第7話 表裏の嘘

 世の中には、表裏の関係にあるものが結構たくさんある。

「光と影」

「昼と夜」

「正義と悪」

 などと、

「数え上げればたくさんある」

 といえるだろう。

 実際には、形としてハッキリと表裏が見えるものと、そうではないというものがある。

 それが、

「元々の表裏の中に、含まれているものだ」

 といえるのではないだろうか?

 というのも、

「光と影」

 というものがあるが、そもそも、

「光と影が一緒になって一つのものを形成している」

 といえることから、

「光と影」

 というものが、

「表裏だ」

 ということになるのだろうが、実際に光っているものとしての、光というものに、

「表裏がある」

 といえるのではないだろうか?

「光というものを一つのものだ」

 と一刀両断で考えると、

「影も一つのものだ」

 と思えるのだ。

 確かに、光と影の二分をその世界の表裏だと考えてしまうと、

「それ以上細分化できない」

 と思えるのも、無理もないことであろう。

 しかし、考え方によっては、

「どんどん小さくなっていくが、永遠に、その小さくなっていくのが終わらない」

 という考えがある。

 それが、

「限りなくゼロに近い」

 という発想である。

 つまりは、

「合わせ鏡」

 の発想のように、どんどん小さくなっていく。

 要するに、

「どんどん半分ずつにしていくと、最後には、どうなるか?」

 ということである。

 これを数式に当てはめて、どんどん、2で割っていくと考えればいい。

 最初がどんな数字であっても、2で割り続けるとしても、絶対にゼロになるということはないのだ。

 というのは、

「数字の存在するものから、存在する数字で割った場合、絶対にゼロにはならないが、限りなくゼロに近づく」

 というものだからである。

 そして、いくらやっても、ゼロに近づくがゼロにならないことが無限ということになり、たとえ、もとが無限であったとしても、最後にゼロになるということはないのである。

 それを考えた時、

「ゼロ」

 というのは、無限よりも強いといえるかも知れないと考えていた。

 ただ、

「ゼロと無限という発想は、まったく正反対の発想だ」

 といってもいいかも知れない。

 なぜなら、

「無限」

 というのは、曖昧なもので、

「「無限という言葉を使えば、違った数字であっても、無限という言葉で言い表すことができる」

 というものであるが、逆に、

「ゼロ」

 というのは、

「どんなに小さくなったとしても、ゼロになることはない」

 ということを、

「整数から整数を割る」

 というやり方で証明されているということである。

「曖昧で、無限という言葉を使えば、たいていは言い表せるが、逆に、どんなに小さくても、ゼロとは言わせない」

 ということから、

「その絶対性」

 ということにおいて、

「ゼロ」

 というものよりも強いものはない。

 といってもいいだろう。

 つまり、

「ゼロ」

 というのは、その性質上、無意識であっても、無限であることに変わりはないということになるのだ。

 それを考えると、

「表裏の関係というものは、数字には、必ずある」

 というのは、

「プラスとマイナス」

 という、

「絶対数字」

 というものである。

 しかし、ゼロというものには、その絶対性というものがない。

 というのは、

「ゼロには、プラスもなければ、マイナスもない」

 しかし、これは面白いというもので、

「何からゼロで割っても、その答えはゼロになる」

 ということではない。

 というのは、

「解がない」

 ということになるのだ。

 普通に考えれば、

「ゼロで割れば、ゼロになる」

 といえるのかも知れないが、なぜ、ゼロで割ると答えがないのかというと、これも、表裏の関係ということで、証明に使うのだが、その回答が正解かどうかを考える時、

「反対の数式で、それを証明しようとする」

 というのだ、

 例えば、

「10÷5」

 というのは、答えは

「2」

 ということになるが、この証明をするとき、

「答えの2に、割られる5というものを掛けると、最初の数字の10になる」

 ということで証明ができるのだ。

 それを考えると、

「10÷0」

 を考えた時、

「この答えを0ということにすると、計算方式は、ゼロ掛けるゼロ」

 ということになる。

 しかし、これは、割る数がいくつであろうと、証明しようとするもとの数が、

「0でしかない」

 ということになるのだ。

 だから、元が何であっても、証明する式が同じであれば、それを証明したということにはならない。

 ということだ。

 もう一つの考え方として、

「答えが一つだけ1になる」

 ということが存在するというのだ。

 それは、

「0割る0」

 というもので、

「割る数と割られる数が同じであれば、答えは1になる」

 という公式からの理屈だからである、

 しかし、これを証明しようとすると、

「1にゼロを掛けることになり、結局は、答えは0であるが、この場合のみ、証明できる」

 といってもいいのではないだろうか?

 つまりは、

「0÷0」

 以外では、

「ゼロで割るという証明をすることはできない」

 ということになるのだろう。

 このことを数学では、

「ゼロ除算」

 という言われ方をしている。

 そして、このような方法を、コンピュータにさせようとすると、理屈に合う計算ができないということで、

「処理が止まってしまう」

 ということになるのだ。

 だから、数式を処理するプログラムを動かす中で、ほとんどの言語では、

「除算例外」

 ということで、処理を中断させたりする手法が施されることが多い。

 そのために、プログラマーとすれが、その対処法を、自分たちで考える必要がある、

 たいていの場合は、

「ゼロで除算しなければいけない場合、割られる数が、0になった場合、そこに、1を代入する」

 ということで、除算例外を防ぐというやり方をするものであった。

 そういう意味で、

「タイムマシン」

 であったり、

「ロボット工学」

 などの、なかなか、理屈で解決できない問題があるわりに、比較的スムーズに開発された、

「パソコンをはじめとするコンピュータ」

 というものであっても、いまだに、

「除算例外」

 のような解決できないということもある。

 もっとも、除算例外という考え方は、

「太古の昔」

 からあったというもので、それが、

「表裏の世界」

 であったり、

「無限の問題」

 さらには、

「限りなくゼロに近い」

 という問題と、どこかで結びついているといってもいいのではないだろうか?

 数学において、

「表裏の証明が、数学にとって必要であり、それが、ひいては、ロボット工学であったり、タイムマシン開発などというものの開発に関わってくる」

 ということになるであろう。

 それを考えると、

「表裏というものが無限に存在している」

 と考えると、その中に、

「証明できないものというのが、この、除算例外以外にもたくさんあるのではないか?」

 と考えられるのであった、


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