冒険者令嬢、悪役令嬢の取り巻きになる

坂井ユキ

プロローグ

「アリサーーっ!今よっ!!」


「任せて!」


全身に纏わせていた魔力を右足へと集中すると、飛び上がってブラッドベアの頭部へと狙いを定めて思い切り振り抜く。

ゴキリという鈍い音と共に確かな手応えが脚へと伝わってくる。


着地と同時に振り返ると、首がありえない異常な角度へと曲がったブラッドベアの巨体が静かに地面へと崩れ落ちるところだった。



「ナイスー!」


「相変わらずえっぐい蹴りねぇ……。さすがは『狂ふ……』」


「ちょっとキャロル!その名前で呼ばないで!!」


物騒と言うか、小っ恥ずかしい二つ名で呼ぼうとしてくる弓使いのキャロルを慌てて止める。


「あら、別にいいじゃない?アリサの年齢で二つ名付きの冒険者なんてほとんどいないんだから。

羨ましい限りだわー」


あー、羨ましい羨ましいと棒読みで言いながら、ニヤニヤした表情を隠そうともしないキャロル。

私を揶揄ってるだけなのはあまりにも明白だ。


「なら、その二つ名キャロルにあげるから」


だから敢えてそう言えば、心底嫌そうな顔をしている。

ほらね、自分が呼ばれるのは嫌なくせに。


「ほーら、そこ二人。

仲良くじゃれ合うのもけっこうだけど、早く解体しちゃうわよ。

今日は町まで帰るんだから」


「はーい」


パーティリーダーでもある、剣士のメリッサさんに窘められ、私とキャロルも解体へと加わる。


「あ!肝は丁寧に取り扱ってね!私が使うから!」


魔法使いのアーニャさんが、それを横から覗き込むようにしながら言ってくる。


「解体も良いけど、みんな怪我はない?

かすり傷でも放っておくと化膿したりするから、直ぐに言ってね?」


そう言いながらも、何故か私の身体だけをペタペタと触りながら確認してくるのは治癒魔法使いのエレンさん。

まぁ、女ながらにも格闘士なんてしている私はどうしても手傷はみんなに比べて多くなりがちだから仕方ないけど。


キャロルとメリッサさん。

それにアーニャさんとエレンさんの四人は『辺境の淑女』というCランクの冒険者パーティだ。

以前うっかり「淑女?」と疑問を口にしたらめっちゃ怖い笑顔で「何か?」と言われたので、そこには触れないようにしてる。

基本的にはソロで活動している私が、今回はそこにご一緒させてもらっている形になる。


ちなみに、キャロルと私が同い年の十五歳で、他のみんなはそれぞれ少し上の年齢になる。

詳しい年齢は乙女の秘密らしいけど、たぶんみんな二十歳前後だとは思う。


「ねぇ、アリサ」


「んー?」


手際良くブラッドベアの解体をしながらキャロルが声を掛けて来るのに対し、私も手を止めずに返事をする。


「やっぱりシンスター支部に移籍してくる気はない?」


「うーん、クロームズから移る気はないかなぁ。ごめんね」


「そっかぁ」


この会話をするのも、もう何回目になるかもわからないので、私が断ってもキャロルもあっさりしたもんだ。


それでもこうして誘い続けてくれたり、私がシンスター支部に来る度に一緒に狩りに出てくれるのは本当にありがたいとは思うんだけどね。

それでも、不思議と拠点をシンスター支部に移そうっていう気にはなれないんだよね。

自分でも理由はよく分からないんだけど。


冒険者ギルド、シンスター支部はシンスター辺境伯領の領都にある国内最大規模の冒険者ギルドだ。


シンスター辺境伯領には、今回私達が狩りに来ている『魔の森』と呼ばれる魔物がたくさん棲息している広大な森や、その他にも複数のダンジョンがある。

それもあって魔物被害が出やすい上に、ダンジョンから魔物が溢れ出る災害であるスタンピードへの警戒が常に怠れないとか、普通に生活していくには大変な部分が多い。

だけど、それはつまりぶっちゃけちゃうと私達のような冒険者にとってはかなり稼げる土地だということでもある。

だからキャロルが誘ってくれるのもわかるんだけどね。

クロームズ支部も別に小さいギルドではないけど、所詮は中規模。シンスター支部とは比べものにならないもん。


私が使ってる装備もダンジョンのうちの一つの深層でドロップしたものだし、キャロル達と知り合ったきっかけもダンジョンだ。

さすがにソロでダンジョンに挑むのはキツイなーと同行者を探していた私と、前衛を探していたキャロル達。

しかもお互いに女性冒険者ということもあって、ギルド職員からも薦められてその場で即決。

親しくなるのもあっという間だった。



「ねぇ、年内にもう一度くらいはシンスターに来るでしょ?」


「そうだねぇ。そうしたいけど、もう少ししたら寒くなるしなぁ」


暦は既に十月。

シンスター辺境伯領は国内でも北側にあるので、あと一ヶ月もしたら雪が降り始める。

そうなると、ここまでの移動はともかく、野宿は命に関わる。


それに冬場は魔物も冬眠するらしくてあまり出なくなるしね。

だからこそ、今くらいの季節はそれに備えて魔物が活発になるから私達冒険者にとっては稼ぎ時なんだけども。


「確かにねぇ。あ、それならどっかのダンジョンに潜らない?ダンジョンなら寒さとか関係ないし」


「あー、それいいね。なんだかんだでキャロル達とは最初の一回しか潜ってないし」


知り合ってからもう一年。

いや、むしろまだ一年しか経ってないのか。

キャロルとは本当に気が合うし、同世代の女の子で同じように戦える子って少ないからね。

女性の冒険者の絶対数が少ないのもあるし、いても同年代だと狩りには出ずに採取や町中での仕事を中心にしてる子がほとんどだから。


戦える女冒険者はほとんどが私よりずっと上の年齢の人ばかりだ。

そういう意味では、メリッサさん達もかなり若いと思う。

年齢の話すると怖いから言わないけど。

若いって言っても笑ってない笑顔でめっちゃ圧かけてくるんだよね。マジ怖い。


「うん!そうしよ!またガッツリ稼ぐわよー!!

…………来年になったら、あまり冒険者活動出来なくなるし……」


「私も負けずに稼ぐぞー!!」


キャロルの後半の言葉は聞こえなかったフリをした。

たぶん私に聞かせるつもりで言ったんじゃなくて、無意識に漏れた呟きだと思うし。


それに何となくだけどわかるんだよね。

たぶんと言うか、ほぼ間違いなくキャロルは良いところのお嬢様だと思う。


ランクの割にはいい装備を使ってるし、普通に接しているようで、メリッサさん達がキャロルに対してかなり気を使っているのがわかる。

遠慮してるという感じではないけど、絶対にキャロルが傷付かないように配慮しているのはすぐにわかった。


たぶん、シンスター支部の冒険者達もキャロルのことは知ってるんじゃないかな。

だってさ、キャロルってばとてもじゃないけど冒険者とは思えないような美少女なんだよね。

髪の毛サラッサラだし!

メリッサさん達もみんな綺麗だけど、一人だけ次元が違うもん。


それなのに、他の冒険者から絡まれてるのを見たことがない。

最近は少なくなって来たとは言え、私ですらたまーに変な奴にナンパ目的で絡まれるのにね。

まぁ、私だって見た目はそう悪くないとは思いたいけど。


みんなキャロルの素性を知ってて、暖かく見守ってる感じなんだよね。

実際、やらしい顔でキャロルに近付こうとしていた冒険者が怖い顔をした他の冒険者に連行されて行くのを見たことがあるし。


「ところで、ギルドに戻ったら直ぐにクロームズに帰る?」


「とりあえず、なんかしらクロームズ方面までの護衛依頼がないか確認してからかなぁ。

あればそれ受けるし、なければ一泊くらいはゆっくりしてから帰る」


「おっけー。それじゃ、またこっち来る時はギルドに手紙出しておいて!

それに合わせてダンジョン行きの日程組むから!」


「わかった!」


こうしてギルドへと戻ると集めた素材の納品を済ませ、運良く割のいい護衛依頼を見付けることが出来た私は、シンスターを離れクロームズへと帰還した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る