"アンパン"マン

ウィングマン佐々木

第1話 "ベーカリー"開業!

『アンパンマンか? 俺にあれくれよ……』


『はいよ、量はどんくらいだ?』


『一吸い分だ! 早くくれよ!』


『はいはい、200円ね。』


俺がそう言うと、あいつは震えた手でマジックテープの財布から200円を取り出し、机に叩きつけた。白いアンパンを吸い込んだ瞬間、目がひっくり返りそうになって声を上げる。


『あぁ、キモティー!』


あいつは今にも倒れそうなほどフラフラで、足元も覚束ない。こっちは思わず吹き出しそうになる。マジ草。いや、この場合はマジ塗料ってか?


俺はポケットの中で硬貨を転がしながら、外の夕暮れに目をやった。カラスが鳴き、シャッター街は死んだように静かだ。


これも政治の責任だよな、この街の市長だって最初はここの商店街を復活させようとした"ヒーロー"だったが、今ではイオンをこの街に誘致して商店街ここを死なせた。


そんな中で、俺だけが“ヒーロー”をやってる。子どもたちに笑顔を届けるアンパンマン。

ただし、顔が粉と揮発油でできてるやつだ。


誰かを助けてるんじゃない。

誰かを壊してるだけ。

でも、それでも「アンパンマン!」って呼ばれるんだから、笑っちまうよな。


俺がそう思ってる時、路地の奥から三人の小学生が来る。

二人は色褪せてよれよれのランドセルだったが、もう一人は薄茶色のしっかりとしたランドセルだ。


『アンパンマン!今日もある?』


『おう、しっかり焼きたてがあるぜ。』

『ところでそいつ見たことないな、誰だ?』


『俺の友達、今日初めてアンパン吸うんだ。』


『へー、そうなんだ。』

『じゃあお友達紹介サービスでみんな50円安くしてやるよ!』


俺がそういうとあいつら二人はにやけた。


『量はいつもの量で!』


『はいよ、そこのお兄さんも初めての"アンパン"楽しんで!』


そうやって俺が薄茶色にシンナーを渡すと、あいつは戸惑いを見せた。


『ねぇこんなことやっていいの?バレたらまずいよ。』


あいつがそういうと、いつもやってる二人がこんなことを言う。


『あぁ?大丈夫だってどうせバレないバレない。』


『それに一回吸うくらい大丈夫だって、合わなかったらやめられるよ。』


『うんそうだよ、ちょーとだけクラクラするだけだから!』


結局あいつは二人の押しに負け、ぎこちなくアンパンを吸った。

小さな体がフラフラと揺れ、笑い声が漏れる


『あはは、地面が揺れる...』

『き、気持ちいい。』


あの二人は、ニタニタとそいつを見守ってる。


まだ純粋だった薄茶色も、少しずつ輪に引き摺り込まれていく。

未経験者が堕ちていく瞬間だ。


最初はみんなそうだ、一回だけなら大丈夫なはず、別にいつでもやめられるから問題ない。


その考え方が命取りなんだ、みんながみんなそうやってスパッとやめられたら薬物問題なんか存在しない。

そんな考え方をしてる救いようのないバカがいじめとか闇バイトとかで人を殺す前に俺がわざわざリスク取ってシンナーに沈めてるんだ、少しは感謝して欲しい。


夕暮れに染まるシャッター街。笑い声とフラフラの足音が路地に残る。


(今日もなんとか捕まらなかったな。)


俺はそう思い、夕焼けへと消えていく。

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