボールを持って立っていた。


「げっ!デン!」「あー!デンのおじちゃんだ」


 テテテテとキキはデンに走って近づくと、目の前で止まる。


「こんにちは、おじちゃん」


 ペコリとお辞儀をする。


「おう!チヨの友達!!ガハハハ、元気にしとるか!?」


「はい、元気です。名前はキキですよ」


「ほおか、ほおか!キキな!覚えた。ガハハハ」


 このやり取り今まで何十回としているがデンが名前を覚えたためしはない。それでもデンに会えて嬉しいキキはニコニコである。

 反対にチヨは渋い顔を作ってゆっくりとデンに近づいていく。


「デン、またよっぱらってるぅ!おばあちゃんがまたおこるよ」


「ガハハハ!ばばあが恐ぁて酒が飲めるかい!!そうじゃチヨとトモダチ、ワシとキャッチボールせんか!?」


 その言葉にいち早く反応したのはキキであった。


「やるやる。ねえ、チヨちゃんいいでしょ」


「良いけど……デン、そのボールどうしたの?」


「そこで拾おたんじゃ」


「ほんと?」


 疑いの目をデンに向ける。


「ほんまにほんまじゃ!見てみぃ、この澄んだを」


 チヨに顔を近づけパチパチと瞬きを繰り返す。


「口がくさい!」


「ガハハハ!!そりゃすまんすまん」


 デンは少しだけチヨから距離をとる。


「ねえ、チヨちゃんやろうよー」


 チヨの腕にキキがすがり付く。


「のぉ、チヨちゃんやろうやあ」


 反対の腕にデンがすがり付く。

 二人で「ねーねー」とチヨの腕を揺する。


「んー!わかったわよ。がそこまでやりたいなら。でも、ちょっとだけよ?」


「やったー!!」


「おっしゃ!!ほれ広がれ広がれえ!」


 三人が空き地いっぱい等間隔に離れ、綺麗な正三角形を作るとデンが球を投げる。

 軽く腕を振ったように見えた球は地面をえぐり、とてつもないスピードでチヨの胸元へと向かう。


 ズパーンッ!!


 ただの人間なら骨が粉々に砕け散ってもおかしくない球をチヨは軽く左腕1本で受け止める。


「デンちょっとなまってるんじゃない?」


「ガハハハ!手始めじゃ!」


 今度はチヨがポイッと軽く山を描くようにキキへとボールを投げる。


「おっとと」


 それを両手でキャッチすると、キキは渾身の力を込めてデンに投げる。


 ゴゴゴゴォォォオオー……


 デンが放った球と同じかそれ以上の速度で地面スレスレを走ったかと思うと、急激に軌道が変化して顔面へと球が曲がる。


 デンはそれを人差し指と中指の間で挟み、なんなく受け止める。


「トモダチ、なかなかやりおるのお。これならどうじゃ!」


 ビュンッ


 ボールを投げたと思った次の瞬間――


 バンッ!!


 キキの手の中にはボールが収まっていた。


「スッゴい速ーい!やっぱりおじちゃんはスゴいね!」


 今度はキキがチヨに山なりボールを投げる。チヨはそのボールをポスンと両手で受けとる。

 そしてチヨは球に自分の魔力を込めれるだけ込めると、美しい投球フォームでボールをデン目掛けて投げる。


「吹っ飛べえーー!!」


 手元を離れた球がギューーンと加速する。さらには炎をまとつき。


 デンが捕球した瞬間、火力は最大。ボンッと爆発、デンは煙にまみれる。


 モクモクと上がる白煙を風が吹き飛ばすと、デンがボールを片手で持ち笑っている。


「ガハハハ!さすがはチヨじゃ!」


「ちぇ!だめだったかぁ……」


 かすり傷一つ付かないデンにガックリと肩を落とす。


「ほいじゃ、ワシの番じゃ!」


 デンは上空めがけてボールを高く高く投げる。赤く染まる夕焼け雲に穴を開け、球が見えなくなる。


「「「……」」」


 三人が夕焼け空をしばらく見上げると、落下の加速で真っ赤に熱を帯びたボールが隕石のようにチヨ目掛けて堕ちてくる。


「頑張れ、チヨちゃん!!」


「任せて、キキちゃん!」


 ゴゴゴォォオオオ!!


 チヨは球を両手で受け止める。


 ズンゥゥウウウン!

 

 あまりの重さにチヨの足元の地面が沈む。


「デンなんかに負けるかあーーー!!」


 気合い一発。落とすことなく球を捕った。


「すごいすごい。チヨちゃんやるぅー!!」


「次はキキちゃんの番ね」


 ぽいっとボールをキキにトスする。


「任せて、チヨちゃん!おじちゃん本気でいくよー」


「ガハハハ!ドンと来ーーーい!」


 バチンとデンは手を叩く。


 キキもチヨと同じように球に魔力を込める。キキはチヨよりも魔法の才に長けており、ほとんどの属性を操ることができる。その力を限界まで球に込めると、キキはアンダースローでデンに球を投げる。


 放たれた球はキラキラと虹色に輝きながら真っ直ぐデンに向かう剛速球。


「きれえ……」


 チヨはその輝きをうっとりと見つめる。


「おうおう、こりゃなかなかなのもんじゃ」


 デンはボールの軌道上に手を伸ばすと、その手に吸い込まれるようにボールが真っ直ぐ飛ぶ!


 グガガガ……


 次元が歪む程込められた魔力がデンの手の平に集中する。それは小さなブラックホールになり、デンの手がギュウゥゥっと圧縮される。


「ふんっ!」


 もはやキャッチボールの体をなさない、魔力のぶつけ合い。常人なら消し飛ぶほどの魔力球をデンは左手一つで受け止めた。が、その代償に球は砂塵と消えてしまった。


「ありゃりゃ」


 かつて球だった砂塵は風に消えた。


「おじちゃんごめーん」


 申し訳なさそうな顔をしてキキがデンに駆け寄る。


え、え。気にするな。それよりもなかなかの魔力だったぞ、。お前は強おなるわ。ガハハハ!」


 キキの頭を撫でる。キキはキラキラした羨望の眼差しでデンを見上げる。


「私、頑張っておじちゃんくらい強くなるから!」


「おう、精進しょうじんせいよ。ガハハハ」


 チヨは歩いてデンのところまで戻って来る。


「何よ、えらそうに。キキちゃん。もう、くらくなったから帰ろう」


「うん。じゃあね、デンのおじちゃん」


「おう!気いつけて帰れよーー」


 二人を送り出し、デンは空き地に残る。チヨはそんなデンに振り返る。


「デーン。おばあちゃんが家に帰ってきなさいって言ってたからねー」


「やなこったー!!」


 それを聞いた瞬間デンは何処かへ逃げ出していった。

 チヨはため息を着いて、再び二人は家路に戻る。


「デンのおじちゃんすてきね?」


 辺りが暗くなり初めて、空にちらほら星が瞬き出す。


「そう?いっつもあんなかんじでアタシはイヤよ。デリカシーないし……」


「フフフ。たのしそーだけどなぁ……それにデンおじちゃんとっても強いじゃない?……ワタシのパパとママね、ちょっと前にダンジョンにつかまったことがあったの」


「えっ!?」


 チヨはそんなこと初めて聞いた。

 ダンジョンに捕まるとは、ダンジョン内で行方不明になることであり、十中八九その冒険者は帰ってこない。


「それでね、ギルドマスターのおじちゃんが家に来てもうダメかもって言われてさ」


「でも、キキちゃんのお父さんとお母さん……」


 そうなのだ。つい先日もキキの家で遊んだ時、チヨは二人に挨拶をしている。


「そう、たすかったの。デンのおじちゃんがダンジョンに入ってパパとママたすけてくれたの。だから、私はデンのおじちゃん大好き」


「へえ……でも、デンそんなこと一言も言ってないよ?」


「わすれちゃったんじゃない?」


「ハハハ。デン、バカだから、ありえる」


「でも、そこがカッコいいのよ」


「そうかなぁ?」「そうよー」


 楽しそうな二人の影は夕闇に溶け、笑い声が響く。チヨは悩んでいた宿題の作文が書けそうな気がしたのだった。

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