第12話 崩れる秩序
同じ夜、翔大は帰宅途中の電車に揺られていた。窓の外を流れる街は、普段よりどこか落ち着かない。繁華街の看板の明かりがやけにぎらつき、人々の足取りは早く、信号が青になるやいなや小走りで横断歩道を渡っていく。車内もまた、いつもよりざわめきが大きかった。乗客の多くがスマホに視線を落とし、画面に流れるニュースやSNSを食い入るように追っている。
《渋谷でデモが暴動化》
《水の買い占めで乱闘》
《政府の会見は虚偽? 内部告発動画流出か》
立ち見の男子学生たちが声をひそめる。
「やばくない? ほんとに隕石来るって」
「いや、あれフェイクだって。NASAが否定しただろ」
「でも政府の会見はさ、なんか言葉濁してたよな」
囁き声の端々に、苛立ちと怯えが滲んでいた。翔大も無意識にスマホを覗く。タイムラインには、仕事仲間や友人たちの不安げな投稿が次々と流れてくる。水や食料を買い込んだ写真を自慢げに上げる者、逆にそれを「不安を煽るな」と批判する者。真偽不明の動画や「内部関係者の証言」と称するテキストがシェアされては、すぐに削除される。画面をスクロールする指先が、気づけば小刻みに震えていた。駅を降り、コンビニに立ち寄ると、そこも混乱の一端を映していた。棚のペットボトル飲料やインスタント食品はほとんど消え、レジには長蛇の列。
「ひとり2本までって書いてあるだろ!」
「うるせえ! こっちは子どもがいるんだ!」
店員の制止を振り切って口論する客の声が、店内に響き渡る。翔大はため息をつき、残っていたおにぎりを2つだけ手に取った。別に備蓄のつもりじゃない。明日の朝ごはんが必要なだけだ。そう自分に言い聞かせながら。アパートに戻ると、隣の上村家の玄関先で夫婦が帰宅したところに出くわした。
「こんばんは」
短く挨拶を交わす。自室に入ると、ようやく静寂が戻った。だがスマホの通知音がその静けさを次々と破っていく。グループチャットには「明日から出勤停止になるかも」という噂が飛び交い、別のスレッドでは「逃げ場がない」と半ば絶望的な言葉が連投されていた。翔大はベッドに横たわり、天井を見つめる。ほんの数日前まで、ニュースは他人事のように流れていたのに。それが今では、自分の足元から確実に世界が崩れていくのを感じる。瞼を閉じても、電車のざわめきやコンビニの怒号が頭の奥で反響していた。
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