吉山と加賀・五

「……ま、吉山、おい吉山」

「あ? ああ、すまん。少しぼーっとしていた」


 加賀のよく通る声に、意識を呼び戻される。そんな私に、加賀は苦笑を向けていた。


「疲れているみたいだな」

「そんなことないさ。今日も暇そのもので、いつもと同じだ」


 私の言葉に対し、加賀が小さく息をつく。


「そのわりには、おまえの病院から紹介される患者がずいぶんと増えているんだが」


 加賀の言うとおりだった。まるでコピーのような紹介状を何枚も書くという行為を毎日繰り返している私は、感覚が麻痺してきている。しかしそれに父子で対応してくれている加賀が、異常事態と感じないわけがない。


「紹介状の内容が全部同じなんだが、どうした?」

「それが分かっていれば、今頃紹介なんてしてないさ」


 ため息をつくと、私は椅子の背もたれに背中を預けた。ついでに大きく伸びをする。

 あちこちの病院にひたすら紹介状を書いて患者を放り投げているが、どこの病院からも患者や私を救ってくれるような答えは返ってはこなかった。


「加賀。うちから行った患者、そっちでなにか言っていたか?」

「いいや、なにも」


 私の問いに、加賀が小さく首を振る。


「問診でも紹介状と同じ話しか出てこないし、検査しても異常なし。まあ変わったことといえば……」


 加賀が言い淀む。そんな彼の様子に、私は体を起こした。


「なんだ? なにかあったのか?」

「いや、その、なんだ」


 いつも物をはっきり言う加賀にしては珍しく、悩んでいるようだ。だが言いかけてしまったからには、隠しようもないと腹をくくったのだろう。僅かな沈黙を挟んで、加賀は再び口を開いた。


「俺も最近な、黒いもやっとしたものが見えるんだ」


 加賀のその言葉に、私は鳩尾のあたりがすうっと冷えるのを感じた。


「おまえのところから同じ症状の患者ばかり回されてくるから、俺にもうつったのかもな」


 冗談めかしていると示すように、加賀が笑う。

 爽やかな笑顔を浮かべる加賀の話を、私はとてもではないが冗談とは受け取れなかった。

 私に起きている異変は、患者に、森田たち検査室のスタッフに、どんどん広がりを見せている。

 私が患者を回し続けたせいで、加賀もその渦に巻き込んでしまったのではないか。

 その可能性を、捨てきれなかった。

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