第25話:先生、これが欲しかったの
百合川典子演じる手取川瑠衣は、泣いていた。
か細い肩は小刻みに震え、助川の掌中でなすがままにされている。その姿は、抵抗する気力さえ奪われた、哀れな子羊そのものだった。
助川は、獲物のその無力な反応に、鳥肌が立つほどの愉悦を深めているに違いない。彼の指は、すでにスカートの内側にまで潜り込み、ストッキング越しに、柔らかな太ももの内側を執拗に撫で回していた。
だが、いたいけな女子高校生の瞳の奥で、冷徹な計算が進んでいることを、彼は知る由もなかった。
──素材は、すっかり油断している。
典子は、涙を流しながら、分析していた。
彼の指の動き、呼吸の速さ、背中に伝わる筋肉の強張り。その全てが、彼の興奮度を示すデータとして、インプットされていく。
このまま、弄ばれるだけでは意味がない。「実験」を成立させるには、彼が理性のタガを外し、暴走させるだけの刺激を与える必要がある。
揺れる車内で、典子は、わざと姿勢を崩した。
一瞬、身体をよろめかせるようにして、助川の指が最も届きやすい位置へと自ら腰をずらした。
それは、恐怖に怯える少女が、無意識に逃げ場を求めて身じろぎしたようにしか見えなかっただろう。
その動きによって、彼の指はこれまで以上に深く、女性の器官の間近へと導かれた。
「……ふう」
助川の息を呑む気配が、背中越しに伝わってくる。好機。
電車が、ガタン、と大きく音を立てて鉄橋を渡る。その騒音に紛れさせて、典子は、か細く震える声で、彼の耳元に囁いた。
「……あの……もしかして……助川、先生……?」
その言葉は、爆弾だった。
典子の背中に触れていた助川の身体が、瞬間冷凍されたように固まったのが、はっきりとわかった。
彼の指の動きも、ぴたりと止まった。鉄を思わせる男の冷や汗の匂いが感じられた。
当然の反応だ。
顔の見えない匿名性に隠れての犯行が、破綻したことへの、痴漢の恐怖。
しかし、この「素材」はただの痴漢ではない。彼は、社会的地位のある「先生」様であり、その禁忌を犯すことに興奮を見出す倒錯者だろう。
恐怖と興奮は、コインの裏表。典子は、賭けに出た。
彼女は、さらに震える声で、演技を続ける。
「ご、ごめんなさい……。……人違い、じゃないですよね……? 塾で……姉がお世話に……」
姉。塾。先生。
これらの日常の言葉は、この男の性的興奮を刺激するための伏線だった。
──そう。肉体だけじゃない。こいつは「情報」を味わいたいんだ。高校生の姉妹、塾の生徒、禁断の響き……。そういう記号ごと、あたしを貪りたいんだ。
彼は、典子演じる女子高校生の名札に視線を向けた。『手取川瑠衣』の名前を見ている。そして脳内で検索していることだろう。「手取川さん」という女子生徒を。もちろん、そんな名前の日本人などいない。適当に捏造した名前だ。
ここで、腰をさらに動かした。
屈辱と憎悪に染まっていた赤い顔は、まだそのままだった。目を細めて、小さく息を吐く。
トリガー。
彼の止まっていた指が、今度は、密室で愛人を弄ぶように動き始めた。
さっきまでの手慣れた動きではない。恐怖を振り払うかのように、ただ欲望のままに、典子の身体を貪ろうとする、獣の動きだった。
──かかった。
典子は、内なるlilyの笑みを感じていた。
彼の指は、ストッキングの薄い生地を突き破らんばかりの勢いで、湿り始めた割れ目をこすり上げてくる。それと同時に、典子の尻に硬く熱くなった彼の楔が、力強く押し付けられた。
「せんせ……っ、や……ぁ……」
典子は、とても小さな声で甘く喘いだ。
それは、もはや演技ではない。
彼の剥き出しの狂気に、生理的な恐怖と、未知の興奮が混じり合った本物の声だった。
この変態は、もう止まらないはずだ。
典子は、最後の仕上げにかかった。
硬直していた腕を、ゆっくりと後ろに回していく。そして彼のズボンの上から、熱く猛る楔を、おずおずと、その手でそっと握った。
「……っぅ……!」
助川の身体が、跳ねた。
まさか、被害者である女子高生の方から、触れてくるとは予想しなかっただろう。人間には加害者と被害者の関係だった人間が、「合意」を確信を交わしてあって、共犯者同士へと変じることがある。
それを演じた。
あとは、もう、時間の問題だった。
典子の手の中で、彼の楔は限界まで膨れ上がっていく。
「教えて……ください……先生……」
そう囁いたのが、合図だった。
そう囁いて、彼のジッパーを下ろして、その中に手を入れていく。人知れずその手で粘液に塗れた彼のものを力強く刺激していく。彼はもう手を動かさず、こちらの顔をじっと見つめながら、汗ばんでいる。
──あ〜あ。こんなことのできる女子高校生なんているわけないよぉ。
数秒後、典子の背中に、彼の全身が痙攣する感覚が伝わってきた。そして、彼女の手と制服のスカートに、生温かい奔流が飛び散った。
その体臭で、事態が発覚してもいい。どうにでもなれ。目的は、達成された。
アナウンスが、間もなく次の駅に到着することを告げる。
助川は、ゆっくりと身を離し、何事もなかったかのように、人混みをかき分けてドアの前へと移動した。
駅に着いた。
大勢の客がわらわらとホームに流れていく。助川も典子もバラバラになって、互いの場所がわからなくなった。
典子は、そのまま最も近い女性用トイレに向かった。個室に入り、スカートに付着した決定的な「証拠」を確認した。まだぬるりとしている。学生鞄の中からビニール袋を取り出し、裏返してその部分を拭き取っていく。
典子はビニール袋を閉めると、自分の手の匂いを嗅いだあと、アイドルみたいな口調で「先生、これが欲しかったの」と言って、ちょっと笑った。
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