第17話 第二皇女のシナリオはトラウマです



 魔法学園でルネから色々教わった後、そろそろ俺の昇級の話もまとまったかと思って冒険者ギルドを訪れました。

 すると、受付の女性が俺を見るや否や奥の部屋まで案内してきたのです。


 そこで待っていたのは褐色の肌と銀色の長い髪が印象的なダークエルフの美女でした。

 やたら露出の激しい格好をしており、うっすらと腹筋が割れています。

 よく見ると身体の至るところに生傷があり、彼女が歴戦の戦士であることは素人の俺でも分かるくらいでした。



「初めましてだな、『瞬滅導士クイックブレイカー』ミナト」


「……気になることもあるが、その前に貴女きじょは?」


「オレは冒険者ギルドマギルーク王国王都支部支部長のフォウだ。まあ、座れ。話がある」



 ソファーでふんぞり返っているこの美女が、王都の冒険者ギルドで一番偉い人だったようです。

 俺はフォウに促されるまま、彼女の対面にあるソファーに腰掛けました。



「先日の一件、ゴブリンエンペラー討伐の功績は正式に貴様のものとして認められた。これは特別報酬だ」


「これは……」


「ゴブリンエンペラーの巣穴にあったマジックアイテムのネックレスだ。筋力を向上させる効果があるらしい」


「……ふむ」



 俺は少し驚きました。

 フォウがテーブルに置いたネックレスは、ゲームに登場したゴブリンエンペラーがドロップするネックレスと瓜二つだったのです。

 やはり村を襲っていたゴブリンエンペラーは主人公が覚醒イベントで戦う個体だったのでしょう。


 この『ゴブリンネックレス』は序盤で手に入る都合上、主人公専用装備やネームドキャラ専用装備よりも性能は劣ります。

 しかし、身に付けるだけでステータスを向上させる貴重なマジックアイテムです。


 その時、俺は閃きました。


 こういうアイテムを搔き集めて碧や沙織に装備させたら、彼女たちの安全をより確実なものにできるのではないか、と。

 我ながら素晴らしいアイデアです。

 今後は冒険者ギルドで溜まっているクエストを消化しつつ、ゲーム知識を頼りに強力なマジックアイテムを収集してもいいかもしれません。


 ゴブリンネックレスを受け取ると、フォウは続けて言いました。



「それから等級の件だが、冒険者ギルド本部の決定を伝える。――貴様は今日から五級冒険者だ」


「……そうか、了解した」


「なんだ、もっと喜ぶかと思ったんだがな。言っておくが、超破格の待遇なのだぞ?」


「礼は言うが、別に等級を上げるために冒険者になったわけではない」



 俺が冒険者になったのは碧と沙織がこちらの世界に来た時、トラブルが起きても冒険者ギルドが味方してくれるようにするためです。

 等級は二の次です。

 とはいえ、等級が高い方に冒険者ギルドが味方するなら等級上げに集中しますが……。


 フォウが「ふっ」と笑いました。



「報告で聞いている。貴様は人助けのために冒険者になったと。感心したぞ、今時殊勝な冒険者がいるものだと」


「そうか」


「貴様に感化されてか、冒険者たちも内容を選ばずクエストを受けるようになってな」



 先日のゴブリン退治以来、一部の冒険者たちが定期的に溜まっているクエストに手を出すようになったそうです。

 悩みの種であった誰も受けないクエスト――通称、塩漬けクエストが少しずつ減っていて冒険者ギルドも助かっているとか。



「さて、連絡は以上だが」


「……まだ何かあるのか?」


「貴様に指名依頼だ、『瞬滅導士』ミナト」


「内容を聞く前に、その、なんだ。『瞬滅導士』というのは……」


「ん? ああ、貴様の二つ名だ」



 二つ名というのは、有名な冒険者なら持っている通り名です。

 ガルフにも『かち割り斧』という二つ名がありましたね。

 普通は一級冒険者や二級冒険者のような、実績と実力のある冒険者に自然と送られるものなのですが……。



「その、なんというか。むず痒くなるな」


「オレはカッコイイと思うぞ。というかオレが考えた」


「……そうか」



 どうもフォウは前世の中学生の頃の俺に近い感性を持っているようです。



「話を戻すぞ。貴様に指名依頼だ」


「指名依頼、か。たしか依頼主が冒険者を指名して依頼するクエストだったな」


「受けるかどうかは冒険者次第だがな。当然、達成すれば実績として認められるし、報酬も通常に比べて少し割高だ」


「……内容は?」


「ある人物の護衛だ。それ以上は言えん。支部長として言わせてもらうなら、今回の依頼は断ってほしくない。人助けだと思って引き受けてくれ」



 支部長として、ですか。

 つまり、冒険者ギルドにある程度の出資をしている人物が依頼主なのでしょうか。

 引き受けたら実績になる上、冒険者ギルドからの印象がよくなるなら断る理由はありません。



「いいだろう。引き受けた」


「そう言ってくれると思ったぞ!! さて、依頼内容を話す前に今回貴様と共に仕事をする仲間を紹介しよう」


「……もう一人いるのか」


「護衛対象が女性だからな。護衛が男だけでは不都合もある」



 納得ですね。


 フォウが一旦席を外すと、一人の少女を連れて戻ってきました。

 この辺りでは珍しい黒髪をシニヨンヘアーにした、月のような黄金の瞳の美少女です。

 チーパオ――俗に言うチャイナ服を着ており、スリット部分から健康的な太ももがちらっと見えています。

 この場に沙織がいたら、きっとテンションマックスだったでしょう。



「ワタシ、ユエ。好きなものはイケメンと権力、あと金ネ。ちなみに三級冒険者、お前の上。よろしくネ」


「よろしくする物言いではないと思うが。……五級冒険者、『瞬滅導士』のミナトだ」


「五級冒険者のくせに二つ名あるとか生意気ネ」


「まあ、見ての通り顔のよさよりも苛立ちが若干勝るが、実力はたしかだ。ユエとミナト、二人で護衛をしてもらう」


「了解した」



 一度引き受けると言ってしまった以上、断ることはできません。

 俺はユエと握手を交わし、フォウから詳しい依頼の内容を聞くことにしました。



「護衛対象は隣国、シルベリアン帝国の第二皇女殿下だ。ジオルグ王子の婚約者を決めるパーティーに参加するため、王国に来訪する予定でな」


「ぶふっ」


「ん? どうした、ミナト?」



 まさかのまさか、国王が言っていた隣国の皇女の護衛を俺がする羽目になろうとは。


 いや、だがしかし、です。



「皇族の護衛は普通、帝国に仕える騎士や兵士がするものではないのか?」


「まあ、訳ありでな。帝国は秘匿しているようだが、第二皇女は呪い子らしい」


「……呪い子、か」



 ゲームにも出てくる単語ですね。

 そもそも『ファイナルストーリーズ』は主人公が仲間と共に世界各地で起こる数多の災いを解決していく物語です。

 その災いの中でも結構えぐいシナリオをしているのが『呪い子』関連のストーリーでしょう。

 『呪い子』というのは、制御できない強大な力を持って生まれた子供のことを指し、その大概が悲惨な末路を迎えます。


 あ、思い出しました。

 シルベリアン帝国の第二皇女と言えば『呪い子』の中でも特に悲惨な死に方をするキャラです。

 あまりにも可哀想すぎて多くのプレイヤーにトラウマを与え、かくいう俺も今の今まで記憶の隅に追いやっていた程です。



「たしか『大切なものに触れると石に変えてしまう呪い』だったな」



 第二皇女はその呪いで母や侍女、友人を石に変えてしまうのです。

 それ以来第二皇女は誰にも心を開かなくなり、周囲から腫れ物扱いを受けるようになります。


 主人公とその仲間たちは第二皇女の呪いを解くために奮闘し、最後には呪いを解いてハッピーエンド。

 母や侍女、友人も人間に戻ることができて、ようやく第二皇女が自分自身を好きになって終わり――だとよかったのですが。

 実は消えていなかった呪いが皇女自身に作用し、皇女を石に変えて終わります。


 すわハッピーエンドかと思わせて、最後にトンでもないバッドエンドが隠れていたのです。

 初見プレイ時はコントローラーをディスプレイに投げつけそうになりました。


 フォウが感心したように頷きます。



「なんだ、知っていたのか。知っているのは極一部のはずだが」


「ああ、まあ、伝手があってな」


「ほう、情報にも精通しているのか。五級になったばかりだが、意外と早く等級が上がるかもしれんな」



 しかし、そうなるとシルベリアン帝国の皇帝は何を思って呪い子の第二皇女を俺の婚約者にしようとしているのかが分かりません。

 俺が強大な力を得たことを知ってマギルーク王国に独占されるくらいなら亡き者にしてしまおうと考えた、とかでしょうか。



「そういうわけで、誰も第二皇女の護衛をしたがらないらしい」


「……腫れ物扱い、か」


「そうだな。まあ、そのお陰でこうして冒険者ギルドに依頼が回ってきたのだが」


「なるほど」



 少し第二皇女に同情します。


 魔力がないという生まれ持った体質で、俺も周囲から見下されて育ちましたから。

 まあ、同情したからと言って呪い子の呪いをどうこうしてやることは俺にはできませんが。



「分かった。すぐ帝国に行く準備をしよう。まあ、転移魔法で移動は一瞬だが」



 とはいえ、俺はシルベリアン帝国を訪れたことは一度もありません。

 誰か帝国に行ったことがある人物の記憶を読み取らねばならないでしょう。


 ……そういえば、ちょうど魔法学園の特級クラスにはシルベリアン帝国出身の性悪美少年がいましたね。都合がよくて助かります。

 


「転移魔法? そんな高度な魔法を使えるのか?」


「ん? ギルドに提出した報告書に書いたはずだが?」


「……ちょっと待ってくれ」



 フォウは急にソファーから立ち上がり、ガサゴソと机の引き出しを漁り始めました。


 しばらくしてフォウが机に突っ伏します。



「オ、オレとしたことが報告書を見落としていたとは!!」


「確認ミスか」


「強大な攻撃魔法に加えて転移魔法まで使えるとなると三級、いや、二級が妥当になるのか? くっ、上層部に再報告しなくては……やはり適当に判子を押すものではないな!!」


「それは、自業自得だな。俺はこのままでも構わんぞ」


「ダメだ!! 隠蔽がバレたらオレの進退に響く!! と、とにかく、報告書を書き直さなくては!!」



 冒険者ギルドの支部長といっても、大きな組織の歯車ということでしょうか。

 フォウは冷や汗を流しながら書類の作成に取りかかりました。



「転移魔法なら、道中の護衛もクソもないネ。ワタシへの依頼はどうなるヨ?」


「……まあ、一度依頼してしまったものは取り消せん。ミナトと共に第二皇女を迎えに行って、戻ってくるだけでいい。それで報酬を支払おう」


「ヒャッホゥ、楽な仕事ネ!!」



 こうして俺はシルベリアン帝国の第二皇女をマギルーク王国まで連れてくる依頼を受けたのです。



「呪い子、か」


「ディアベル? どうしました?」


「……いや、何でもない。過去のことだ」



 ただ一匹、ディアベルは呪い子と聞いてどこか複雑そうな面持ちを浮かべるのでした。







―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

ユエ

三級冒険者。イケメンと権力と金が好き。胸はリンゴと同じくらいに見えるが、少し盛っているので実はミカンくらい。もし理想の相手が見つからなかった時に備え、孤児院を開いて将来イケメンになりそうな少年を集めて世話をしている。元々は二級冒険者だったが、彼女持ちの冒険者に手を出して修羅場った結果、降格された。


ユエが思ったよりやべー奴、と思ったら★★★ください。


「瞬滅導士で背中が痒くなった」「チャイナ服美少女最高!!」「この作品ロクな人間いないな」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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