平凡な俺が不相応にもお姫様に恋をしてしまった
長月将
1章 目覚め
第1話 プロローグ いつも通りの朝
ガートランド国、王都ガルバディア。
夜の闇が世界を暗く沈めていき、辺りを宵闇の静寂に落としていく。
そんな中、俺は危機的状況に陥っていた。
まさか、こんなことになるとは思わなかった。
「死ね」
男の冷酷な声が静寂の中こだまし、そして俺に向けて手がかざされた。
男の手から魔法が放たれる。まるで太い線のような光が、真っ直ぐ俺の胸へと向かい、そして貫いた。
「ぐふっ!?」
その瞬間俺の口から血が噴き出る。胸が、肺が、心臓に激痛が走る。
痛い痛い痛い痛いっ!?
胸を見る。そこには大きな穴が開いていた。
その光景に頭の処理が追い付かない。何が起きているのかが理解できない。
バタンと地面にうつ伏せに倒れる。
俺の手は、足は、体が動かない。ピクリともしない。
「くそっ! 魔人族じゃないのに! 人間族なのに! 殺しちまった!」
男のまるで後悔を滲ませた言葉が耳に入る。
やがて男が駆け出す音が聞こえる。
そして俺の前から誰の存在も無くなった。
なんでこうなったんだっけ?
そうだ、誰かを助けたからこうなったんだ。
あの子は無事に逃げられたのかな?
女の子を心配する俺に、ふと最後まで自分がお人よしだったことに苦笑する。
身体がどんどんと冷たくなってくるのが分かる。手足の、末端の感覚がもうない。
視界が霞む。辺りがぼんやりと見えなくなってきた。
あぁ、俺、もうすぐで死ぬんだろうな……。
確実に訪れるであろう死に、怖い感覚はあった。嫌だ、死にたくない、という思いはあった。
だけど諦めた。この傷で、胸に穴が開いた状態で助かるなんてありえないだろう。もう治療したとしてもきっと手遅れだ。
死の淵際、ふとある人物が頭の中に過ぎる。
魔人族の女の子。頭に二つの角が生えた、長い黒髪の綺麗な女の子。
平凡な俺が恋をした女の子。
「あぁ、あなたと少しだけでも、いちゃラブしたかった……」
──あと、あの大きなおっぱいも思いっきり揉みたかった。
そう最後の想いを呟きながら、意識を失いかける瞬間、ふと今日の出来事が思い出される。それは走馬灯のように、その記憶が頭の中へと流れるのであった。
〇 〇 〇
『起床の時間だ、起きろ!』
寮長の掛け声と共に、カンカンカンとけたたましく鍋を叩く音が鳴り響く。
毎朝恒例の男子寮名物、寮長の鍋叩きだ。
「おい、起きろ、ユウ。朝だぞ!」
同室の友人に声を掛けられる。
いまだ重い瞼、ぼうっとする頭が、布団の誘惑から解放してくれなかった。
「やだ、まだ寝る。あと五分待って」
「だめだ! 早く起きろ!」
「あと十分だけ」
「なんで時間が長くなるんだよ! いいから起きろ!」
友人が俺の身体を揺さぶって来る。
掛け布団から抜け出し、なんとかして上体を起こした。
「ふぁああ……」
欠伸と共に、天に届くぐらいに腕を上げ伸びをする。
「呑気に欠伸なんかしてないで、早く着替えて! なんで君はいつも朝に弱いんだよ!」
男の癖に少し声音の高い友人の声が頭に響く。俺は彼の言葉に答える。
「朝に弱いのは仕方がない。だって朝なんだから……」
「そんな深そうでまったく深くない事を言っているんじゃないよ!」
あぁ、その高い声がうるさい。寝ぼけ頭にガンガンと響いてくる。
「お前うるさい。頭痛くなりそう。殴ってもいいか?」
「なんで僕がキレられているんだい! 僕は君に何かしたかい! 君を起こしただけだよね!?」
再び布団の中に入ろうとするも、友人に肩を掴まれ止められる。
「いいのかい! 寝坊したら、また朝食が抜きになるぞ! 昼まで食事抜きになるぞ!」
その言葉に、いっきに目が覚めた。
あぁ、昼まで食事抜きは厳しい。食べ盛りの男子には特に、だ。
それに今日は昼前に戦闘訓練の授業があったはずだ。朝食抜きで授業に出たら、絶対に死ぬ自信がある。
時計を見る。間もなく食堂が開く時間だった。
「おい、もうこんな時間だぞ! なんで俺をもっと早く起こさなかった!」
「理不尽!」
ガルバディア王立学園の朝は早い。俺──ユウ・サーティスは急いでベッドから飛び起き、服を着替え始めた。
〇 〇 〇
男子寮と女子寮の間に建てられた食堂。生徒たちで賑わっていた。
俺は友人二人と三人で囲いながら朝食を食べている。
朝のメニューは食パンにスクランブルエッグ、太いソーセージ、ポテトサラダ、そして俺の大好きなデザートのプリン!
他のメニューを平らげ、残りのデザートに差し掛かる。
デザート好きの俺がプリンへとスプーンを伸ばす中、友人のタナカが話しかけてきた。坊主頭がチャームポイントの奴だ。
「おい、ユウ!」
「なんだよ、プリンなら渡さないぜ! 死んでもやらないぜ! つーか触れたら殺す! 確実に殺す!」
「いらねぇよ! 物騒だよ! どんだけプリンが好きなんだよ!」
「んで、なんだよ? 俺がプリンを食べるのを遮って、何か用か?」
途端にタナカの顔が、鼻の下を伸ばしただらしのない表情へと変化した。
「アレを見ろよ」
その視線の先には、おっぱいの大きな赤髪の女教官が、朝食を取る姿があった。
「ヴィグナリア教官のおっぱい。今日も良い形をしているぜ!」
「見るなよ。そんな所ばかり見てるのがバレたら、今日の戦闘訓練はきっとやばいことになるぜ?」
「と、言いながら、ユウさんもしっかりと教官のおっぱいに目が向いてますね」
話に入って来たのは、これまた友人のハシモト。眼鏡の似合う陰キャだ。その眼鏡がキラリと光り輝いていた。
「違う! これは毎朝記録につけているおっぱい観察日記の為に、教官のおっぱいを眺めていたんだよ」
「なんだよ、そのおっぱい観察日記って!」
「見せてください! その素敵な日記を!」
「いいだろう、あとで俺の努力の結晶を見せてやるよ!」
その日記には、日々たくさんの女の子の、どんな大きさも問わない様々なおっぱいの成長が記録されていた。
そうして俺達三人の朝食風景は、今日も賑やかだった。
場所を選ばない下ネタトークに、俺らの周りの他の生徒たちが、特に女子たちから軽蔑の視線を向けられてくる事は、気づかなかったことにしよう。
すると、とある人物が食堂に入ってきた。その人物の登場により、賑やかだった食堂が、さらに賑やかになった。
食堂内の生徒たちが、その人物に向かい羨望と感嘆の声を上げる。
「姫様だ!」
「システィア姫だ!」
「今日もお美しい!」
「なんてお麗しい姿!」
ひそひそとそんな声々が上がる。
その人物は、この学園の三年生であり、この国の王女でもある、システィア・ガートランド様であった。
頭に綺麗な二つの角が生えた、デーモン種の魔人族。黒く長い綺麗なロングヘア。目尻が吊り上がり、鼻筋が綺麗に真っ直ぐ整った顔立ち。凛とした表情。整ったプロポーション。そして誰もが一度は目を引くほどの大きなおっぱい。
誰もが見惚れる、見目麗しい美人なお方だ。
「いやぁ、相変わらず綺麗だな、システィア姫は」
「えぇ、流石は我らがガートランド国の至宝と呼ばれるお姫様です」
システィア姫を見て、感嘆のため息を漏らすタナカとハシモト。二人も姫様の美しい姿に目を奪われていた。
「姫様とお付き合いが出来るとしたら、それはなんとも幸運な事なんでしょうね」
「でも、平凡な俺たちが姫様とお付き合いなんて、あり得ない話だよな」
「はい。人間族の私たちが、純血の魔人族の王族のお方と付き合えるなんて、万が一にもありえません」
「そんなのが可能なのは、恋愛小説の世界だけさ」
そんな二人の会話が耳に入り、俺は内心でぼそりと呟いた。
──二人の言う通りだ。平凡な一般人なんて、姫様に釣り合わない。
「はぁ……」
言われなくても分かる事実を飲み込み、俺はため息を吐いた。
そんな俺にタナカが声を掛ける。
「どうした、ため息なんか吐いて」
「いや、なんでもない」
タナカの言葉に、俺はプリンを食べる手を進めた。周りが姫様の話題に花を咲かせる中、俺は黙ってプリンを食べ続けた。プリンだけだ、俺の心に花を咲かせてくれるのは。
チラッと視線を姫様に向ける。すると姫様もこちらを見ていたようで、彼女と目が合ってしまった。慌てて下へと視線を逸らす。
びっくりした、姫様と目が合ってしまった。
再び姫様の方へと視線を向ける。姫様はこちらに視線を向けることなく、食事をなさっていた。
食事をなさる動作ひとつひとつが優雅で美しかった。その綺麗な食事の仕方は、まるで絵画を眺めているような、素敵な光景だ。
その姫様の姿に目を奪われた。
そう、俺も姫様に恋をしてしまった一人だ。身分不相応な浅はかな想いを抱いてしまった一人だ。
だけど俺のこの想いに至った経緯は、彼女の容姿で惚れた他の者とは全く違う。
それは──。
「ところで、ユウ」
ふとタナカが口を開く。
「シオン君が泣いていたぜ? ユウが理不尽だって」
「……シオン君って、誰?」
「お前、寮の同居人の名前を忘れるなよ」
そうして朝食の時間は過ぎていった。
〇 〇 〇
学園の一時間目が始まる前、俺は慌てながら廊下を歩いていた。
最初の授業の歴史の教科書を忘れてしまったからだ。誰かに教科書を借りようと別のクラスの友人を探していた。
とりあえず同居人のシタン君? シリン君? あれ? 寮の同居人の名前はなんだったかな? まぁ、その友人から借りよう。
シ……なんとか君のクラスへと向かう道中だった──。
「──ユウ」
誰かに声を掛けられた。
その聞き覚えのある声に、焦がれた声に、俺の胸がドキリと高鳴った。
振り向くと、そこには俺の憧れの女性がいた。
「──や、やぁ、ユウ。こんな所でどうしたんだ?」
システィア姫。俺の恋焦がれる女性。
「どうした? なにか困りごとか? 話でも聞こうか?」
「い、いえ、なんでも、ありません……」
「そ、そうか……」
俺のぎこちない返しに、彼女も声の上ずったぎこちない返事をする。
俺と彼女の間に、ぎこちない、おかしな空気が流れていた。
「ユウとこうして二人で話すのは、久しぶりだな」
「そ、そうですね……」
「…………」
「…………」
お互い言葉を失くし、黙り込んでしまう。
ぎこちないこの雰囲気に、逃げ出したくなる。
どいうか、憧れの姫様を前に、俺はどうすればいいのか、まったくもって分からない!
あぁ、この雰囲気を、どうにかしてくれ!
ふと授業開始前の予鈴がなる。
その鐘の音が、ぎこちない空気に終わりをもたらした。
「そ、それじゃあ、もうすぐ授業も始まるし、私は行くからな」
「は、はい!」
「私はユウの先輩だから、何か困ったことがあれば何でも言うんだぞ!」
「はい……」
そして立ち去る姫様。その後ろ姿はとても凛々しいものだった。
「ぷはぁ……」
姫様が立ち去った途端に、いっきに緊張が解かれた。
姫様とあんなに話したのは、いつ頃だったか……。
以前は、彼女の前ではあんなに緊張しなかったのに……。
ふと思い出す。
『おいユウ! 今日はアイス屋さんを襲撃して、アイスをお腹いっぱい食べるぞ!』
『うん、わかったよ、シシィ! 行こう!』
昔の記憶が頭の中で流れる。
幼い頃、姫様は周りの大人たちを困らせるほどの、酷く質の悪い悪ガキだった。そして共に遊ぶ僕たち子供たちを引っ張ってくれる存在だった。
そんな姫様が、今では誰もが認める優等生。文武共に優秀で、彼女が所属する部活動でも精力的に活動しているらしい。その優等生や活動ぶりに先生たち大人から多大に信頼されている。
もうどこからどう見ても優等生だ。幼い頃に見た悪ガキぶりは、もうどこにもない。
──あんなに酷い悪ガキだったのに、姫様は変わられたな……。
幼い頃、同じ時間、同じ場所で過ごした幼馴染として、彼女に憧れる身として、その変化はとても嬉しく思っていた。が、幼い頃の悪ガキとしての彼女も、懐かしく思っていた。
──あっ、早くシ……なんとか君から教科書を借りないと。
俺はシ……なんとか君のいるクラスまで走って向かうのだった。
〇 〇 〇
ユウと別れ、ひとり歩くシスティア姫。
そのまましばらく歩き、曲がり角を曲がった辺りで、目に入った教室のドアを開け、中へと入る。
適当に入った誰もいない教室の中、彼女は部屋の真ん中まで歩き、立ち止まった。
「ふぅ……」
一息つく。その呼吸が、誰もいない教室に響いた。
システィア姫は目を瞑り、先ほどのユウとの会話を思い起こす。
そして口を開いた。
「ミリエラ、いるか?」
「はい、姫様。こちらに」
誰もいない、と思っていた教室の隅から声が聞こえた。
そして隅の影から、誰かが現れた。
それはひとりのメイドだった。
灰色のショートカットの髪の毛に、大きな胸の谷間が覗く、胸元が開いたメイド服を着た人間族の従者。
彼女を見た者は、みんなその姿に息を飲むだろう。普段すまし顔を浮かべながらも、凛としたその表情。姿勢よく、まっすぐ立つ様は絵に収めたくなるほど美しい。
彼女の名前はミリエラ。システィア姫の従者であり、お付きのメイド。
見目麗しいシスティア姫と、その背後に付き従うメイドのミリエラ。そんな二人の姿に人々は感嘆の息を漏らすだろう。麗しいシスティア姫はもちろん、そのお付きのメイドの美しい姿だけでも絵になる。
つまりはミリエラも、主であるシスティア姫に負けないほど、美しいということだ。
そんなミリエラに、システィア姫は怪訝な顔を浮かべる。
「一応聞くが、ミリエラ、ずっとそこにいたのか?」
「はい」
「言っておくが、私はてきとうに目に入った教室に入っただけなのだが、私がここに来るのが分かっていたのか?」
「はい、見抜いておりました」
「さすがだな」
「いえ、出来るメイドの嗜みです」
出来ると言ったって、主の気まぐれに入った部屋に、前もって待機できるほどのメイドは果たしてこの世にどれくらいいるのだろうか? というか、そんなメイドは存在するのだろうか?
それに自分で出来る、って言ってもいいのだろうか?
そんなミリエラに、システィア姫は口を開く。
「それより、ミリエラは見たか?」
「何を、でございますか?」
「この私が、ユウの前で無様な姿をさらしたところを」
「…………」
「先輩の癖に、幼馴染の癖に、想い人の前で、私は緊張して、上手く喋れなかった……」
「…………」
「きっと私はユウにおかしく見られただろう……」
落ち込むシスティア姫の前に、出来るメイドのミリエラと言えど、なんて言葉を掛けていいか分からなかった。
決して彼女は──あー、これはまた面倒くさいことになりそうですね。姫様はユウ様の事になると途端に頭が真っ白になって周りが見えなくなってしまうんですよね。ユウ様の事が好きな癖に本当に肝心な時に臆病ですね──なんて、これっぽっちも思ってはいない、だろう。
暗く落ち込むシスティア姫に、ミリエラは適当な言葉で慰める。
「大丈夫でございます。ユウ様はそんな姫様をおかしく思ってはいません。きっと姫様の事を尊敬し敬っております。少しずつユウ様と接触して姫様の緊張を和らげていきましょう」
さすがわたくし、出来るメイドとして完璧な言葉を返すことが出来た。そう自画自賛するミリエラ。
その彼女の言葉に、システィア姫の目も、どんどんと明るい色が灯っていく。
「そ、そうだよな! これからもっとユウと接触して、昔のような関係に戻って、私の魅力でユウをメロメロに惚れさせてやる。そして昔のように『シシィ』と呼ばせてやる──」
「…………」
「むふふ」と締まりのない笑みを浮かべるシスティア姫に、ミリエラは内心溜息を吐く。
──お二人がその気になれば、すぐにその想いは成就するというのに……。
ミリエラは気づいていた。ユウもシスティア姫も、二人とも両想いだという事に。しかし二人とも奥手すぎて、関係を築くどころか、声すらも掛けることが出来ない。
歯痒く思うのだが、それと同時にそれはそれで面白い、と言った感情が働いていた。
出来れば二人の恋の行方を、特等席で気ままにポップコーンでも摘まみながら鑑賞してやろう、とミリエラは高みの見物を決める。
「よし、これからはユウを見かけたら、積極的に声を掛けよう!」
そうして意気込み、教室から出るシスティア姫。
その背後を、やはりこの方はチョロいですね、と思いながらミリエラが後を追う。
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