第10話 藤原あやめ

「実は――私の家系は魔力エリート家系なんです」

「え、えりーと?」

「はい。昔は魔力じゃなくて、法力とか、神通力とかもっと別の言い方をしてたみたいなんですけど」



 ガチじゃん。由緒正しい系のガチじゃん。魔力技術確立以前から魔力に関わっていた家系は大概強力な能力者が多い。魔法少女でも有名なところでいうと一条、西園寺、中御門……あとは藤原とかもそうか。……藤原?



「もしかして藤原っていうのは……」

「はい。その藤原です」



 ひょえ~~~! 名家の中の名家じゃねえか! こんな簡単にエンカウントしていい存在じゃねえだろ! 俺が知ってる時点でどれだけあやめちゃんの実家が太いのか、もういうまでもないだろう。



「そんな家だったので、家族はみんなとても優秀なんです。お父さんは魔道具の開発をしてて、お母さんもその手伝いをしてます。お姉ちゃんも魔法少女なんですけど、お姉ちゃんは私と違って何でもできて……。私はなにやってもあんまりうまくできなくて……」



 うわー苦しい。みんなができてる中で自分だけうまくやれないってのは非常にメンタルに悪い。勉強でも運動でもきつそうだけど、代々続いてる家業でうまくやれないってのは逃げ場がなくなりそうだ。



「お母さんは、あやめはあやめのペースがあるから、って言ってくれるんですけど」



 いいお母さんじゃねえか。名家って聞いて勝手に教育ママみたいなのを想像してたわ。すみませんでした。



「私はお母さんに心配してほしくないんです。私はお母さんに『ちゃんとできる子』だって思ってほしいんです」



 おいおい泣いちゃいそうだよ。俺が。お母さんより俺が先に泣いちゃうって。こんなけなげな娘がいたら信じられないくらい甘やかしちゃいそう。俺に子育ては向いてないな。



「だから……私に魔力操作を教えてくれませんか。お願いします」



 これ聞いて断れる奴いる? いたら人間じゃないよ。心が。これ全部嘘だったらもう人間信じなくていいや。当たり前だがおれはこういうのに弱い。年を取るとどんどん弱くなってくる。もう最近はよぼよぼの犬が出てくるだけで泣きそう。末期。



「……わかりました。その頼み、引き受けましょう」

「あ、ありがとうございます……!」



 あやめちゃんの満面の笑顔。まあこれ見れたしええか……。



(そんなに軽く引き受けてしまってよかったのですか)

(俺がこれ断った後に面接できると思うか?)

(いえ)

(じゃあしょうがないだろ)

(マリがいいならいいのですが)



 別に魔法少女相手に技術を隠す必要もないからな。他の魔法少女が強くなってくれるならまわりまわって俺のためにもなるし。だから正直なんもなくても教えるつもりではあった。そしたらいいカウンターパンチが飛んできてノックアウトされた。



「そうしたらいつ教えましょうか」

「い、今教えてもらうことってできたり……」

「気持ちは分かりますが、三次試験に間に合わなくなってしまいますよ」

「はっ!」


 なんだかんだいって試験時間までそれほど余裕がない。魔法学院がでかすぎるのが悪い。



「そ、それなら三次試験の後は時間ありますか?」

「わたしは大丈夫ですよ。あやめさんはどうですか?」

「17時の新幹線に間に合えば大丈夫です!」

「そうしたら面接の後に時間を取りましょうか」

「ありがとうございます!」



 話も一区切りついたところで、エビアボカドサンドの残りを食べる。冷めてもうまいのがいいところだよな。エビはあったかくても冷たくてもうまい。


 あやめちゃんもフルーツタルトに着手した。こうやってみるとカトラリーの使い方とか、確かにいいとこのお嬢様と言われたら納得する。そうやってあやめちゃんのことを見ていると、俺の視線に気づいたのかこちらをうかがうようにして手を止めた。



「わ、私の顔に何かついてますか?」

「いや、美味しそうに食べるなあと思って」

「え、えへへ……」



 いまここに究極カワイイ生命体が誕生した。シロに言わせれば究極カワイイ生命体アルティメット・カワイイ・モンスターってとこか? モンスターはないか。なんかいい感じのないかな。


 そんなことを考えているうちに、あやめちゃんも食べ終わった。ドリンクはまあテイクアウトしてもいいし、そろそろ店を出るか。さもないと遅刻の可能性がある。




 ◇◆◇




 カフェから出た瞬間、むわっとした熱気が体を包む。今まで冷房にあたっていたから急に暑く感じる。これから夏が来るってマジ? 俺は今年の夏を乗り越えられるのか? こっから教室まで結構あるんだよな。ちょっと憂鬱。


 歩きながらあやめちゃんと三次試験について話す。



「三次試験の面接ですが、いったいどんなことを聞かれるのでしょう」



 俺はな~んも知らねえけど、あやめちゃんは何か知ってるんじゃないか?



「わたしもよく知らなくて……そもそもこういう試験で面接って珍しいですよね」

「言われてみればそうですね」



 確かに。車の免許とか面接いらないしな。面接の結果で合否を操作できるのであれば、それって不平等な気がしてしまうわ。数分の面接で人間性なんてわかるわけないしな。むしろヤバいやつほど上っ面を取り繕うのがうまいっていうし。



「な、なんかどんどん緊張してきました……なに聞かれるんだろう……」

「大丈夫です。何を聞かれても堂々としていればいいんですよ」

「わ、私は麻里さんみたいな実力がないので……」

「実力はそうかもしれません。でも、これまでがんばってきたのでしょう?」

「そ、それは、そうかもしれません……」

「今までがんばってきた自分のためにも、自信をもってください」

「麻里さん……!」



 こんなに偉そうなことを言ってるけど俺も面接は苦手だ。ただ、自分よりテンパっている人がいると逆に落ち着くっていうあの現象が今起こっている。ほら、お化け屋敷とかで自分より怖がっている人がいると冷静になれるっていうだろ?ああいう感じ。


 それに、あやめちゃんの前ではかっこいいままでいたい。頼りにされたい。妹の前でダサい姿見せられないだろ? あやめちゃんは俺の妹じゃないって? 何を言ってるんだ全く。こんなにかわいいのに。




 ◇◆◇




 あやめちゃんを励ましつつ歩いていたら、気づけばもう教室の前まで来ていた。あとで集合しようと連絡先を交換して、それぞれの席に着き試験官が教室に入ってくるのを待つ。


 暇だな。カフェオレの残りをちびちび飲む。うーん。どうにも周りの視線がすごいな。気づかれないようにしているつもりかもしれないが、見られてる側からしたら案外わかりやすいもんなんだよな。


 あやめちゃんみたいな美少女とデートしちゃったから、俺のことがうらやましいのは分かる。でも、これはしょうがないんだ。俺と君たちではモテパワーが違う。自分を磨き直してから、もう一度挑んできたまえ。


 ガラガラガラッ。教室の前方のドアが開く。午前とおなじ坊主の試験官だ。



「これより三次試験の説明をします。三次試験は面接です。これから一人ずつ受験番号を呼ばれますので、呼ばれた方は荷物をもって私の案内にしたがって移動してください。試験が終わり次第そのまま帰宅していただいて構いません。試験結果は後日郵送またはWebサイトでご確認いただけます」


 郵送って俺住所いつ登録したっけ。……あの受験票か! 最後帰るときに受付に渡せばいいのかな?受験番号どっかにメモっとこう。覚えている自信がない。



「それでは受験番号B001の方は移動してください」



 あやめちゃんが立ち上がる。教室を出るときにこっちを見て小さく手を振ってくれた。こっちも小さめに手を振る。癒しだ……。ほっこりした気分になるな。



「ねえ」



 急に話しかけてきたのは黒のシャツワンピースを着た女性。アラサーくらいかな? 全体にスッキリした印象だ。



「あなたに聞きたいことがあるんだけど」

「なんですか?」

「どうやって藤原の出来損ないにすり寄ったの?」

「は?」

「ねえ教えてちょうだい? 悪いようにはしないわよ」



 なに言ってんだこのオバサン。あやめちゃんが? 見る目がないのか?



「さすがにタダってわけにもいかないわよね? お金? いくらほしいの? あと実技試験の時のカラクリをを教えなさいよ。どうせ何かズルしてるんでしょ?」



 あー俺コイツダメだ。気色悪い。どうしようかな。



(マリ。人に向けてビームを打つなら屋外がいいですよ)

(シロはこういう時ストッパーになってくれよ)

(私も少なからず不愉快です)

(ま、穏便に済ませるよ)



「お金はいらないですし、あなたに言うこともありません」

「は? なに生意気言ってんの?」

「生意気か知らないですけど、あなた下品ですよ」

「こっちが下手に出てればこのガキ……!」


 そういって胸倉をつかんでくる。いやお前全然最初から下手に出てなかっただろ。ただ事ではない空気を察して、教室内が騒然とする。まあこんな喧嘩生で見れることなかなかないしな。


 女が胸倉をより強くつかむ。先に手を出したのはお前だからな? 恨むなよ? 別に死ななきゃ穏便の範囲内だよな? よーし。


 女の手に自分の手を添え、頭に届くように魔力を流し込む。女が自身の異変に気付いて離れようとしたがもう遅い。俺の魔力をまともにくらえば思考することすらできなくなる。教科書的に言うなら、これが俺の固有魔法。マリちゃんビームは出力がぶっ飛んでるだけでこれの応用だ。


 女はとろんとした目になり、完全な放心状態になった。胸倉を握る手からどんどん力が抜けていく。やがてまともに立つこともできなくなり、地面にへたり込んだ。はたから見たら、女が急に倒れたように見えただろう。


 そんな女を椅子に座らせてやり、自分の席に戻った。こちらを見ていた人たちに、なんでもないですよ、と笑顔を向けると全員に目を背けられた。コワクナイヨー。ワルイマホウショウジョジャナイヨー。

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