第17話『曇ったヒロインには追い打ちが効く(side依織)』

 要は風邪で学校を休んでいるらしい。要と同じクラスの友達がそう教えてくれた。

 でもたぶん、それはズル休みだと思う。

 昨日のキス。あれが原因で気まずくなって、学校を休むことにしたんじゃないかな。

 照れ屋さんだな、要は。そういうシャイなところも好きだけど。

 ただ、わたしは早く告白の返事が欲しかった。早くOKをもらって、要と恋人らしいことをたくさんしたい。毎日一緒に登下校したり、手を繋いで歩いたり、休日にデートしたり……そういう恋人らしいことをたくさん。

 だからわたしは午前中からずっと、放課後に家に行く旨をメッセージで伝えていた。だけど――。


「…………」


 おかしい。昼休みになっても全然反応が返って来ない。律儀で優しい要が、返信はおろか、既読もつけてくれないなんて不自然だ。

 キスで気まずいから?

 ううん。メッセージのやり取りでそれはない。だって、つい昨晩までは既読をつけてくれていた。なのに、今日になって急に未読無視だなんて。


『なんで返信くれないの?』

『通知行ってるよね?』

『返事もらえるのずっと待ってるのに』

『一晩中、要のこと考えながら今日を楽しみにしてたんだよ?』

『ずっと要のことばかり考えてた』

『話したい』

『要の声ずっと聞いていたい』

『早く要の彼女になりたい』

『要はわたしのことどう思ってる?』

『好きって言って欲しいな』

『わたしのこと、ちゃんと考えてくれてる?』

『わたし、欲張りかな……』

『なんで返信くれないの?』


 連投しても、やはり既読はつかない。

 まさか――と、嫌な予感が浮かぶ。デジャヴだ。

 そんなことあり得ないと思うけど……わたしは念のためにそれを確認することにした。要のアカウントページを開いて、プレゼント機能をタップする。


『プレゼントができません』


「――――――――」


 教室の喧騒が一瞬で遠退いて、世界から音が消えたような錯覚に陥る。

 ブロックされてる。

 また、要にブロックされちゃった。

 なんで。どうして。


「おかしいよこんなの……なんでまた、わたしを……」


 強引過ぎて嫌われちゃったのかな……えっ、わたし嫌われた?

 死ぬ。無理。死んじゃう。要に嫌われたら生きていけない。


「――どういうこと!?」


 悲嘆に暮れる中、意識の外から怒声が耳に入る。顔を上げると、来夢ちゃんが目の前に立っていた。

 いつの間に……。

 来夢ちゃんは机に両手をついて、席に座るわたしを上から見下ろしている。息が荒い。どうしたんだろう。


「依織も青鳥のこと好きなの!?」


 猿みたいに声が大きくて、教室中の視線がわたしたちに集まる。ただ、来夢ちゃんは気にする様子もなく、わたしのスマホを見下ろしたまま動かない。

 ああ、これか。要とのトークを除き見されちゃったらしい。


「ちゃんと答えて! どういうことなの!?」


 周りの迷惑も考えずに教室でヒスって……本当に面倒臭い子。


「はあ……」


 わたしは突き放すようにため息を吐いた。

 どうしてあげようかな?

 今までは、ふたりの仲を監視するために仕方なく友達のフリをしていたけど、要に告白した以上、もうその必要はなくなった。

 どうせ壊れてしまう関係なのだから、いっそメンタルをぐちゃぐちゃにしてあげようかな。

 そうだ。それがいい。わたしばかり苦しい思いをするなんて不公平だよ。


「わたし、要と付き合うことにしたから」

「え……?」


 必死だった顔つきから色が抜け落ちていく。

 ああ……綺麗な反応。普段は太陽みたいに明るい顔をしているから、曇った表情が余計に映える。


「なに言って……」


 来夢ちゃんにはもっと、もっともっと歪んで欲しい。

 わたしは椅子から立ち上がった。その一方で、立っていた来夢ちゃんの肩がどんどん垂れ下がっていく。

 いつも自分ばっかり要を独占しようとして……。

 今までのフラストレーションをぶつけるように、わたしはありったけの悪意を込めて口元を歪めた。


「もうキスだってしたんだよ? 2回も」


 僅かに口を開ける。そして、わたしは自分の下唇をそっと指でなぞった。見せつけるように、知らしめるように。


「昨日ね、要の家に行ったの。そしたら、すごく優しくしてくれて……告白したら、。すごく、すごく甘かったよ?」


 要の味。

 昨晩、何度も何度もベッドの上で回顧した味。

 少し誇張はしてるけど、キスしたことは嘘じゃない。あの瞬間を思い返すだけで体の芯が熱くなる。現実だ。決して夢じゃない。


「そんな……」


 膝から崩れ落ちそうなほど来夢ちゃんは震えていた。それでも、最後の力を振り絞るように叫びを上げた。


「そんなの……、嘘に決まってる……!」

「わたしと要は幼馴染なんだよ? 来夢ちゃんよりずっとずっと前から一緒だったんだよ? あなたみたいな外野、最初から土俵にすら立ってなかったんだよ」

「でも……でもでも! 青鳥はあたしを裏切ったりしない……!」

「そうかなぁ」


 喉の奥で、乾いた笑い声が転がる。


「そもそも裏切るってなに? ふたりは恋人でもなんでもないのに」

「うぅっ……」


 来夢ちゃんは唇を噛んでいた。泣き出しそうな顔だ。でも、涙は流れてこない。堪えるように全身を硬直させている。

 ざわざわと、ひそひそと、教室全体がわたしたちを観察していた。わたしがいじめているみたいで周囲の視線がちょっと痛い。


「信じない……信じられるわけないでしょ、そんなの……!」


 来夢ちゃんは縋るように否定を繰り返した。


「だって青鳥は……あんなにもあたしに優しくしてくれたのに……!」

「要の通常運転だよ、それ」

「それでも……!」


 まだ諦めていない目だ。だったら、わたしにも考えがある。


「じゃあさ」


 わたしは小首を傾げた。


「放課後、一緒に要の家に行く?」

「えっ……」

「だって来夢ちゃん、わたしのこと信じてないんでしょ? だったら本人に直接確認してみればいいよ。キスしたかどうか、要の口から聞けば納得するでしょ?」


 来夢ちゃんの瞳が揺れる。対して、わたしは余裕の笑みを作った。

 実際のところ、要がどんな反応をするのか不安ではある。でも、なにがあろうとキスしたことは事実だ。

 大丈夫。要は絶対にわたしの味方をしてくれるはず。だって、わたしたちは幼馴染なんだから。


「どうする? 行くの? 行かないの?」


 圧をかける。

 長い逡巡の末に、来夢ちゃんは小さく頷いた。


「……わかった。行く」

「それがいいよ。わたしも早く要に会いたいから」


 ブロックした理由を、ちゃんと説明してもらわなくちゃいけないしね。

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