第9話 血の影、魔族との遭遇
《シャドウハウル》は大人数を活かし、重厚な隊列を組んで森の奥へと進んでいった。目的地は「黒き尖塔〈ブラックスパイア〉」――魔族が支配する拠点であり、夜ごと不気味な闇が噴き出すと恐れられている場所だった。天を突く黒い塔の周囲には瘴気が漂い、近づくだけで人の気力を削ぐと伝えられている。
「急ごう、兄貴。あいつらに全部持ってかれちまう!」
カイルが焦りを隠せずに言う。レオンたち《暁の灯》は必死に後を追ったが、やがて《シャドウハウル》の影は木々の向こうに見えなくなってしまった。
「……もう追いつけない」
リディアが不安げに呟いたその時、森の奥から耳を劈く悲鳴が響いた。血を吐くような叫び声、剣戟の衝突音、そして地面を揺らす衝撃――。
急ぎ足で駆けつけた先に広がっていたのは惨状だった。《シャドウハウル》の精鋭たちが血まみれで倒れ、半数近くが地に伏して呻いている。生き残った者も震える手で剣を構えてはいるが、その顔には恐怖が刻まれていた。
「な……なんてことだ……」
ティオが目を見開き、震える声を漏らす。その視線の先に、二つの異形の影がゆっくりと姿を現した。
漆黒の甲冑を纏った長身の魔族。片翼だけの黒い翼を背に持ち、兜の奥から赤い瞳がぎらつく――アルヴァン。
その隣には白磁の肌に深紅の瞳を持つ妖艶な美女。黒と赤のドレスをまとい、背後に蛇のように蠢く影を絡ませている――リリス。
「人間どもよ。よくもここまで来たな」
アルヴァンが低く響く声で吐き捨てる。その言葉には論理的な冷酷さがあり、倒れている者たちを駒以下としか見ていないことが伝わってきた。
「ふふ……震える顔がたまらないわ。血の匂いも心地いい」
リリスは妖艶な笑みを浮かべ、倒れた副団長ディルクの血を指先ですくい取り、舌でなぞった。その瞬間、リリスの頬に赤い艶が差す。
「ば、馬鹿な……! あの《シャドウハウル》の副団長が……倒されるなんて!」
カイルの声が震える。
「気をつけろ。どうやらリリスって女の魔族は……人の血を取り込んで魔力を高めているらしい」
レオンの低い声に、全員の背筋が凍りついた。
ラグナたち幹部も剣を構え直す。しかし、その顔からは先ほどの余裕が消えていた。
レオンは喉を鳴らし、剣を抜いた。恐怖は確かに胸を締めつける。
だが、ここで背を向ければ全員が死ぬ――それだけは分かっていた。
「……戦うしかない!」
その声に応えるように、カイルが力強く頷き、リディアは弓を引き絞り、ティオは素早く罠玉を取り出した。
しかし、その瞬間――!
勝負に焦ったカイルは制御を失い、そのまま突っ込んでしまった。
リディアもティオも慌てて後を追い、戦場へと飛び込んでいく。
「待て、慌てるな!」
レオンの必死の叫びが響いた。
だが次の瞬間、リリスの一撃が彼らを襲った。赤黒い血の刃が弧を描き、三人まとめて吹き飛ばす。地面に叩きつけられたカイル、リディア、ティオは全身に傷を負い、呻き声を上げながら倒れ込んでしまった。
「カイル! リディア! ティオ!」
レオンの叫びが戦場に響く。
レオンは倒れている三人に駆け寄ろうとした。しかし、その瞬間、アルヴァンが薄気味悪い笑みを浮かべ、大剣を振り下ろしてきた。咄嗟に剣を構えたレオンは衝撃を受け止め、火花が散る。そこから二人の激しい戦闘が始まった。
ーーーーーーーーーーーーッギギ!!!
鋼と鋼がぶつかり合い、火花が散る。
その時だった!
(……なんだ、この力は?)
押されていたはずのレオンの体に、底知れぬ力が湧き上がる。
剣筋は鋭さを増し、アルヴァンの斬撃を受け止める腕に、異様な力が宿っていた。
薄闇の中で、リディアは意識を取り戻した。
視界はぼやけ、体は重い。だが、その中心で剣を振るうレオンの姿だけが鮮明だった。
――まさか……レオンが聖剣士……!
リディアの脳裏に、幼い日の祖父の言葉がよみがえる。
聖剣士は人や他モンスターには弱い。だが、魔族を前にしたときだけ――
その力は三百倍に膨れ上がる。
だから……だからこそ、レオンは魔王を斬れたのだ!
「ば、馬鹿な……! 人間に……!」
アルヴァンの赤い瞳に初めて動揺の色が走る。レオンは渾身の一撃を叩き込み、互いの剣が火花を散らし続けた。冷酷な魔族の論理と、仲間を守る執念を背負った聖剣士の剣劇が、戦場を震わせていた。
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