第6話 能力者の介入と処遇

 犯人の正体が一般人の少女であったことに呆気を取られた士季であったが、ここにきて1つの疑問に直面した。 


 「おい、ちょっと待て。お前はさっき今回の事件は一般人が引き起こした犯行だと言ったな? なぜ一般人が能力を使えるんだ?」


 そもそもの話、今回の事件は量子的飛躍りょうしてきひやくによって一般人が引き起こした事件である。士季や綺羅のように元来がんらい、能力が備わっている能力者によっての犯行ではない。

 だが、今までの綺羅の話を踏まえてみると、まるで自分たち能力者となんら変わらない行動をしている犯人に謎が生じる。


 「いえ、全部が全部という訳ではないでしょうが能力者の介入は可能性としては高いです」


 「どういうことだよ?」


 「確かに量子的飛躍により一般人が人知を超えた事象を引き起こしたのは事実でしょう。ですが被害者を複数人飲み込むほどの閉鎖空間を生み出すというのはあまりにも不可能な所業しょぎょうです。何者かが介入している恐れがある」


 「それで俺たちの出番って訳ね。はた迷惑な野郎もいたもんだ。それで誰だよ? 犯人のじょうちゃんに協力した野郎ってのは?」


 「分かりません」


 「はあ!?」


 「それは俺も水面下で調査している段階なのですよ。それよりも士季、まずは事件解決です。犯人探しに参りましょう」


 「今からか!?」


 「思い立ったが吉日です。まごまごしていては、新しい被害者が増えるだけです。早急に手を打つこととしましょう。犯人を発見し、します」


 —排除?

 あまりに短絡的たんらくてきな発言に士季は動揺どうようした。

 『発見』までなら分かるが『排除』となると極論きょくろん暴論ぼうろんのように聞こえてしまう。

 その言葉がどの程度のレベルまで指すのか。

 抹殺?

 いやそんなはずはない…。言葉通りの意味だった場合は、綺羅の人格を疑ってしまう。


 「理由はどうであれ、一般人を拉致・監禁したという蛮行ばんこうは許されざる行為です。万が一、被害者の生命を奪うという行為に至った場合は処遇しょぐうが変わります。分かっているとは思いますが、もう犯人は人間ではありません。人の形態けいたいまとった怪物なのです」


 「……」


 確かに、そうなのかもしれない。

 一般社会で罪を犯せば、法と秩序のもとで犯人をさばけるが、それは人間に対してであって、怪物に対してではない。

 だが、果たして犯人の少女を眼前に士季は決断を取ることが出来るのであろうか。逡巡しゅんじゅんを巡らしている様子の士季に、綺羅は静かに答えた。


 「無論、あくまでそれは最終手段です。被害者の状態や犯人と相対あいたいしていない現在、なにも実直じっちょくに抹殺しろとは言いません。まずは犯人の行為を止めること、閉鎖空間を機能させないようにしてしまうことが先決です」


 それを聞いて安堵あんどの念を抱く。

 てっきり『時として苦渋くじゅうの決断をしなければならない時だってあるのです』と犯人を消し去ることを言うのかと思った。

 いくら綺羅でも、ここまで情け容赦ない判断はとらなかったようである。


 「今回の件は君に任せましたよ。早急に被害者の救出に向かって下さい」


 「あまりにも投げやりだな。お前はどうするんだよ?」


 「大丈夫。ことが済めば俺も加勢に向かいますよ。それまでは奮闘ふんとうしてください。君のをもってしてならば大丈夫のはずです…」


 「俺が?」


 「ええ。さきほど申し上げた通り、今回の事件は警察などの一般人が解決できるレベルのものではないと判断しました。対処するならばでないといけませんからね」


 「それでなんで俺が任命されるんだよ?」


 「他の能力者では太刀打たちうち出来ませんからね。例えば、燐斗くんのもつ『毒』の能力では空間全体には全く歯が立ちません。最悪、被害者まで巻き添えしてしまうリスクだってあります」


 「面倒くせぇな…。なんで俺がそんなことをしなくちゃならない。能力者が対処するなら、この学校にひそんでいる他の奴らが適任だろうさ。放っておけば奴らが勝手に対応するだろ?」


 この学校には、士季たちだけでなく、他の能力者たちも潜んでいる。

 異端な能力を持つ者たちは、なにも全員が一致団結いっちだんけつしている訳ではない。異端だからこそ、意見に乖離かいりが生まれるのだ。

 学校という狭い箱庭の中でさえも、主義・主張の異なる派閥はばつは存在し、中には士季たちと対立する組織も存在する。

 自分たちの力を誇示こじし、優位に立ちたい過激派かげきはもあれば、それを良しとしない穏健派おんけんはもある。

 便宜上べんぎじょう、士季と綺羅は過激派に属しているものの、組織の理念にはまったく興味がなく中立派のような絶妙な立ち位置にいたのだ。

 綺羅にとっては、今回の事件が過激派、穏健派、どの組織によって引き起こされたものであるかに関わらず、『自分たち能力者によって巻いた種は、自分達で刈り取りたい』と思っているのだろう。

 だからと言って、士季に現場を一任いちにんするのはどうだろう。事件のあらましは知ってはいたものの、詳細については、ついさきほど聞かされたばかりであるのに。


 「士季。なんでも面倒ごとを回避しようとするのが君の短所です。それに本校の生徒から行方不明者が出たとあっては否応なく生徒会にも責任が追及されてしまいますからね。ことは我々で片付けた方が最善です」


 「結局は自分の保身の為かよ…」


 「ね? 兄の為にひと肌脱いで下さいよ」


 「はあ…、分かったよ…」


 堪忍かんにんしたのか士季はお手上げのポーズをとり嘆息たんそくする。

 ここで拒否をしたとしても、綺羅はあらゆる手段を使って士季を肯定させるであろう。

 もう幾度となく喰らわされてきた綺羅による言葉の圧力は士季が気圧けおされるという結末で終焉しゅうえんすることは既知きちのこと。

 今更、抵抗したとしても士季の惨敗ざんぱいは目に見えている。


 事件に関する綺羅の説明は端的たんてきにして明瞭めいりょうだ。

 そうと決まれば生徒会室に長居ながいは無用。

 手渡された犯行現場の写真を持って、さっさとここから出ようときびすを返す士季であったがドアノブに手が触れたと同時に綺羅が呼び止めた。


 「なにをやっているのですか士季? 写真はここに置いていって下さい」


 考えもしなかった綺羅の呼び止めに疑問を抱く。

 いくら行ったことのある場所であったとしても、詳しい地形などは覚えていない。

 ただでさえ、犯行現場の写真に写っている遊歩道は敷地に山ほどあるのだ。

 さすがに記憶力の良い士季であっても、写真を見ずに、この場所を特定して見つけ出すのは至難しなんわざに等しい。

 無理難題の依頼を押し付けたかと思えば、更に無理難題を課すのか?


 「そりゃ、あんまりじゃねぇの!?」


 「写真の中央に映し出されたものはなんだと思っているのですか?」


 「閉鎖空間だろ?」


 何がそんなにいけないのかと唖然あぜんとしている士季に近付いて静かに写真を奪取だっしゅする綺羅。


 「我々のような能力者ならともかく、万が一に一般人の手に渡ったらどうするつもりなのですか? 我々の正体が露呈するではありませんか。それに、これを拾った人間が現地に出向いて空間に飲み込まれてしまえば本末転倒です」


 「用心深いな…。そんなんじゃモテないぞ!」


 「好意や畏敬いけいなど無用です」


 そう言って、綺羅は写真を強く握りしめた。


 瞬間、唐突な胸の動悸どうきに、士季は身を強張らせる。


 能力者であるならば誰にでも備わっている感知能力。

 近くで能力者が力を発揮した際に自分の体内に流れている術式を通して伝播でんぱしてくるという、いわば警報といった役割をになうセンサーだ。

 今、眼前で能力をまざまざと見せつけている人物がひとり。


 綺羅は手の平から小規模な魔法陣を形成していた。

 普段見慣れたものと比べてかなり小さいところを見るとだいぶ力を加減しているようだった。

 円陣の形をしたそれは、中央に漆黒のモヤが表出ひょうしゅつし、さきほど士季が持っていた資料を高速で飲み込んでいく。まるでジューサーの回転で無惨むざんに形態を無くしていくフルーツのように。


 綺羅の能力は『そこにあるものを消し去る』というものだった。

 その危険性と恐ろしさから、余程よほどのことがない限り行使こうししない。

 弟である士季も綺羅が能力を使っているところを見るのは久しいほどだ。

 シュレッターが近くにあるのに、あえて頼らず、紙屑かみくずひとつ残さないという強い意志を保持ほじしている。

 それほどまでにこの写真を隠滅したいのだ。

 周囲には破片ひとつ飛び散ることなく、美しいうずを描きながら魔法陣に飲み込まれていく。火であぶった紙のように粉塵ふんじんや煙も一切ださず、それどころかそれらも飲み込んでしまうであろうほどに徹底的だった。


 全てを飲み込んだ後、綺羅は魔法陣を潜めた。

 さっきまで、そこにあったはずの資料は跡形もなく霧散むさんし、何事もなかったように綺羅は毅然きぜんとして答える。


「こんな能力が使える時点で、普通の生活に順応できる訳ありませんからね」


 士季は何も言わず、生徒会室をあとにした。

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