第7話 死にゲー廃人、強敵と決着をつける
彷徨う騎士の剣が再び閃く。
縦、横、斜め。その次の攻撃パターンが、気まぐれに組み替えられ、変則的な連撃となって襲いかかる。
「っ! あっぶねぇ!」
死が肌をなぞる。
一撃ごとに、確実に死が俺を追い詰めてくる。
だが、その緊張感がたまらない。
剣を振り上げる直前の肩の揺れ。足をわずかにひねった角度。仮面の奥に潜む殺意。
それらすべてが俺にとっては生き残るためのデータだ。
(このモーションは横薙ぎから突きに派生する……ッ!)
飛び退いた瞬間、地面を抉る突きが迫る。
紙一重。視界が白く飛び、頬に焼け付く熱風。
「ははははっ! やばすぎる! この臨場感たまらねぇな!」
体が自然に動く。
俺が先に思考するよりも先に、死にゲーで積み重ねた経験が勝手に答えを出してくれる。
時にはわざと足を止め、わずかに遅れて避ける。
刃が鼻先を掠める瞬間、心臓が跳ねる。
その死の感覚こそが、俺の全身を震わせる快感だった。
(来るぞ、三連撃……最後に縦斬りだ!)
その通りに剣が振り下ろされる。
俺はわずかに腰を落とし、木の棒を薙ぎ払った。
【カウンター成功!】
また一撃。
これで与えたカウンターは五発。
彷徨う騎士のHPを五パーセント削ったということだ。
「よしっ! 一発入った! このまま一発一発を積み重ねるだけ!」
彷徨う騎士は怯まない。
むしろ怒ったように動きが速くなる。
だが、それすらも俺を歓喜させる。
「もっと見せてくれ!」
その後も、彷徨う騎士は攻撃のパターンを無限に変えてきた。
縦斬りに見せかけて途中で止めるフェイント。
突きの直前にステップを挟む崩し。
今までの死にゲーでは攻撃モーションに限らずパターンも固定されていたため、これほど手に汗握る戦闘は初見でしか味わえなかった。
それがエクリプスでは今だけに限らず、今後も味わえる。
(決め動作は固定。派生はランダム。だがそれも――)
俺は口角をつり上げて木の棒を振り上げる。
「読み切れる!」
死を避け、隙を突く。それを延々と繰り返す。
単純作業に見えて、一瞬でも気を抜けば命を狩り取られる戦闘。
まるで現実と変わらないこの緊張感。
「まさかMMOがこんなに面白いなんてなぁ!」
その後も俺は彷徨い騎士と命のやり取りを続ける。
時間の感覚は、とうに狂っていた。
彷徨う騎士の剣戟は瞬く星のように連続している。
避け、避け、受け流し、カウンターを差し込む。
それだけの単純な反復のはずなのに、徐々に息が荒れていく。
だが、俺の目は冴え渡っていく一方だった。
(攻撃の起点は肩と足……視線はブラフだ。なら、次は――)
横薙ぎ。突き。縦斬り。
その連携は何百、何千と繰り返され、俺はそのすべてをいなし続ける。
モーションが途切れるたび、木の棒を叩き込む。
数ドット分のHPが削れるだけ。それでも積み重ねは確実に彷徨い騎士を追い詰めていた。
避け損ねれば一撃で即死。緊張の糸は限界を超えて張り詰め続けている。
「っしゃあ……! 来いよ!」
俺は笑みを漏らす。
まともじゃないのは分かってる。
普通のプレイヤーなら一分と持たないだろう。
けど俺にとってはこの命のやり取りこそが至福の時間だった。
◆
二時間を超えた頃には、周囲に観戦している他プレイヤーが集まり始めていた。
始めたばかりの初心者もいれば、次の街へ行こうとした10レベルを超えるプレイヤー、中には彷徨う騎士を狙う25レベル以上のプレイヤーもいる。
誰もが口を開け、信じられないといった目で俺と彷徨い騎士の死闘を眺めている。
「上裸の変態が木の棒だけで彷徨う騎士と戦ってるとか意味がわからないんですけど!?」
「最初は恒例の調子乗った初心者かと思ったけど、かれこれ一時間半以上続いてるんだよなぁ」
「上手すぎる……被弾ゼロまじか。プロレベルだぞあの動き」
「ってか攻撃が発生する前から動いてるよな? チーターだろあんなの」
「いや、チーターならあの近くにいる案内役AIが反応するはずだ。あの一周年特典は新規プレイヤーのチートの検出も担ってるからな」
そんな声も耳に入らない。
集中している俺にとってそんなノイズは勝手に遮断される。
(縦斬りの後は必ず横の変化……フェイントも見切った。次は突きが来る!)
ギリギリで剣先を外し、木の棒を叩き込む。
【カウンター成功!】
既に九十発以上叩き込んだだろうか。残りの敵の体力は僅か。
死にゲーならそろそろパターンに変化が起きる頃合いなんだが、などと考えていると……
「オオオオォォ!」
彷徨う騎士が初めて雄たけびを上げる。
どうやら俺の推測は正しかったようだ。
「ラストスパートだ!」
常人なら逃げ出す地獄を、俺は歓喜と共に迎え入れる。
「フンッ!!」
「……っ!?」
俺は間一髪、体をよじって彷徨う騎士の大剣を避ける。
モーション自体は変わらないが、一気に彷徨う騎士の攻撃速度が跳ね上がった。
先ほどと同じように反応していれば今の攻撃で死んでいた。
こんな化け物じみたモンスターが最初のエリアに存在していいわけがないだろ、なんてツッコミは今は置いておく。
けれど俺の脳は沸騰するほど回転していた。
死にゲーで一万時間以上も積み重ねた「死を避ける経験」が、すべてこの瞬間のためにあったかのように。
「おらっ!」
「……グッ!?」
【カウンター成功!】
残り二発。
二時間の死闘の果て、俺の息は荒く、脚は鉛のように重い。
それでも意識ははっきりしている。
「終わらせる……!」
彷徨う騎士が踏み込む。
速い。先ほどまでとは段違いの加速。フェイントも交えた乱撃。
縦斬りと見せて途中で止め、刃を逆手に返して斜めに振るう。
最後のあがきとして見せる初見殺しの一撃だろう。
だが、俺には見えていた。
(肩の筋肉の動きが止まった……次は逆手だ!)
腰を捻って紙一重で回避し、木の棒を叩き込む。
【カウンター成功!】
HPが削れる。残り一発。
観戦者たちが息を呑む声が、遠くで聞こえた気がした。
「あれを避けるのかよ! 20レベルのプレイヤーでも避けられない初見殺しの技だぞ!?」
「あいつ、何者なんだよ!」
「頑張れー! あともうちょっとだぞ!」
そんな雑音は届かない。
俺はただ、目の前の殺意だけを見つめる。
「オオオオオォォォッ!」
雄叫びと共に、彷徨う騎士が剣を振り上げた。
三連撃。何百回と見たコンボ攻撃。
だが速度も重みも、最初の頃とは比べ物にならない。
「見えてんだよその動きは!」
一撃目、縦斬り。
腰を低くしてかわす。頬に風圧が走る。
二撃目、横薙ぎ。
後ろへ跳ぶ。刃が胸元をかすめ、心臓が跳ねる。
そして三撃目、縦斬り。
その振り下ろしこそが、一番後隙の多い俺が待ち続けていた動作。
「――ここだ!」
俺は体をねじって避けるのと同時に大きく一歩を踏みこみ、彷徨う騎士に肉薄する。
同時に全身の力を込めて、木の棒を振り上げる。
「これで終わりだああぁ!」
彷徨う騎士の仮面にめがけて勢いよく振り下ろした。
「グハッ!!」
【カウンター成功!】
木の棒が彷徨う騎士の顔面に直撃する。
次の瞬間には鎧が裂け、光の粒子が奔流のように吹き上がって、彷徨う騎士の姿が消失した。
「はぁはぁ、終わったのか……?」
俺がそんな言葉を漏らした瞬間、目の前に新たなログが表示される。
【討伐成功!】
【報酬:
「よっしゃああああああ!」
「ほ、本当に彷徨う騎士を倒しちゃったにゃ……」
「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉ!」」」「
俺は両腕を上げて歓喜の雄たけびを上げた。
周囲からミーミの声や他のプレイヤーたちの歓声が聞こえる。
だがそんなことはどうでもいい。
「これだよこれ……この感覚!」
胸の奥が焼け付くように熱い。
二時間以上、たった一本の木の棒で死をかわし続け、ついに勝利を掴んだという事実が、信じられないほどの充足感となって全身を駆け巡る。
たった一体。されど一体。
足が震えている。
疲労で立っていられないのに、脳は覚醒して眠気の欠片もない。
心臓がまだ戦闘のテンポを刻み続け、呼吸すら追いつかない。
だがその不安定ささえも、甘美な余韻として胸に刻まれていく。
(……これだ。これが俺が求めてたものだ!)
死を背負い、限界を踏み越え、ただ一人で勝利を掴む。
脳裏には過去の死にゲーの記憶がよぎった。
数百回も繰り返し挑んで、ようやく倒した強敵たち。
クリアの瞬間に泣きそうになるほど震えたあの達成感。
そのすべてが、このエクリプス・リンクで再現されている。
「やばいな、エクリプス。こんなの、廃人まっしぐらじゃないか……」
今戦い終わったのに、またすぐに戦闘を渇望している自分がいた。
そんな自分自身に苦笑を漏らしてしまう。
「いやぁ、エクリプスを勧めてくれた志穂には感謝しないとな」
志穂にはまだエクリプスを始めたことは言っていない。
明日、学校で会った時にでも感謝を伝えよう。
それよりも今は、アレが気になって仕方ない。
「じゃ、早速、報酬確認してみますかぁ!」
◆
そんなナギと彷徨う騎士による死闘を見ていたプレイヤーたちは、彼の偉業に興奮を隠しきれていなかった。
「マジか……本当に勝っちゃったよ」
「何レベなんだろ? あの装備だと本物の初心者に見えるけど……ってか今更だけどなんで上裸?」
「流石に初心者装備の高レベルプレイヤーとかじゃないのか?」
「それならもうちょっとDPS(火力)出るでしょ」
「でも明らかに初心者の動きじゃなくない?」
プレイヤーたちは自分たちの目的すら忘れてナギの戦闘について語り合う。
「俺たちだけじゃ何も断定できないな。上級者の人たちの意見も聞いてみたいけど、そんなプレイヤーがこんな初心者のステージにいるわけないし……」
「そういや動画撮ってる奴いなかったか?」
「あ、一応途中からだけど一時間ぐらいは撮ってるぞ」
すると一人の男性プレイヤーが思いついたかのように口にした。
「それなら掲示板に上げてくれよ。そうすれば上級者たちの意見も聞けるし、めちゃくちゃ話題になりそうじゃね?」
「確かに!」
この時のナギはMMOというものを理解していなかった。
だからこそ自分の戦闘シーンがいつの間にか掲示板に上げられているなど想像すらしていなかった。
ましてやこれまでソロゲーである死にゲーばかりしていたナギがその影響力の恐ろしさなど知る由もなかったのだ。
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