第5話 冷酷侯爵と王女セリーヌの邂逅 ―

侯爵邸に、その知らせが届いたのは朝食を終えた直後だった。


「……王女殿下が直々に視察にお越しになる、だと?」


 ルシアン=ヴァルグレイは紅茶を口にしたまま、眉をぴくりと上げた。

 優雅にカップを戻す仕草一つ、冷酷なる侯爵の仮面を崩さない。だが心の中では、舌打ちが響き渡っていた。


(よりによってこのタイミングで王女か……。勇者のヒロイン枠、そして俺を破滅に追いやる主要人物のひとり。油断すれば、俺の未来は即・BAD ENDだな)


「ルシアン様、いかがなさいますか」

 執事セバスチャンが静かに問う。


「決まっている。迎え入れるまでだ。」


 そう宣言するルシアンの眼差しは、獲物を狙う猛禽のように鋭かった。

 だが、その胸中では――


(とはいえ、ここで好感度を下げすぎれば破滅一直線。嫌われつつも“致命的な敵”とならぬよう、匙加減が必要だ。難しい役回りだな……)


 数刻後。侯爵邸の正門前。


 白銀の馬車が優雅に停まり、降り立ったのは長いブロンドの髪を陽光に輝かせる美貌の少女だった。

 王国の第一王女、セリーヌ=アルヴァ=リグレイン。

 勇者に寄り添い、悪役侯爵を打ち倒す未来を担う存在。


「侯爵ルシアン殿。王家の名において、視察をさせていただきますわ」


 彼女の澄んだ青の瞳が、真正面からルシアンを射抜く。

 その視線に、ルシアンは唇をわずかに吊り上げた。


「……歓迎いたしますよ、王女殿下。

 ただし、ここは貴族の屋敷。王家といえども、礼儀を欠けば容赦はいたしませんが」


「っ……! まあ、随分とご自分に自信がおありのようですわね」


 瞬時に火花が散る。

 初手からこれである。冷酷侯爵のロールプレイは成功――だが、互いの印象は最悪のスタートを切った。


 邸内の応接間。

 豪奢なティーセットが並び、紅茶の香りが漂う中で、侯爵と王女の“お茶会”が始まった。


「……この茶葉、香りはよろしいですが。味わいはやや重いですわね」

「王家のお口に合わぬのであれば、お戻りいただいても結構ですが?」


「なっ……! わ、私はただ、率直な感想を……!」

「率直さは美徳。だが無遠慮は悪徳。王女殿下ほどのお立場であれば、もう少しお言葉を選ばれてはいかがか」


 ぴしり、と空気が張り詰める。

 セリーヌの頬がほんのり赤く染まるのは怒りか羞恥か。

 ルシアンはカップを持ち上げ、優雅に口をつけた――その時。


 カシャンッ!


「きゃっ……!」


 セリーヌの手元で、ティーカップが揺れ、紅茶が彼女のドレスに跳ねた。


「……殿下ともあろうお方が、この程度で取り乱されるとは」

「うぅ……わ、わざとではありませんわ!」


 セリーヌは慌ててハンカチを取り出し、ドレスの裾を押さえる。

 ルシアンはわざとらしくため息をつき、冷酷に言い放った。


「やはり“お飾りの王女”という評は正しかったようだ」


「なっ……! そ、そんなことありませんわ!」


 ぷるぷると肩を震わせ、怒りに燃えるセリーヌ。

 その姿に、ルシアンは冷酷を装いつつも心中で苦笑していた。


(……ふん。見事に反応してくれる。だが、これで良い。彼女の心に“憎しみ”を残すことが、俺が破滅を避ける第一歩……!)




 お茶会はぎくしゃくしたまま終了した。

 王女は最後までルシアンに食ってかかりつつ、馬車へと戻っていった。


「……殿下がお帰りになりました」

 セバスチャンの報告に、ルシアンはカーテンの影から馬車を見送る。

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