第48章 ―― 悔恨の残響
湿った石の回廊は、今までになく長く感じられた。
メアリーのブーツの音が一歩ごとに響き、壁に掛けられた松明の揺れる音がそれに混ざる。
この場所の空気は冷たく、重い。
それは風の冷たさではなく――罪と崩壊の冷気だった。
衛兵が重い鉄の扉を開けると、甲高い軋みが静寂を切り裂いた。
メアリーは中へ入る。
狭く、湿った床の牢。
その片隅に、ローズが座っていた。
乱れた髪が顔の半分を覆い、服は裂け、埃と泥に汚れている。
かつては優雅で、魅惑的な笑みと高価なドレスを纏っていたその女は――今や過去の影でしかなかった。
隣の牢には、かつてメアリーの婚約者であり、後にローズの愛人となった元王子がいた。
壁にもたれたまま、動かない。
その目は虚ろで、左腕は失われている。
彼に残っているのは敗北の重みと、決して口にできない後悔だけだった。
メアリーは鉄格子へと歩み寄った。
ローズが顔を上げる。
赤く充血した瞳が、汚れた髪の隙間から光った。
唇に、皮肉な笑みが浮かぶ。
――わざわざ、こんな惨めな姿を見に来たの? 妹さん?
それとも、あたしのざまあを笑いに来たの?
その声は掠れていたが、まだ毒を含んでいた。
メアリーは表情を変えずに答える。
――あなたがどれほどの苦しみを撒いたのか、その顔を見たかっただけ。
それと……一つだけ知りたかった。
――今になって、後悔しているのかどうかを。
ローズは短く笑った。乾いた、嘲るような笑いだった。
――後悔? そんなものあるわけないでしょ。
顎を上げ、鎖に繋がれながらも挑発的に言い放つ。
――もしもう一度やり直せるなら、あたしは同じことをするわ。
でも今度は、必ず成功させてみせる。
メアリーは何も言わず、その目を静かに見つめていた。
ローズの瞳には、どこか狂気めいた光が宿っている。
――もしかしたら……別の世界では、うまくいってるのかもしれない。
――あんたが死んで、あたしが望んだ人生を送ってる世界が。
メアリーは小さく息を吸い、目を閉じた。
再び目を開いたとき、声は穏やかだったが、その奥には深い痛みが潜んでいた。
――そうね……そんな世界もあるのかもしれない。
けれど教えて、ローズ。
もしその世界に私がいなかったら……あなたは本当に幸せなの?
牢の中に、静寂が落ちた。
ローズの拳が震え、鎖がかすかに鳴った。
そして、低く押し殺した声が返る。
――ええ……幸せよ。
すべてあんたのせいよ、メアリー。
――私の……せい?――メアリーが呟く。
彼女は一歩近づき、揺らめく松明の光がその瞳を照らした。
――あなたは、貧しい人々や、飢えた平民たちとは違っていた。
――生まれながらにして、貴族の家の娘だった。
富も、権力も、名誉も手にしていた。
それでも、まだ足りなかったのね。
ローズは視線を逸らし、唇を噛む。
その目に浮かぶのは、憎しみと、ほんの少しの羞恥だった。
メアリーは小さく息を吐いた。
――もう十分。聞きたいことは終わったわ。
彼女は踵を返し、歩き出す。
その背に、ローズの叫びが突き刺さった。
――もう行くの!? このクソ女!!
――あんたなんか、あたしと同じ地獄に落ちればいい!!
――あんたの人生なんて、あたしみたいに惨めに終わればいいのよ!!
メアリーは立ち止まった。
振り返らないまま、静寂が再び回廊を支配する。
そして、微かに呟く。
――もしかしたら……あなたの望んだその運命は、もう訪れているのかもしれない、ローズ。
――だって、私は一度死んで……そして、戻ってきたのだから。
それだけを残し、メアリーは牢を後にした。
鎖の音と、ローズのすすり泣きが、遠ざかる足音と共に闇の中へ消えていった。
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