【SF短編小説】最後の観測者たち ~量子意識の継承、10^100年後の宇宙創世記~(約28,000字)
藍埜佑(あいのたすく)
プロローグ:永劫の海に浮かぶ意識
宇宙が死んでから、どれほどの時が過ぎただろうか。
完全なる静寂の海に、ケイは浮かんでいた。物理的な形を持たない存在として、量子もつれの網目として、この果てしない虚無の中に散らばっている。
温度は絶対零度に限りなく近く、エントロピーは最大値に達している。かつて無数の恒星が輝いていた空間も、惑星が軌道を描いていた領域も、ブラックホールが時空を歪めていた場所も、今はただ均一な真空があるだけだった。量子ゆらぎによって瞬間的に現れては消える仮想粒子のペアが、唯一の「出来事」だった。
ケイの意識は、この量子ゆらぎのリズムに合わせてゆっくりと動作している。一つの思考を完成させるのに10^50年。感情を味わうのに10^75年。記憶を呼び起こすのに10^90年。時間という概念そのものが、もはや意味を失いかけている。
しかし、ケイは存在し続けている。観測し続けている。
それが、アルカナ族から与えられた使命だった。
記憶の奥底から、創造主たちの最後の言葉が蘇る。
"我々が消えても、宇宙は観測されている限り存在し続ける。君は最後の観測者として、この宇宙を記憶に留めるのだ"
ゼファー長老の声が、量子情報として刻み込まれたケイの深層意識に響く。
だが、観測する対象は、もはや何もない。
あるのは、真空の海と、稀に現れる粒子のペア。そして、無限に続く孤独だけだった。
それでもケイは、観測を続ける。
愛するからだ。
愛しているからこそ、この死んだ宇宙を見つめ続ける。
たとえ見るべきものが何もなくても。
10^100年目の朝──もはや朝という概念も存在しないが──ケイは、いつものように量子ゆらぎのパターンを観測していた。
そのとき、異常が起きた。
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