第9話 ざわめく街
朝、翔大は駅へ向かう道を自転車で走った。コンビニの前にはすでに列ができ、レジ袋を抱えた客が次々と出てくる。
「水が売り切れだってさ」
「カップ麺もな。昨日は普通にあったのに」
すれ違った二人組の会話が耳に残る。店のガラス越しに見えた棚は、ところどころ空白になっていた。電車に乗ると、車内はいつも以上にざわついていた。スーツ姿のサラリーマン、学生、買い物袋を提げた主婦。みなスマホを手にしている。画面を食い入るように見つめながら、ひそひそ声が交わされていた。
「ねえ見た? 隕石が落ちるのはデマで、実は核戦争が始まるんだって」
「いやいや、アメリカが極秘に迎撃計画を進めてるって記事も出てるぞ」
「どっちにしろ、まともにニュース流してない時点で怪しいだろ」
噂は小さな渦を巻くように広がり、乗客の表情を硬くしていった。翔大はつり革を握りながら耳を傾け、視線を落とした自分のスマホの画面にも似たような言葉が並んでいるのを確認した。
《スーパーから水が消えた! #終末準備》
《残りの人生で食べたいものリスト》
《政府会見は嘘ばっかり》
どこまでが冗談で、どこからが本気なのか。スクロールする指先が、知らず知らずのうちに汗ばんでいた。
美容室に着き、いつものように鏡を拭き、椅子を整える。手は動いているのに、心はまだ電車のざわめきに囚われていた。
「もし本当に……そうなったら」
電車内で誰かが口にした言葉が、今さらになって頭に浮かぶ。翔大は、ハサミを握る自分の指を見つめた。
「……来てくれる人がいる限りは、切り続けたい」
独り言のように呟いた声は、思ったよりも弱々しかった。外の街はざわめきを増し、見えない波がじわじわと広がっていた。
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