第2話 冷酷侯爵の悪巧み
朝の執務室。
俺は分厚い書類の束を机に叩きつけ、セバスチャンに命じた。
「商人どもに新しい税を課す。奢侈品を扱う連中からは、倍額を徴収だ」
老執事は眉ひとつ動かさず、恭しく頭を下げる。
だがその瞳の奥に、一瞬だけ何かが揺れた。
「……承知いたしました。ですが、ルシアン様。奢侈品を扱う者たちは王都との繋がりも深く――」
「黙れ、セバスチャン。俺の命令に逆らうつもりか?」
俺は冷酷な声を放ち、グラスを乱暴に置く。セバスチャンは静かに首を垂れた。
――だが実際のところ、この税制改正には裏がある。
表向きは「冷酷侯爵が民の生活をさらに苦しめる」ように見えるが、俺が狙っているのは貴族や豪商が独占している贅沢品の流通ルートを縛ることだ。
税によって高級品が王都に流れにくくなれば、その分だけ穀物や日用品の流通が増える。結果的に庶民は救われる。
(ふん、商人どもには骨身に染みさせてやる。俺がどれほど「悪役」に徹しているかをな)
◆
午後。
俺は侯爵領の市場に姿を見せた。護衛を引き連れ、冷酷な表情を崩さずに。
市場の空気は一変した。
商人も客も一斉に頭を下げ、ざわめきが広がる。
「あれが……冷血侯爵ルシアン……」
「目が合っただけで心臓が止まりそうだ……」
人々の視線が突き刺さる。その怯え方に、逆に安心する。
俺の“悪役ロール”は順調に機能している証拠だ。
「税を払えぬ者は、商売をやめろ。ここは俺の領地だ」
わざと冷徹に言い放ち、民の顔色が一斉に青ざめる。
だがその裏で、俺は別の指示を出していた。
「――セバスチャン、裏ルートで仕入れた日用品を、農村に優先して流せ。絶対に俺の名が出ぬようにな」
「……承知いたしました」
老執事の声色に、わずかな疑念が混じる。
冷酷を演じながら民を救う矛盾。その奇妙な方針に、彼は気付いているのかもしれない。
◆
夜。
屋敷の執務室で、俺は羽ペンを走らせていた。
「破滅フラグ回避と悪役ロール。どっちも両立させる……これが俺の生存戦略だ」
領地の金庫には既に金貨が積み上がりつつある。
高額税で搾り取った金は、表向きは俺の懐に入っている。だが実際には半分以上を「民衆救済基金」に回していた。もちろん誰にもバレないよう、裏会計でだ。
まさに悪巧み。だがその矛先は、民を救うために使われている。
「表向きは悪党。裏では民の守護者。……」
ワインを傾けながら独り呟いた。
◆
そして――数日後。
王都からの使者が現れた。
「ルシアン侯。勇者アレン殿がお言葉を賜りたいと」
その報せに、俺は冷ややかに笑う。
(早速か……勇者アレン。正義の権化。俺の破滅をもたらす存在。だが、俺はお前の思い通りには死んでやらない)
「いいだろう。伝えろ……侯爵ルシアンは、いつでも勇者を迎え撃つ準備があるとな」
俺は冷徹な笑みを浮かべた。
悪役としての仮面を――決して外さぬまま。
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