ループ前、俺の嫁は勇者だった
@NeoX777
第1話 再び始まる運命
戦場は炎と絶叫に包まれていた。
黒煙が空を覆い、焦げた鉄と血の匂いが鼻を刺す。
勇者――エリシアは黄金の剣を握りしめ、なおも魔王へ挑んでいた。
その背は、兵たちにとって最後の希望だった。
だが――希望は無惨に散った。
漆黒の剣が彼女の胸を貫いたのだ。
「……あなた……ごめんね」
血に染まる唇が最後の言葉を紡ぎ、エリシアは崩れ落ちる。
駆け寄ったレオンは、その体を抱きしめた。
かすかに残る温もりが、心臓を締め付ける。
次の瞬間。
レオンは腰の剣を引き抜いた。震える手で柄を握り、肺が裂けるほどの叫びをあげる。
「うおおおおッ――!」
振り下ろされた漆黒の剣。
その軌跡をレオンの刃が火花を散らして受け止める。膝が軋み、腕が震える。
それでも退かず、歯を食いしばり、必死に踏みとどまった。
次の瞬間、レオンの剣筋がわずかに弧を描き、鋭く閃く。
黄金の勇者ですら突破できなかった防壁を刃が切り裂いた。
―――――ッズズズ!!!
乾いた音とともに魔王の頬をかすめる紅の線。
「……な……」
「今のを見たか!? あの“無能”のレオンが……!」
兵たちが目を見開き、魔族すらも息を呑む。群衆の胸に、わずかな希望が灯りかけた。
頬を拭った魔王は低く笑う。
「……ほう、勇者以上の剣を振るう者がいたとはな」
魔王の声に愉悦が滲む。
レオンは魔王の頬を傷つけた自分に戦慄した。
勝てるはずがない――。
冷たい現実が背骨を這い上がり、肺を締め付ける。
次の瞬間。
魔王の掌に黒炎が凝縮し、雷鳴のごとき轟音を伴って膨れ上がった。
空気が焼け、兵も魔族も息を呑む。
「ならば、試してやろう。我が“本気”を」
――――――ドドドド!!!!!!
爆裂魔法が炸裂する。光と衝撃が奔流のようにレオンを呑み込み、身体は宙を舞い石畳を激しく転がった。
焼けつく衝撃が骨の髄まで突き刺さり、視界は暗闇に閉ざされていく。
――意識が途絶える直前、冷たい鎖が四肢を絡め取った。
「捕らえよ」
魔王の声が響く。抵抗する間もなくレオンの視界は暗転した。
意識を取り戻したとき、レオンは石造りの広場にいた。
足枷と鎖に縛られ、処刑台に並べられている。
隣には国王、議員、将軍たち。彼らもまた、無力な囚人と化していた。
広場の周囲には民衆が詰めかけている。魔族たちに無理やり連れてこられた人々は、震え、すすり泣き、ただ目の前の惨劇を見せつけられていた。
「これが人間の末路だ」
魔王の宣告が轟いた。群衆から悲鳴が上がり、空気は絶望に満ちる。
勇者を失い、国の象徴までもが処刑されようとしている。
全てが終わる瞬間だった。刃が振り下ろされる。
レオンの視界が赤に染まり、群衆の悲鳴が耳を突き抜けた――その瞬間。
―――――真白な閃光。
爆ぜるような光に、世界が塗り潰される。
轟音も、血の匂いも、すべてをかき消して。
……静寂。
次に目を開けたとき、そこにあったのは――見慣れた天井。
焦げた鉄の匂いも、民衆の泣き声もない。
窓から差し込むのは、ただ穏やかな朝の光。
「……俺の部屋……?」
震える足で立ち上がり、鏡を覗く。
映っていたのは十九歳の青年ではなく、まだ幼さの残る十六歳の少年の顔だった。
「……処刑されたはず、なのに……」
胸を早鐘のように打つ心臓。
現実はあまりにも残酷なほど鮮明だった。
講堂。整列した学生たち。
冷たい空気と共に成績発表の声が響き渡る。
「――レオン・アーヴィング、総合評価、下から二番目」
講師の冷たい声が講堂に響いた瞬間、静寂がひと呼吸だけ続き――
やがて、くすくすと忍び笑いが広がった。
「また最下位争いか」
「剣も魔法も中途半端、笑えるな」
「“無能レオン”の伝説更新だ」
誰かがわざとらしくため息をつき、別の者は机を叩いて笑う。
その笑いは次第に大きくなり、講堂の空気そのものが嘲笑で満たされていった。
レオンはうつむき、拳を強く握りしめる。
笑い声が耳を裂き、冷たい視線が背中を刺す。
胸の奥で自分を責める声が響いた。
――妻を守れなかった。
――王国を救えなかった。
――結局、自分は何一つ成し遂げられない。
その時、前列に座っていた少女がすっと立ち上がった。
銀髪を高く束ね、背筋を伸ばした姿は氷柱のように凛としている。
紫の瞳は刃のように鋭く、冷ややかな光を宿していた。
この王立学院随一の天才――セラフィーナ。
将来は勇者パーティに名を連ねることになると噂される魔術師だ。
「理論だけの“机上の魔術師”、また笑わせてもらったわ、レオン」
彼女の言葉を合図にするかのように、学生たちの笑いはさらに大きくなり、嘲笑の波が講堂を揺らす。
だが――レオンは顔を上げなかった。
睨み返すこともなく、ただ拳を震わせながら唇を噛みしめている。
その姿を見て、セラフィーナの紫の瞳がわずかに揺れた。
(……睨み返さない?)
いつもなら、拙い反論でも必死に食い下がるはずの彼が――
まるで別人のように静かだった。
ほんの一瞬だけ、セラフィーナの胸に小さなざわめきが走る。
しかし彼女はすぐに冷たい仮面を取り戻し、口元にわずかな嘲笑を浮かべた。
「やはり無能ね」
学生たちの笑いが再び広がる。
その中で、レオンの沈黙だけが異質に際立っていた。
――そして、彼の胸には炎のような決意が芽生えていた。
(ここにいるみんなを二度と死なせはしない。必ず守る!)
運命の歯車は再び回り始めていた。
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